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今年は節目

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 御来訪感謝申し上げます。
 
 本日は新年2日目でございますが、今日は恒例の宮中一般参賀の儀が執り行われました。

 地方に住む者ゆえ、テレビでこの慶賀を視るしか術は持ちませんが、画面に映る天皇陛下の穏やかなお顔を拝見し、安堵の気持ちを得ると同時に身の引き締まる思いを抱きました。

 昨年から再三申し上げているように、今や、我が国は国体を毀損する勢力に政府中枢部まで侵食され、挙句には御皇室をお守りしなくてはいけない立場の宮内庁まで着々と侵食されつつあり、それが基で天皇皇后両陛下の御心痛も想像を絶するものであると漏れ承っております。

 本年は、天皇皇后両陛下に於かれましては、即位20年、御成婚50年と誠に喜ばしい年であり、また節目の年でもあります。

 このような素晴しい記念すべき年を国民の一人としてお迎えできる事は至上の慶びと思わせて頂くばかりです。

 内憂外患というべき我が国の状況を鑑みるに、決して国民は我が事ばかりに汲々とせず、国の来し方行く末を真摯に考え、将来の御皇室を主体とした国体と自分達の孫子の代に禍を残さないためにも、未来永劫に国体の繁栄を深く思慮する大事な年であると僭越ながら思わせていただいております。

 今日の一般参賀の参加者も例年になく多くの良識ある国民の方々で大いに賑わったと報道されていました。

 経済的危機と政治不在が叫ばれる中でも、国民の多くが良識ある判断をすることによって国を守る事は充分に可能であります。

 外的な要因ではなく、内的要因で組織や国が潰れることは歴史が証明しています。

 多くの国民の中に御皇室を尊び、国体を守護せんが思いさえあれば、いずれ我が国に巣食っている反日勢力も殲滅させられるであろうと思います。

 正月早々、硬苦しい話を記事にする気は毛頭ございません。

 今日は、ブログ盟友の方々も多く一般参賀に参席され、御皇室の弥栄を祈る国民の多さに圧倒されたとの報告コメントを頂き、慶賀の至りと存じ、記事にさせて頂きました。

 今後の御皇室の弥栄と日本国の平和と繁栄を祈念申し上げさせていただきます。

 天皇皇后両陛下、謹んで新年のお慶びを申し上げます。


   
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暮れに寄せて

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 御来訪感謝申し上げます。

 冒頭の写真は、私の住む所からクルマで40分程の栃木県黒磯市から那須高原に向かう那須街道に沿っている林道(遊歩道)を先月写したものです。

 
ご承知のように、那須高原は東京からもクルマで約2時間、温泉施設、テーマパーク、牧場等の観光施設も充実し、またゴルフ場や温泉付き別荘地など、長野の軽井沢と並んで代表する高名な避暑地でもあります。
 また、軽井沢と違うのは、御皇室の別荘である那須御用邸があることでも知られています。今から20年ほど前、盛んに首都機能移転計画の話題が持ち上がった時、最有力候補地としても上げられた場所でもあります。

 しかし、「今は昔・・・」です。 そんな話は露と消えてしまいました(笑)。
 
 当時は、バブル最盛期でもあり、国も地方自治体も財政的にも豊かであり、大掛かりな投資も可能であり、裏では関係地域の「地上げ」を目論んでの計画でもあったと思います。しかし、地方の人間としては大いに「勇気付けられる」お話でもありました。

 綾小路きみまろ風に言えば「あれから20年、あの時のあの情熱はいったい何処へ行ってしまったんだろうか?」と申しましょうか? 今では全く話題にも出なくなりました。

 地方に住む人間だから、あえて申し上げさせていただきますが、この首都圏機能移転が実現していれば、東京一極集中の緩和と莫大な公共事業による国内経済(内需)活性化による政治的・経済的効果は勿論、日本の「国のかたち」をより魅力あるものにできたのではないか?と今でも常日頃思っています。

 大都会と地方の格差の問題も多く取り上げられていますが、私の持論では「地方が貧すれば」やがて首都圏をはじめとする大都市圏、如いては国全体が貧することになろう!という思いがあります。

 私は、日本は「大都市圏と地方」がそれぞれ適切な役割分担を以って共存共栄を図る事によって、世界でも類を見ない「繁栄国家」を創出することができる唯一の国家であると常々考えて来ました。

 その根拠は、大学進学率とかの些細な問題ではなく、国民全体の教育レベル(民度)として考えて、世界と比べて首都圏も地方も教育レベルの格差がこれほど少ない国は無いという認識からなのであります。

 結局、国を繁栄させるのは「教育レベル」でありますから、日本ほど全国的に教育レベルの高さが偏在している国は存在しないのであります。

 ならば、その教育レベルの高さを「国の至高の資源」として、北は北海道、南は九州・沖縄までの地域の気候風土と人的資源を友好に生かして、地域の特性を活用する役割分担を以って国全体のレベル向上が可能なのではないか?との思いがあったのです。
 
 そのきっかけとしての「首都機能移転」問題が、大きく寄与することができたのではないかと以前から考えていました。

 世界的に見ても、日本ほど、公共交通機関、高速鉄道、高速道路、航空路線、空海陸ともに交通網が発達した国はないと思います。
 面積的にも全く無駄がありません。よその大国のように遊ばせておくような無駄な土地は一切無くすべて有用な土地ばかりであります。

 日本は、1次産業、2次産業、3次産業すべての産業分野で世界に冠たる技術を持っています。

 今、現在は世界的な金融危機とそれに伴う経済危機が叫ばれていますが、日本は「円」という今世界で最強の通貨を世界に供給し、世界経済を立て直そうとしています。
 つまり、世界から馬鹿にされながらも地道に愚直に「ものづくり」一本で邁進して来た日本は世界の管財人の役割を唯一果たしているのです。

 当然、世界経済が落ち着きを見せれば供給した資金は大きな利息と共に日本へ帰って来ます。 また、世界の投資マネーは、世界で一番経済の安定した国である日本へ集中するであろう事は容易に想像が出来ます。

 これが日本の底力なのです。

 確実に2〜3年以内に日本は「金余り」の時期を迎えます。その時、国の形の再編と世界に物申す後ろ盾である「核も含めた軍事力」と国の基本である「農業振興(自給率向上)」、国体護持のための国民の「自虐史観からの脱却」、この3つがセットで国の再生の根幹を成すものであると自信を持って考えています。

 敬天愛人よ、暮れになって頭がおかしくなったのか?と思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、何と言われようとも私は自信を持って皆様に申し上げます。

 まとまりもつかない文章になってしまいましたが、暮れを迎えての敬天愛人のわがままな所感を書かせて頂きました。
 
 昨今の暗いニュースばかりに飽き飽きしていたので、新年を迎えるにあたって「夢と希望」のある記事をあえて上梓させて頂きました。

 私の本音の気持ちと持論です。

 明日は、大晦日なので日頃本ブログでお世話になっている方々への御礼の御挨拶を記事としてさせて頂きます。

 
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日本の冤罪を顧みて

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 御来訪感謝申し上げます。

 いよいよ暮れも押し詰まり、あと4日となりました。
 私の住む福島県南部も今朝は数センチ程の積雪があり、朝(7時頃)起床したら、家の周りも一面「雪景色」となっていました。
 
 幸い、昨日近所のGSで愛車のタイヤを冬タイヤに履き替えていたので、「雪道ドライブ大好き」の私は、早速、クルマで小1時間ほどの雪深い山へドライブに行って「おろしたてのスタッドレスタイヤ」の効き具合を試して来ました。
 ダンロップ製の展示会で安売りしていたのを購入したのですが、圧雪路の登り下りの山道を問題なく、快調に時速60kmほどの速度で走り抜けてきました。

 寒いのは苦手なのですが、以前、仕事の関係で国内でも豪雪地帯に数えられている奥会津地方に毎日のように行っていたので、雪道の運転には自信があります。

 スノードライブの苦手な方は、ご連絡下さい。 いつでもスノードライブの指導を無償でお引き受けします(笑)

 
余談はこのくらいにして、昨日まで東京裁判を中心に戦後の「自虐史観」の呪縛により、日本の国体が如何に傷つけられて来たか、国益を失ってきたか、また、自虐史観を持つに至った背景なども含めて記事で検証して来ました。

 連載で記事にしましたが、記事をご覧になって、日本人が「自虐史観」を持つ謂れは全く無い事、日本が「侵略者」であったことは田母神氏の言うように全くの「濡れ衣」であったことがお分かりいただけたと存じます。

 「濡れ衣」ということは「冤罪」であります。
 なぜなら、自虐史観の素になったのはGHQによる、勝者による敗者を裁くためのものであり、起訴をする検察側も裁定をする裁判側も同じという、法治社会ではありえない不当な「東京裁判」で処断された犯罪であり、これは正に「冤罪」であり、天地神明に誓っても決して日本は「犯罪」を犯したのではなかったということであります。

 しかしながら、戦後63年間もの長きに渡り、この冤罪の贖罪に誠心誠意努めてきた日本の戦後は何だったのかを考えると非常な怒りと不条理を感じるものであります。

 「冤罪」ならば晴らさねばならない、長く嘘偽りの謂れ無き「罪」で貶められてきた我が国と、英霊、戦犯として処刑された誇り高き軍人の方々の無念を晴らさねば、現代の日本人として生まれた我々後身の者たちが今生きていることの価値は無いと深く考えるものであります。

 また、先人たちの偉業を毀損し、連合国、シナ、朝鮮の横暴極まりない所業を甘んじて受けてきた戦後の我が国の来し方を考えれば、忸怩たる思いの念に駆られ、居ても立っても入られない気持ちに襲われるばかりの毎日であります。

 戦後日本人の「精神の凋落の根っ子」がGHQの洗脳による「自虐史観」であったのなら、これからの時代は、「天皇陛下を中心とした国体をお守りする日本人」として「日本の誇りと自信」を「根っ子」に国際社会で本義の「名誉ある地位」を占めたいと僭越ながら思慮する次第であります。

 「いじめられっ子」は自己に自信と誇りを持てないが為に周辺から執拗な苛めに遭うと聞いています。自己に「自信と誇り」がなければ、他者に対等に処すことができません。
 戦後の日本は正に「いじめられっ子」だったと思います。

 これからは、「いじめられっ子」を返上して、堂々と世界に向けて「言うべき事を言う、主張すべきは主張する」、また、そのバックボーンとなる「軍備、核兵器」も持つ普通の国になるべきとも考えます。

 何もよそ様から「とやかく言われる筋合い」は無い国であることを再認識して、自虐史観を利用して金儲けをして来た勢力や、日本を侵食して来た国内外の勢力を排除していかねばならないと強く感じます。

 これから、お正月休みがやって来ますが、是非、お正月休みのゆったりした時間を使って「国の将来」について、ご家族で改めてお話あってはいかがでしょうか?




    
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時局展望

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 御来訪感謝申し上げます。

 東北は福島に住む私ですが、12月も半ばを過ぎたというのにまだ本格的な冬の寒さを感じません。 今年は本当に温かく穏やかな日々が続いています。

 さて今日は、週末の土曜日でもありますので、個人的な主観と思い込みと妄想を中心に時局に関する雑感を記事に上梓させて頂きたいと考えます。

 私は、前回、戦後の日本政治の情けなさと天皇家の御心痛如何ばかりか?との思いで記事を書きましたが、今、我々が住んでいる日本と日本を取り巻く状況について、お話致します。

 以前、20年位前に確か週刊誌だったと思うのですが、「NHKの大河ドラマは、別にNHKの担当者の見識が高い訳ではないが、なぜかその時の社会情勢を予測したかのようなテーマにしたものになっている」というものを目にした事がありました。

 そういう観点で見ますと、なるほど、確かにその時代の状況を歴史的な見地から上手く説明・解析していると考えられる内容構成になっているなあ、と感心できるものがあります。

 今年は江戸末期から明治へ移り行く時代の流れを、薩摩藩と薩摩藩出身の「篤姫」を通して描き出し、高視聴率を稼ぎました。
 
 来年の大河ドラマは、戦国時代から江戸時代初期に至る戦国大名上杉家の高名な家臣であった直江兼続を主人公にした「天地人」であります。
 ご承知のように、戦国時代から、豊臣秀吉と徳川家康の覇権争いがあって、地方の有力大名として時代の激流に飲まれながらも、最後は越後の大大名から山形米沢30万石に禄を落としながらも「上杉家」を守り抜いた立役者であり功臣と評された人物を描いた物語になるであろうドラマであります。
 いわゆる、群雄割拠の戦国時代から徳川幕府創建の安定期を迎える歴史上重要な時代に生きぬいた武将の物語でもあります。

 これで分かる事は、来年平成21年(2009年)は確実に戦乱の世になるであろうということであります。

 現実の現代情勢を見ても、本年は「田母神論文」の登場により、確実に歴史観が変わろうとしており、時代の大きな変革が起りつつあることを感じます。

 また、それによって来年は社会情勢が甚大な混乱のなかに入っていくであろう事も容易に想像がつきます。

 その混乱が収拾に向かう再来年は新しい「日本の夜明けが始まる」予感がしています。
 再来年の大河ドラマは「坂本竜馬」であります。
 
 まさに激動の新時代が始まる時期に怒涛のように走り去った明治初期の逸材の人生を描いたドラマでもあります。

 このような事を考えますと、来年は国内に於いては政界の大きな再編と世界に於いても「唯物主義」からの脱却による新しい精神世界を基軸にした人類の価値観に基づく世界観への変容に伴う混乱が待っているような気がしてなりません。
 
 その混乱から21世紀に人類が進むべき「光の道筋」が見出され、これまで人類が経験したことのない新たな価値観を持った「世界観」が生まれ、荒廃しきった地球の再興を目指す事になるのではないかと密かにまた、希望的観測を含め近未来に思いを馳せています。

 具体的には、中国の経済破綻、日本の戦後体制の終焉、アメリカを中心とした経済至上主義の崩壊により、世界的な「唯心主義」への回帰と自然の恵みを崇める人類本来の貴い
価値観を求める動きが出始めて、世界の政治活動、経済活動へ大きな影響を与える事になっていくのであろうと推察しています。

 そんな漠然とした想いが今頭をよぎっているのですが、もっと具現性を持った展望を今後さらに考察して行きたいと考え、ブログ上でも展開して行きたいと存じます。

 取りとめもない文面になってしまいましたが、次回は考えをもっと整理をして「オトシマエ」を根っこに「日本のあるべき姿」を思考した記事を上梓したいと思います。


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経済の話

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 御来訪感謝申し上げます。

 今日は経済のお話をしたいと思います。
 
私敬天愛人は、大学の不経済学部の出身ですので、本来は経済を語る資格も何もありません。

 しかし、昨今の我が国の経済情勢を鑑みるに、私なりに意見を述べさせて頂きたいと考えました。

 ご存知の通り、難しい事、面倒な事は一切苦手な「ヒト科ナマケモノ」に属する男ですから、自分なりに咀嚼した独断と偏見を基に反論を覚悟で記事を上梓させて頂きます。

 今、麻生首相のお言葉をお借りすると我が国は「未曾有の経済危機」の状況にあるそうです。

 そんなこと言われたって、そうなる前に、元々そんなに日本は景気が良かったの?という声が聞こえて来そうなのは私だけでしょうか?
 以前の記事でも取り上げましたが、ついこの間まで「神武景気」といわれた時より好景気が長く続いていると報道がされていましたが、大都会は知りませんが、少なくとも地方に住むものとしては、戦後最悪の不景気の真っ只中にいたように思います。

 旧職安であるハローワークに行けば、職を求めるたくさんの新卒の若者達が連日、職業相談に来ていました。
 しかし、彼ら前途ある若者を受け入れる企業は僅少でした。
 まして、企業をリストラされた中高年にまで門戸を開く企業は無く、また、地方の唯一の雇用受け入れ先であった土建業及び関連業(道路交通警備も含む)も公共事業の削減により受け皿とはなり得ず、地方の雇用不安は増大するばかりでした。

 現在、米国のサブプライムローン問題に端を発した世界経済危機のあおりを受けて、新卒の「内定取り消し」や「派遣社員の契約打ち切り」等々の暗い話題をマスコミは盛んに報道しています。

 そんな中で、どこぞの政党が主導する国内景気刺激策としての「定額給付金」の話が出たり、その代わり、「3年後には消費税率を引き上げる」という政府の方針を同時に麻生首相が公式に発表するなど、「何をしたいのか?」何が何だか分からない政治状況にあります。

 世界を見渡しても、これほど勤勉実直で労を惜しまず身を粉にして馬車馬の如き働きを見せている国民に対し、それを司っている「お上」の現状認識と分析能力の低さには愕然とするばかりであります。

 税とは何か?という基本的な命題から入らなければならないと思い、おさらいを兼ねて記述して行きたいと考えます。

 税とは「経済活動により生まれた余剰分から、公に献上されるもの」が本来の定義であります。
 江戸時代以前は、百姓がその年の生産高(収穫高)の余剰分をお上に「年貢」として税を納めていました。
 しかし、天災飢饉などにより収穫が少ない時は、年貢が重い負担となり、百姓の生活権までが奪われかねない事態となって、「間引き」「娘の身売り」「現金収入を求めての江戸への出稼ぎ」あるいは「百姓一揆」等の社会不安を生み出しました。
 これも、お上が予定計上していた「年貢(税収)」を人口構成の多くを為す百姓のその時の実態を無視しての強引な「税の取立て」が生んだ所産であったわけです。

 現在の日本は、少子高齢化により、高齢者の医療福祉負担が年々増大し、政府の支出負担を大幅に押し上げています。
 つまり、「税収より支出が多い」状態であり、その穴埋めに「更なる徴収増加」を期しているのであります。

 という事は「経済活動により生まれる余剰が無く、逆にマイナスの状況にある」という現実なのです。

 そこで考え出されたのが、税収の基になる消費活動の活性化を目的とした「定額給付金」であります。その額は「年齢問わず国民一人あたり一律12,000円」であります。
 このために政府は2兆円を計上しました。
 2兆円を使っても、消費活動に回ることにより、業績の低下に苦しむ事業者を潤し、その売り上げ利益の何割かは税として還元されるであろうという目論みです。

 しかしながら、元々庶民は収入が減っており、最低減の生活権を守る為の支出以外に消費に回るお金は皆無に近い状態にある中で、一人あたり12,000円を得たところで「焼け石に水」であることは明らかであります。

 それは、一般的な国民は皆何らかの「借金」を抱えています。
 代表的なものとしては「住宅ローン」や「クルマなどの高価な耐久消費財購入ローン」であり、景気後退による実質収入減の中で「借金の返済の負担額」だけは占める割合が多くなるのです。消費は切り詰めることができますが、ローン返済は固定されていますから収入に合わせて切り詰めることが出来ないわけです。

 であれば、12,000円を給付したところで、消費刺激の活性剤になる事はありえないことは、誰でも想像のつくことであります。

 よしんば、10倍の一人あたり120,000円を給付するというのであれば、その中の一部を返済や貯蓄に回して残りを消費に回す事はあり得るかもしれません。

 しかし、冒頭でも書いたように「定額給付金」と3年後の「消費税引上げ」を同時に明言したわけですから、3年後を考える勤勉実直な日本人は「給付金」を更に生活が苦しくなるであろう将来に備えることに費やすことになることは、簡単に予想できます。

 経済の先行きが見えるから「金を使う」のであり、先行きが見えなければ「金は使わない」ことになるのは自然のことであると思うのです。

 であるならば、もう一度「経済の基本」に立ち戻って「税は経済活動の余剰から生まれるもの」を考慮して、「消費税引き上げを凍結」し、大きな負担を強いられる事を覚悟して「大胆な財政出動(方法はいくらでもあります)」を景気浮揚策として、国の財政再建よりも国民の財政再建を優先すべきではないかと考えるのであります。

 GDPの6割を占める国内消費支出の担い手である国民の財政が不健全な状況で、税収の増大と国の財政再建を優先政策にすること自体が「経済の原則に反している」と私個人は考えるのです。
 政府官僚をはじめ血税で生計を為している公務員達は「経済」を知らなすぎます。

 近代資本主義経済の下で国民が困窮して、国家経済が健全であることはあり得ないのです。
 中国などの前近代的共産党独裁及び独裁君主国家ならいざ知らず、健全なる近代的民主主義・資本主義が確立した国家では、税の担い手の国民の経済健全化が最優先なのです。

 もう一度、経済とは何ぞや?をお考えいただきたいのです。



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