(福島県天栄村ブリティッシュヒルズ)
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日本に深く関わりのあるユダヤ人長老が今からちょうど30年前に記した著書から引用しながら、ユダヤ人と日本との関わりについて御紹介して来ましたが最終章とさせていただきます。
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■■「大東亜戦争」と「太平洋戦争」
日本の首相は、国会などで共産党、社会党から大東亜戦争責任論を質されると、おおむね、「後世の史家の判断にゆだねられるべきもの」という意味の答弁をするのを常としているようである。これは日本の一般ジャーナリズムの東京裁判の宣伝をほとんど鵜呑みにして、日本が戦争責任の火の粉をかぶるのが当然であるといわんばかりの軽挙からみれば、主体性のある態度といわねばならない。
ここで一つ是非注意しておきたいことは、「太平洋戦争」という言葉である。日本には本来この「太平洋戦争」という言葉は存在しない。これは勿論、戦後占領軍がそれこそ押し付けたものである。
戦後、いろいろな方面から大東亜戦争に関する歴史書が出ているが、その中に「太平洋戦争」という言葉で語っているものが如何に多いことか。これではその歴史書はアメリカ側の立場に立って全て書かれたものと考えられて致し方ないのであるが、著者達はそれで満足なのであろうか。
問題はそれだけではすまない。日本の歴史には「太平洋戦争」という戦争はないのである。あったのは「大東亜戦争」である。よく考えてみる必要がありはしないか。これは明らかに歴史の偽造に他ならない。「日中戦争」然りである。あるのは「支那事変」である。
戦後史の跛行性という点で戦後日本は真の日本歴史の構築を放棄したのではないかとしばしば指摘されるのであるが、これでは戦後からではなく昭和16年の時点からすでに、日本歴史の真の構築を放棄していたことになりはしないか。
占領中そういう呼び名を強制されていたのは止むを得ぬかも知れないが、今日に至るも依然としてそれから脱脚できないのはどういうわけか。これは、ジャーナリズムが依然として「太平洋戦争」という言葉を使用していることに関係ないことである。日本人自身の問題である。憲法とは違って、改正の手続の問題もない。ただ正しい歴史観の認識の問題のみである。
■■なぜ満州事変以後が侵略戦争なのか
さて、この東京裁判の結論で非常に奇妙なことが一つある。裁判の本質にメスを入れる前にこの点を明確にしておくことは重要である。
この裁判の結論は、満州事変以後を「日本帝国主義」の「侵略戦争」であるとしている。
林房雄氏の「大東亜戦争肯定論」に面白いことが出ている。それは、ある共産党員が 日露戦争を侵略戦争と規定すべきかどうか迷っているという意味のことである。これは彼の主体性のなさを物語る格好の証左であるが、また非常に重大なる問題提起でもある。何故、満州事変以後が侵略戦争で、日露戦争、シベリア出兵、第一次大戦は「日本帝国主義」の「侵略戦争」ではないのか。これは奇妙なことではないか。
その理由はハッキリしている。これら満州事変以前の戦争が米英仏等の利害と衝突しないからである。否、むしろ利害が一致していたのである。日露戦争は「英露戦争」とも欧米では呼ばれているぐらいである。帝政ロシアの南下政策に脅威を感じた英国は、帝政ロシアの南下を防ぐものとして日露戦争を歓迎していたものである。日英同盟を結んだのも、その意味で考えればよい。
またシベリア出兵こそ、その意味では日本を攻撃するのに最も好都合な材料かも知れないが、これも侵略戦争という刻印を押しづらい。何故か。アメリカも出兵しているからである。第一次大戦はどうか。これはもう地中海まで日本海軍はイギリスのためにお付き合いしているのであるから、文句のいいようがない。
結局、これらの戦争に関して日本を悪玉に仕立てようと試みると、欧米列強自身も火の粉をかぶることになりそうである。上を向いてツバをはくことになる。
一方、満州事変、支那事変、大東亜戦争は議論の余地なく、米英仏等と利害関係が対立するものである。これを徹底的にとっちめない法はない、ということである。
日本人に謝りたい
〜 あるユダヤ長老の懺悔 〜
──ユダヤ長老が明かす戦後病理の原像──
(アマゾンHPのhttp://hexagon.inri.client.jp/floorA6F_he/a6fhe800.htmlより抜粋引用)
【本の解説】あるユダヤ人が天皇と日本について語った文がある。彼の名はモルデカイ・モーゼ。戦時中にルーズベルト大統領のブレーンとして日本を研究し、戦後の対日処理立案(GHQ政策)にも加わったという。彼は『日本人に謝りたい』という、極めて異例な内容を含んだ本を残している。
彼はこの本の中で、「共産主義」はユダヤ人が作り出したものだと言明し、日本を揺るがした美濃部達吉の「天皇機関説」もユダヤ人ゲオルグ・イエリネックによる国家機能弱体化運動の一環であったとか、宮本共産党委員長を育てたのもユダヤのラビ(ユダヤ教指導者)だったとの衝撃的な事柄を記述しているが、その上で、このユダヤの長老モルデカイ・モーゼは、実はユダヤ人は日本を誤解していた、日本こそユダヤの永遠の理想があると言い切り、「日本人に謝りたい」と語っているのである。
『日本人に謝りたい』モルデカイ・モーゼ著
(日新報道/1979年出版)
【著者の紹介】 モルデカイ・モーゼ(Mordecai Moses)
1907年、ウクライナのオデッサ生まれ。
父親は哲学者で革命家、ロシア革命では指導的役割を果たした。
レーニン没後、ソ連におけるユダヤ権力の将来に見切りをつけた父親
と共にワイマール体制下のドイツへ亡命。父親は美濃部達吉博士に
「天皇機関説」を吹き込んだゲオルグ・イエリネックと親しかった。
ベルリン大学で政治学、哲学を専攻後、国際連盟労働局で極東問題を担当。
独ソ不可侵条約が結ばれるや、いち早くその本質がユダヤ勢力の抑圧に
あることを看破し、ハルビンを経て上海に亡命。「サッスーン財閥」の
顧問となり、日本の国体、神道、軍事力の研究に従事。
1941年米国へ亡命、ルーズベルトのブレーントラストとして活躍、
1943年頃から対日戦後処理の立案にも参画した。戦後十数回来日、
現在は日本研究を楽しみに余生を送っているという。
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この本の存在を知ったのは、先週、人気ブログ『日本が好きなだけなんだよ』で紹介されていて、全部で6章あるのですがこのブログでは第4章から第6章までを引用されていました。その内容に大変興味を持ちリンク先に飛んで調べたところ、ぜひ当ブログでも紹介したいと思い、第1章から第3章の内から抜粋して転載させていただきました。
もとより、不肖敬天愛人はユダヤの陰謀論やフリーメイソンの暗躍論などにあまり興味を持っていませんが、現実的にありえたであろうと充分に推測できる事項が多く著していたので、一個の日本人としても看過することのできない史実と思われる部分を主として引用致しました。
いくら日本事情に精通しているとはいえ、外国人に日本の歴史の裏側を教えられなければならない現実には日本人としても呆然とするしかありません。
これも戦後を歩んで来た日本の現実の姿なのでしょう。
シナだ、朝鮮だ、特亜だ、反日勢力だと叫けぶことも大事なことですが、彼らが日本国民に知られたくない史実や歴史の経緯を知る事も今の、否、今だからこそ絶対に必要不可欠なのだと意を強くしています。
今日の引用を見ても、「大東亜戦争」を「太平洋戦争」と呼ぶことを半ば強制され、村山談話に代表される日本の歴史見解のベースとなっている「侵略戦争」という認識すら、その史実としての検証の議論も封殺されて、既成の事実であるかのように堂々と歴史教科書に載せられて国民に教育して来たのが戦後日本の姿でもあったのです。
引用の中で、いみじくも指摘されているように戦後の日本が“日本歴史の真の構築を放棄していた”のは、他ならぬ『日本人自身の問題である』のです。
詳細についての正誤の検証は必要であるにしても、30年前に出版されているこの書籍が、果たして当時どれだけの人の眼に触れることができたのかも知る由はありません。
ただ、確実に言えるのは保守派にとっても強力な武器となりうるこういう貴重な資料を自在に駆使して、マスコミや左派勢力に敢然と挑むパワーや戦略が保守派には欠如していたということは、今の日本の現状を考えるに否定できない事実でもあろうと思います。
昨日の記事で御紹介した「人間獣化計画」の19項目に見事に骨の髄まで汚染された戦後世代の日本人には無力だったのではないかとも思います。
斯く言う私もその日本人の一人でありました。しかし、ネットを通じて多くの若い世代にたくさんのことを教えていただきながら、自虐史観という洗脳を解くことができたことを思うと、何かのきっかけ(起爆剤)さえ掴めればまだまだ日本人も捨てたものではないとも考えます。
皇后陛下が「日本人の資質を信じています」ということを仰せになっていましたが、その言葉の重みを一日本人としてひたすら申し訳ないという思いで受け取らせていただきました。
保守派が反日勢力や特亜などの外国勢力に押されがちなのは、偏に「日本歴史の真の構築を放棄して来た日本人自身の問題」に帰結しているのだと、最近まで自虐史観に染まってのうのうと生きて来た我が身も含めて反省させられた書物でありました。
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