只見川とJR只見線(9月15日撮影 by敬天)
御来訪感謝申し上げます。
元々底意地の悪い不肖敬天愛人ですが、最近、歳とともにますます性格がひねくれてきました。 『一言居士』という言葉がありますが、あまり良い意味で使われる言葉じゃありません。「(誰も望んでいないのに)何か自分の意見を言わないと気が済まない人」ということから転じて「うるさ型」「はた迷惑な人」などを指す場合が多いようです。
下品な下ネタ話のようで恐縮ですが、敬天愛人は若い頃から「下半身が立た(勃た)なくなると口が立つようになる」という持論を持っていました。20代から30代にかけて散々うるさ型の年寄り連中から説教を喰らった経験から得た持論であり、「自分は、歳をとってアソコの元気がなくなっても、決してあのようにはなるまい」と心に誓って今まで生きて来ました。しかし、お蔭さまでまだ下半身の方は健在なのですが、持ち前の性格の悪さと歳を重ねて図々しくなったせいなのか新聞やTVを見ていても、つい喰い付きたくなるようなことが多くなりました。
先日も新聞に“菅新体制に望む事”と題したインタビュー記事で、財界から日本商工会議所の岡村会頭(東芝顧問)が「ベンチャー企業が活発に起業できる環境作りを・・・」と語っているのを読んで、思わず「お前が言うな!」と独り言でツッコミを入れてしまいました。敬天にしてみれば、一代で現在の会社を作り上げたような人物が言うのなら聞く耳ももちますが、今の財界はごく一部を除いて戦前からあるような押しも押されぬ老舗大企業ばかりです。トップといってもサラリーマンのいい意味での成れの果てなのです。岡村会頭の母体である東芝もその典型で、会頭自身も一流大学を卒業して東芝に入社して社内出世した人であります。つまり、起業のリスクなどとは全く別世界にいて安定した生活を保証された身分のまま這い上がったわけです。
そんな人間が財界の威光を盾にして、対岸の火事よろしくエラそうに講釈たれる筋合いがあるはずがありません。こういうのを「お門違い」と昔からいうのです。
敬天は、公的に広く物申す時は自分の通って来たことしか言ってはダメだ、と教えられてきました。自分が通ってもいない事を人様に対して発言することは「発言に責任を持つことが出来ない」つまり無責任な行為となるからです。
東芝という日本を代表する企業で功成り名を遂げ、商工会議所の会頭にまでなった日本財界のリーダーの一人である人物がこんな体たらくですから、政界のリーダーたちも押して知るべしの次元の輩ばかりになるのも無理のないことなのかもしれません。
日本の劣化が叫ばれて久しいですが、社会のリーダーたちもこの程度になってしまったのですから、救いようがありません。
話を少し変えますが、産経ニュースにこんな記事が載っていました。
---------------------------------------------------------------------
【外信コラム】上海余話 揺らぐニッポンの価値観
2010.9.16 02:32 産経ニュース:外信コラム
「中国市場で日系メーカーの競争力は数年のうちに失われるのではないか」
こう言って苦悩の色をみせたのは上海に工場を構える機械部品メーカー現地法人の社長だ。日本の本社工場から最先端の技術を持ち込み、対中進出している外資系企業に売り込んできたが、「どの顧客も最先端の技術より、何世代も前の低い性能の部品を安く求めるようになった」からだ。
日米欧への輸出基地として価値を生んだ「世界の工場」から、13億人の消費者をターゲットとする「世界の市場」に変貌(へんぼう)しつつある中国。一部の高価な製品を除けば、日本が誇った高い技術は顧客から逆に「過剰品質」とみなされ、敬遠されるようになってきた。
この部品メーカーの社長の不満は本社の技術部門に対する“硬直性”に向けられていた。顧客が求めた10年前の製品を中国で作ろうとしたところ、本社工場から「技術的に不可能」と拒否された。最先端を長年求め続けてきたあまり、性能的に後戻りする製品の生産技術が社内から失われていたというのだ。
良いモノさえ作れば売れる、と信じて前だけを見て走ってきた日本企業。このメーカーに限らず、ニッポンを世界に押し上げた価値観が、世界の主戦場となった中国市場では、皮肉にも足を引っ張る要因になり始めている。(河崎真澄)
-------------------------------------------------------------
敬天の大学の大先輩である自動車評論家の徳大寺有恒氏は「トヨタは世界で初めて故障しないクルマを作った。だからトヨタは世界中で受け入れられた」と仰っています。自分自身、30年以上前からトヨタのクルマはかなりの数を乗り継ぎましたが、消耗部品の寿命による不具合を除けば故障らしき故障とは出会いませんでした。一時、スバルの水平対抗エンジンが気に入ってレガシーに乗っていた時期がありましたが、時々予期せぬ故障に出くわして閉口した経験が何度かありました。
日本国内のように民間整備工場が至る所にあり、(天下り利権の温床ではありますが)車検制度が整った社会であれば、多少の故障は歩留まりの範疇といえるのでしょう。
しかし、トヨタが米国進出での苦い経験を足がかりにして世界市場に飛び出そうとした時の世界の状況は、欧州の自動車先進国を除いては、クルマのメンテナンスを期待できる環境にはほど遠い国(=クルマを作れない国は修理もできない)が圧倒的でした。それであれば、欧米に比べてブランドも無かった当時において、世界市場を攻略するには「故障しない」クルマ作りを目指す戦略しか選択肢はありません。先進国であった欧米でも成し遂げる事が出来なかった事を、「モノ作りに妥協は許されない」という極めて日本人的な職人気質で現実にしたわけです。
日本列島は、北は北海道から南は沖縄まで、冬場の気温差が30〜40℃もあるような、まるで世界中の気候を一国で体現できる環境にあったことも幸いして、世界中のどこの地域にも適応できるクルマ作りが可能だったことも、トヨタだけでなく日本車メーカーの強みであったことが、日本車の信頼と同時に信頼からくるブランドを勝ち取る最大限の武器となりました。
敬天が何を言いたいのかといえば、これこそが、まさに「ニッポンの価値観」ではないのかということなのです。
経済とは、簡単にいえば「需要と供給」の原則であります。「需要」とは現状求められているものであり、求められているものに対応するのが「供給」である、というのがこの原則なのです。 勘違いし易いのは「需要」を「必要とされる数量」、「供給」をその「必要とされる数量を生産・供する」と考え違いの理解をしていることです。
アメリカや英国、ドイツ、フランスなどの自動車先進国がブランドと自分たちの奢り昂ぶった尺度に胡坐をかいている間に、日本メーカーは「クルマ社会のインフラが整っていない」圧倒的多数の世界市場が求める「需要」を創出したわけです。
その象徴としてトヨタは世界一のメーカーに登りつめたのです。
この引用記事に全面的に賛同するものではありませんが、「良いもの」と「必要とされるもの(=需要)」は必ずしも一致しないという現実は、過去に敬天自身も痛いほど味わいました。
日本再生のためにも、もう一度原点に戻って「ニッポンの価値観」を見つめ直す時期に来ていると感じるのです。これは何もモノづくりに限ったことではありません。
政治、経済、文化、伝統、すべてにいえることだと思うのです。
※人気ブログランキング(政治部門)に参加しています。
下記クリックのご協力をお願い申し上げます。
https://blog.with2.net/in.php?687099
|