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御来訪感謝申し上げます。 今、私の住む福島県南部は雪がしんしんと降り続いています。 道路の真っ白になって来ました。 多分明日朝までに5〜6cmの積雪になろうかと思います。 幸い明日は土曜日でお休みのところも多いので、朝のラッシュはそれほどではないと思いますが、雪道に不慣れなドライバーは要注意です。 また、明日から3連休ということでお出かけになる方もおられるかと思いますが、東北地方へ来られる方は交通情報に御注意です。 先日、後輩の家に遊びに行ったところ、そこの中学3年になる男の子が高校入試を控えて一所懸命に受験勉強をしていたのですが、子供のいない意地悪オヤジとしては受験参考書を覗いてみたくなり、歴史参考書を取り上げて覗いてみました。 読んだ瞬間、頭から湯気が立って来ました。 こんな教育を子供たちは受けているのか? 特に「戦後の日本はGHQのお蔭で民主化された・・・」という記述を眼にした時は、そのまま参考書の出版元である学研に殴り込みを掛けてやろうか!と真剣に考えた程、怒りを感じました。 我々の世代も似たり寄ったりではありましたが、改めて読むと、今の教育で「国を愛する」人材を育てることは絶望的だと、卒倒しそうになりながら確信しました。 幸い、その子の両親が冷静な良識あるインテリなので、あくまでも「受験用」としてクールに対応しているので、その子も割り切っているのがせめてもの救いでした。 さて、冒頭写真は某紡績会社の古い工場写真です。 戦前戦中までの日本の産業を担っていた紡績工場というと、戦後の反日勢力による捏造・歪曲により非常に暗いイメージがありますが、決してそんなことは無く、むしろ、当時の世界に冠たる日本の文化・教養レベルの高さを偲ばせるお話を記事にしたい思います。 私には満82歳の母が居ります。 父は15年前に他界しましたが、母は健在で、息子の私が馬鹿でどうしようもない分、恐らく「罪の意識」があるのでしょうか?この馬鹿息子が何とかなるまではボケられないと、非常にしっかりした頭脳と健康を保持しています。 情けないお話ですが・・・(恥)。 私はテレビの「予約録画」が恥ずかしながら出来ないのですが、母は自分の好きな番組(なぜか、韓流ドラマが多いのですーー泣)を自由に録画して、自分でライブラリーを持っているほどであります。 ある日のことですが、お昼を食べようと茶の間に行くと母が何やら紙を見ながら歌の練習をしているのです。 そういえば、母は時々昔からの友人達(と言っても皆さん母よりお若い方ばかりですが)と市内にあるカラオケボックスに遊びに行っています。 お気に入りの演歌歌手の新曲が出たので、練習しているのだ、と母は申します。 その紙を見ると楽譜入りの歌詞カードです。 つまり、母は楽譜が読めるのです。 以前から、母が父と結婚する前の話は聞かされていたのですが、その時は、義理でふんふんと聞いている程度だったのですが、歴史の真実に目覚めた現在では決して無視する事の出来ない素晴しい話を不肖の息子に教えてくれていたのです。 母は大正15年の5月に生まれ、その年の秋には昭和に変わった年であります。 西暦でいうと1926年で、同じ年に生まれた有名人といえば、現英国国王エリザベス2世女王陛下がいらっしゃいます。 母は、サラリーマン家庭の女ばかりの6人姉妹の3女に生まれ、姉達が旧制の学制でいう尋常小学校を卒業して、隣町にある日東紡という大手の紡績会社に勤めたので、母も同様に日東紡に入社しました。 日東紡といえば、皆さんもご承知のように今でも「一部上場企業」として現存していますが、この会社は元々福島県発祥の紡績会社であり、今でも本社の所在地は福島市になっており、名実ともに福島の生んだ大企業であります。 さて、母は隣の郡山市にあった日東紡の工場に入ったのですが、紡績工場であるため、女子工員の占める割合が非常に多く、大半は近隣の農家や中級以下のサラリーマン家庭に生まれた婦女子でした。 ですから、当時の義務教育であった「尋常小学校」を卒業してすぐに働くことによって家計を助ける役目を担っていたそうです。 日東紡もそんな「義務教育」しか受けていない婦女子たちを預かる立場として、日東紡に勤務したからには、何処に嫁に出しても恥ずかしくない「女子教育」を施したいという会社の方針もあり、勤務時間外には社内にある、「文化・教育」講座やサークルを設けて、一般教養、茶道・生け花、料理、音楽教育を女子社員に強制ではなく自主的に受けさせたそうです。 生来欲の深い母は、これを利用しない手はないと、総ての講座を受講し、茶道・生け花は勿論、管弦楽団にまで所属したそうです。 管弦楽団ではホルンを担当し、戦時中は「日東紡女子管弦楽団」として各地の軍の施設などにも慰問団として派遣され、課外活動ではあったが非常に忙しかったと話しています。 そして、母は今でも上級の学校には行けなかったが、日東紡に入ったお蔭で、学校へ行った以上に人生に役立つ教養や文化、女子としての嗜みも習うことができて本当に感謝していると今でも私に話してくれます。 大東亜戦争終結以前の日本は非常に暗かったとの悪イメージで語られる事が戦後価値観の踏み絵でもありましたが、実際には日本は大企業も含め、社員の情操教育まで配慮した文化・民度の高い民主的先進国家であった事の証明であると考えられます。 その証拠に我が母は、針仕事、料理、楽器の演奏、生け花・茶道等々女性のたしなみは総て会得しているのであります。 ちなみに愚息の私は、無い無いづくしの無能な、何の芸もできない男です。(恥) 日東紡という当時からの大企業だったからかも知れませんが、国民が貧しかった時代でもそれを補うかのように、企業文化が今から70年以上前から日本には根付いていた事実は現代に生きる我々にとっても誇りであると心底実感致します。 したがって、反日勢力や左巻きの国賊が声高に叫ぶような暗い日本の現実は無かったのです。 日本は常に世界に冠たる高度な文明を維持し続けて来た一等国だったのです。 ※人気ブログランキングに参加しています。 下記クリックの御協力をお願い申し上げます。 |

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