日本の戦略

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 御来訪感謝申し上げます。

 『正月は冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし』のお正月も今日で終わりです。 
今日は冒頭写真の門松(一里塚)もどんと焼きで処分されてしまいます。
 
  今週から、世の中もだいぶ動きが出て来ました。

 普段、人生を生きていく上に於いて良く浮かんで来る言葉が「智に働けば角が立つ、情に掉させば流される、意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は生きにくい」という夏目漱石の草枕の書き出しの文句です。

 若い頃は無我夢中で「我を通して」生きて来たので、何も考えず仕事に追われ、仕事が終われば朝方まで夜の街で遊んでの繰り返しの毎日でしたが、人生も後半を過ぎると、ふと立ち止まり、上記の言葉を時々思い出しては来し方を反省したり、行く末を案じたりするようになりました。

 そんな中で、昨日の読売新聞では海洋資源の開発調査計画の実行化が明言された記事が
載り、今日の読売新聞トップ記事は、
 
海自ソマリア派遣へ新法、今国会提出へ・・・海賊船射撃も検討
 政府は6日、ソマリア沖などの海賊被害に対応するため、新法「海賊処罰取締法」(仮称)を今国会に提出する方針を固めた。

 現行法では明確でない海賊行為を新たに犯罪として明記。海上保安庁と海上自衛隊に取り締まり権限を付与し、海保の能力を超える事業は海自が取り締まる。日本関係船舶以外の外国船舶も護衛できるようにするほか、任務遂行目的の船体射撃も検討する。自民・公明両党と調整し、3月までに通常国会に提出、会期内の成立を目指す。

 新法成立までの間は、「つなぎ」として、自衛隊法の海上警備行動発令による海自のソマリア沖派遣を視野に入れている。

 新法は6条前後で構成される見通し。国連海洋法条約に従い、私有船舶や航空機が私的目的のために行なう「不法な暴力行為、抑留、略奪行為」を海賊行為として定義し取り締まることを規定する。取り締りの主体は海保と海自とする。海保を基本とし、海自艦船については、敵の武装程度に考慮し、海保巡視船の能力を超える場合にのみ派遣するとの役割分担を明記する。

 取り締まりの対象とする海賊行為は、いずれの国の管轄権も及ばない「公海上」のものとする。ソマリア沖に限らず、マラッカ海峡なども対象となる。海上警備行動と異なり、日本関係船舶以外の外国船舶も護衛できるようにすることを明文化し、国際協調活動に支障がないようにする。

 海賊行為の定義に関し、暴力行為を直接行なう者だけでなく、「扇動、助長」する行為も含むこととする。船長も含む海賊船の全乗組員を犯罪者として逮捕できるようにして、取り締まりの実効を確保する狙いだ。

 艦船派遣にあたっては、国会承認規定を設けない方向で調整している。取り締まりの際の武器使用のあり方は、今後、与党と話し合って詰める。

 海上警備行動の場合は、警察官職務執行法が準用されるため、原則として正当防衛や緊急避難を除き、犯罪者に危害を加えることは認められていないが、新法では任務遂行目的の船体攻撃が可能となるよう武器使用要件の緩和を検討する。
        (2009年1月7日 読売新聞)

 まだ仔細な部分では物足りないものが多々ありますが、昨日の海洋資源調査計画実行化ととも関連して、やっと我が国も動き始めたか!との思いで記事を読みました。

 私は、この海賊対策関連の新法立法と海洋資源調査が2日に渡って連続で発表された事に意義を感じ取っています。

 ご承知のように、我が国は四方を海で囲まれた海洋国家であります。
 今後覇権主義をむき出しにして来るであろう支那共産党の弱点は、海洋地政学的に見ても海上にあると以前から考えておりました。

 世界地図をご覧頂けばお分かりのように、日本は南の沖縄諸島、東の太平洋上の大きな海域を有しています。

 支那が仮にアメリカ本土を目指すために太平洋に打って出るにしても、現時点では、日本の海域、台湾海域、フィリピン諸島海域に阻まれ、ほぼ出口を塞がれた状態になっており、尖閣諸島付近の非常に狭い海域しか自由になる海域を有していません。

 そのため、支那は尖閣諸島の領有権争いに生命線を賭けていると言っても過言ではないのです。

 つまり、日本、台湾、フィリピンの南北に連なる列島諸国の海域がシーレーン封鎖の役割を果たしている結果になっているのです。

 今後、防衛上も勿論のことですが、日本が海洋資源調査と開発を進めるにしても、現行の海上自衛隊の法体制や設備では、沖縄付近での開発調査、日本海での韓国との領海付近での開発調査においても妨害が入る事は必至であることを想定しても非常に危険であり、予定通りスムーズに進めることも不可能であると危惧していたのです。

 ソマリア沖、マラッカ海峡は現行エネルギーである石油資源の輸送ルートであり、海洋資源は近未来のエネルギー資源であり、我が国のエネルギー生命線であります。

 大東亜戦争がアメリカからの石油供給をストップされ、国体護持が厳しい状況にさらされて開戦を余儀なくされたように、エネルギー資源の確保が国家の死活問題でもあります。

 上記引用の内容ではまだまだ心もとないですが、しかし、悲観ではなく、新年早々一歩進んだと楽観的に解釈して、今後の国の戦略・戦術を立てて行ければと僭越ながら思うのです。

 長々と書いてきましたが、要は日本は海洋国家であり、核武装と共に海上防衛が最優先すべき防衛の要であり、今回の海賊対策を大義名分として上手く活用して、法整備も含め海上防衛力強化を早急に進め、海洋資源の開発も順調に進捗させて、揺るぎない国体護持のためにも、エネルギー資源の確保と防衛力強化による「国家安全保障体制」を堅固なものして行きたいという事なのです。

 冒頭に記しましたように、外交や防衛は「智に働けば角が立つ、情に掉させば流される、意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世(国際社会)は生きにくい。」のです。

 しかし、世界でもトップクラスの日本人の大和魂と英知と良い意味での狡猾さをフルに駆使して国際社会を乗り切り、未来永劫、国際的に「真の名誉ある地位」を日本は占めることの出来る国家であると信じています。



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<日本が自覚・志向すべき本来の姿>

 ここ数日間、近現代史のおさらいをさせて頂きましたが、今日のニュース報道では、麻生内閣の支持率が大幅に下がり、27%台という低支持率になったことを伝えていました。

 性格の悪い私は、心なしかマスコミが嬉しそうに「してやったり!」と報道しているように感じましたが、皆様はいかがでしょうか?

 確かに、冷静に考えてみても高支持率を望めるような要因は何一つ見当たりません。
 以前からの麻生ファンだった方々も、実際に内閣総理大臣に就任してからの麻生氏の言動などをつぶさに見ていてガッカリされた方が多いのではないかと思われます。

 私も正直言って「若干の期待」はしておりました。
 但し、その「若干の期待」とは麻生氏の歴史認識とそれに伴う中韓に対する姿勢であり、福田康夫氏が「人の嫌がる事はしない」などと詭弁を吐いて中国に媚び諂い、韓国のあからさまな主権侵害にも何も言えずに、なすがままに振り回される事態は、いくらかでも解消されるだろうという期待でした。

 しかし、残念ながら「学習院出の苦労知らずのお坊ちゃん」宰相は、総理の座に着いたら、前任者達と対して替わり映えのしない凡庸な政治家であることが露呈してしまいました。

 一番最初にガッカリしたのは、前にブログ記事でも書きましたように、中国へ行った際に「村山談話」を政府の公式見解として「ふしゅう(踏襲)」すると明言したときでした。

 字の読み違いで「とうしゅう」を「ふしゅう」と読んだのは御愛嬌などと言ってもいられないのですが、これで完全に中国に与した事になったのです。
 この事がすべてを物語っていると私は思います。

 日本は、多くのブロガーが指摘しているように、いつまでも「自虐史観」のスタンスにいる限り、国際社会において対等の外交を行なう事は不可能であります。

 「脅せば何ぼでもカネを出す」単なる自動現金支払機でしかありません。

 政治家や官僚はどうせ自分の金じゃないし、誰の腹も痛まないからと「ニコニコ顔」で相手の言うように国民の血税をカネを出し続け、「口は出さないで、カネを出す」というおめでたい国と馬鹿にされているのが、国際社会における本当の日本の姿なのだと思います。

 国連に於いても分担金は米国の次に負担しているにもかかわらず、いつまで経っても常任理事国になれそうもありません。

 この事にしても、当たり前といえば当たり前の事なのかもしれません。

 何故なら、国連の成り立ちを考えればお分かりのように、第二次世界大戦で日本が敵に回して戦った敵国の連合体で作られたのが国連です。

 戊辰戦争で明治新政府軍と戦って敗れた旧幕府軍に所属していた会津藩をはじめとする東北地方の諸藩の藩士達のその後の姿を見れば、何をかいわんやと思います。

 ご承知のように、靖国神社は戊辰戦争で戦死した新政府軍の兵士達の武勇を称える為に創建された神社であり、その靖国には、会津藩や仙台藩、長岡藩、白河藩、二本松藩、他東北の旧幕府軍の藩士であった兵士達は祀られていません。

 この時、「勝てば官軍、負ければ賊軍」という言葉が生まれましたが、東北地方の諸藩の出身者が政治の面でも経済の面でも近現代史で表舞台に出ることは滅多にありませんでした。

 私の住む福島県にある旧会津藩の領地であった会津地方では今でも「薩長土肥」を憎んでいる老人も結構いる位なのです。

 しかし、歴史の評価は別として、会津藩士たちは賊軍といわれようと、徳川幕府の御三家に次ぐ「御家門」の家柄として徳川幕府への恩義に殉じたと誇りを持って新時代を迎えました。また、会津藩士達だけでなく、領民達も同じように誇りを胸に新時代を生き抜いて今の子孫達にもその心意気である「会津魂」を伝えて来ました。

 会津藩の人たちが戊辰戦争に負けて「賊軍」という立場に置かれて、自虐史観を身につけてしまったら、明峰会津磐梯山と鶴ケ城と猪苗代湖をシンボルにする歴史と伝統のある観光地でもある、今の誇り高き会津地方は無かったと思います。

 会津地方は、会津藩の無念さを糧に、しかし、新時代のお国のために精一杯貢献していこうと教育と武道に力を入れ文武両道の精神を受け継いで、多くの偉大な先達も輩出して来ました。

 明治以後も長く「賊軍」の立場であったため、政界で重要な位置に占めることはありませんでしたし、薩長の流れを汲む政界主流からは長い間「冷や水」を飲ませれてきた会津でいたが、高松宮妃に旧会津藩のお姫様でいらっしゃる喜久子様が迎えられた時は、会津では戊辰戦争後最大の慶事として歓喜して祝福しました。

 国の誇りを失った時、その国は確実に滅びます。

 西洋の列強の植民地になったアフリカ、アジア諸国はすべて国の誇りを失い、権力者から国民大衆までも自己保身に走った結果、外敵に侵食され国の主権を喪失しました。

 日本は旧敵国の連合体を母体にする国連にどんなに貢献しても決して報われることはないのです。

 どんなに米国に、中国に、韓国に媚び諂い、誠心誠意貢献しても決して評価はされず、「賊軍」として当たり前のことであると見なされるだけの結果に終わるのです。

 そこに謂れの無い「自虐史観」を前面に出して国際舞台に出て行っても、鴨がネギを背負って行く姿にしか、外国の眼には映らないのです。
 
 日本は未だに「賊軍」なのです。
 しかし、「賊軍」を恥じる必要もないし、自らの誇りを捨てる必要も何もないのです。

 もっと「良い意味」で開き直れば良いのです。
 カネも実力も技術も民度の高い国民もすべて兼ね備えた超一流の国家なのです。
 単一民族の人口1億2000万の資源も無い島国の日本が、世界第2の経済大国を長い間維持しているすら世界の奇跡なのです。
 
 卑下せず、堂々と「五分と五分」の交渉を行なって、会津魂のように「ならぬものはならん」の頑固な心意気と気概で国際社会を相手にすればよいと思うのです。

 日本と交渉が決裂して困るのは相手側なのです。

 私がこの記事で申し上げたいのは、日本は、侵略ではなく「アジア諸国を植民地からの解放」と「アジアとの共存共栄圏」の構築という崇高な理念を目指して戦ったのであり、結果、敗北はしたが、その犠牲と努力は何ものにも代え難い日本の先人達の誇りと希望であると考えます。

 それを「自虐史観」で否定するならば、これこそ、先祖への冒涜であり、冤罪であると考えます。

 子孫である我々は先祖の「冤罪」を晴らさなければありません。

 それが子孫としての当然の役目と考えます。

 重箱の隅をつつくような綺麗ごとの議論は不要です。

 自分達の先祖及び肉親の血と汗と涙を否定するならば、自分達の国日本を否定する事と同じ意味を持つという事実を果たして認識しているのか?問いたいと考えます。

 私の先祖は会津藩士です。恥ずかしい事に、それも最近知りました。

 しかし、先人達がどのような思いで命を掛けて戦ったのかを考えると、自らの親不孝を恥じるしかありませんでした。

 先人達を否定することは、実は海外でも「先祖への誠が足りない」と考えられるのです。
 先祖を否定した事実により、自国を否定したことになるのです。

 
 ご来訪の皆様は既にご了解の事と存じますが、今一度、日本の誇りを取り戻すよう、ご家族、親戚、友人、知人とご確認を頂きたいと切にお願いするものであります。


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日本の夜明け

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 今日11月23日(勤労感謝の日=旧新嘗祭)は本年最後の3連休の中日ですが、いかがお過ごしでしょうか?

 私こと敬天愛人は、昨日まで「鼻風邪」を引きまして、市販の薬を何度も服用したのですが、一向に良くならず、最後の切り札として「濃い塩水でのうがい」を決行したところ、効果覿面で「ウソのように鼻水が止まり」症状が消えました。
 人間の性(しょう)が古いのでしょうか?、現代的「薬品」より、自然療法の方が良く効くみたいです(恥)

 
今日の記事についてですが、冒頭写真は坂本竜馬です。下の写真は平成22年度のNHK大河ドラマで坂本竜馬を演じる事になった福山雅治君です。
 先週の彼のラジオ番組「スズキFMトーキング」でも「福山は再来年の仕事がもう決まりましたあ〜!!」と喜んでいましたので、彼のファンとしては、まず同慶の至りです。

 ここ暫らくの間、いろいろな方のブログの覗かせていただきましたが、確実に「日本を思う」「祖国を心配している」方々が増えて来ているな!と改めて実感させられました。

 何より嬉しいのは、若い20代〜30代の方々に「国を真剣に憂う」人たちが多くなった現現象でした。
 この方々は所謂「団塊の世代」の子供達です。
 戦後生まれの団塊の世代は、戦前の日本を完全に否定する歴史観を植え付けられて育った世代です。 
 しかし、そのお子さん達は、戦後の歴史観に疑問を持ち、素直な気持ちで「俺達の爺ちゃんがそんなに悪いことをする訳が無い!」との思いから、自ら歴史事実を調べたり、検証し直すなどの努力をして、正史を学び、議論する事すらタブーとされた戦後の歴史教育に疑問と反論を投げかけて来ました。

 素晴しいことだと思います。
 そこにあるのは、自分の肉親への「愛と信頼」ではないでしょうか?
 戦後世代が、何の疑問も持たずに「自分の肉親や先輩」方が行なった功績や努力までも敵国の論理と同じ考えで真っ向から否定して来たことを考えると、どちらが人間的なのでしょう?
 「自分の肉親や先輩」を否定することは、「自らをも否定する」ことと同じです。
 そのことを分かって「過去を否定する」ならば、この国は他国に滅ばされるか属国になっても仕方ないことになるのです。

 先般より常に話題に上る「自虐史観」とその象徴である「村山談話」「河野談話」を踏襲することの致命的な危険さを若い世代はブログという道具を得て、社会に真摯に訴えているのです。
 私は昭和31年生まれの「団塊世代」の後に続く世代ですが、自分と親子ほども違う世代の方々の「内なる訴え」を見聞きし、自らを恥じたことは言うまでもありません。
 その「恥じた経験」がこのブログを開設した主な動機になりました。

 歴史観を検証するに一番の参考となることは、ウソと歪曲と捏造です。
 歴史は常にこの3つで厚化粧をさせられます。
 何故なら、日本のように万世一系の2600年続いた自国歴史を有している国は、世界広しといえども日本だけなのです。
 他国は、皆高々200年で権力者や体制が変わっているのです。
 権力者や体制が変われば、最初に手を付けるのは「過去の権力と体制の否定」なのです。それは当然のことです。
 新たに権力を手に入れた者は自らの正当性を確実なものにするために過去の否定が最初の仕事になるのです。
 過去の否定することが自らの「アイデンティティー」にもなるのです。

 つまり、「否定する」ことを目的にした「ウソ、偽り、捏造、歪曲」が横行する事態になるのです。
 この事を平気で行なっているのが特亜3国です。

 連日、ブログ友人である近野滋之氏「民族主義者の警鐘」、coffee氏「正しい歴史認識国益重視の外交核武装の実現」のブログ記事で、韓国の「経済危機」についての警鐘を鳴らしています。

 それは、新聞報道が適正な報道をしない事もありますが、彼の国の「真の姿」を知った上で「決して情けをかけてはいけない国」なのだと訴えかけているのです。

 でも、このようなブログが人気ブログとなり、多くの若い世代が政府・官僚・マスコミの姿勢、あり方、オピニオンに疑問を持つようになったことは「日本の夜明け」は近いと、意を強くするのです。

 また、「日本の夜明け」を妨げている勢力(一部の政治家・官僚は勿論、(マスコミも)機関、(エセ宗教)団体、企業等)もハッキリとしてきました。

 私が思う「日本の夜明け」とは「戦後の自虐史観からの脱却」であり、「天皇を中心として国民が自らの手で平和と幸福」を築いて行き、世界に誇れる国として世界に貢献できる国家が、21世紀の日本の歩むべき方向であると考える人々が増えて来ていることを実感するからです。

 作家五木寛之は「鬱」の時代は決して悪い時代では無く「鬱とは、蓄積の時である」と言い、次のステップで空高く飛翔する「躁の時代への準備期間」なのだと唱えています。

 確かに「鬱」とは「木(気)が鬱蒼と生い茂る状態、つまり、内部を充電、充実させている時期」とも考えられます。対して「躁」は蓄積したものを一挙に吐き出す状態の比喩と理解することができます。

 「日本の夜明け」を真剣に考え、命を賭して短い人生を終えた、幕末の英雄坂本竜馬を題材にした大河ドラマが、福山雅治主演で再来年に始まりますが、遅くても再来年には現実の日本も「日本の夜明け」にしたいと考えています。


 
連休中ですが、どうかこの時期だからこそ、ゆっくりと考察頂けます様お願い申し上げます。


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キムタク武士の一分

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今日は「武士の一分」と題して記事を上梓したいと思います。
 冒頭写真は当然木村拓哉主演山田洋次監督の映画「武士の一分」のポスターです。

 標題を「武士の一分」としたのは、映画のテーマが「譲らない心。譲れない愛」だったからです。

 映画の副題は「命をかけて、守りたい愛がある」です。

 命をかけても守りたいもの、それは愛する人であり、愛する家族であり、愛する故郷、愛する国です。

 家族は命をかけても守るが、それ以外はどうでも良いと考える人は結構多いと思います。
 かく言う私もそうでした。 自分と家族さえ不自由なく暮らせれば特に問題は無い。
 そんな愚かで浅はかな考えで今まで生きて来ました。
 
 自分と直接利害が関係することには、敏感に対応しないと生活もままならないが、それ以外のことは自分達の生活を脅かすものでなければ、知らん振りを決め込んで来ました。

 しかし、いつの間にか自分を取り巻く社会は息苦しくなり、「あれっ、何なんだろう?」と考えたのですが、相変わらず日本は神武景気に並ぶ好況にあると言うのです。

 しかし、地方に住む者にとっては税収減により、それまで地方経済を支えて来た公共事業は漸次削減され、大企業の下請けの多い民間企業も好景気の恩恵を少しも受けていないのです。
 一部景気の良い企業もありましたが、総て輸出関連企業です。
 でも、地方の経済はちっとも良くないのです。
 どうして?と素直に疑問に思ったら、景気の良い企業でも「派遣」という名の季節労働者を大半が雇用して賄っているのです。

 派遣労働者たちは、派遣業者に賃金をピンハネされ、また何時解雇されるか分からない不安定な雇用のため、「収入は低い、将来のめどは立たない」ですから、生活する事自体がギリギリの状態です。
 消費に回る金はありません。

 つまり、日本は輸出立国だとテレビに出る専門家は言うけど、輸出関連企業に勤める人間でさえ、生活を維持するのがやっとやっとなのです。

 どこが景気良いのか? 円安は輸出に追い風であり、アメリカのバブルにより輸出が伸びて、トヨタなどの大手自動車メーカーは史上最高の利益を計上していましたが、国民経済にはほとんど何の貢献もしていなかったことがはっきり分かると思います。
 
 要するに、日本が輸出立国ではなく、「国内消費」=「内需」が活性化されないと国内景気は良くならないということだったのです。

 確かに、GDPの輸出が占める割合はわずかであり、むしろ半数以上が内需が占めているのです。

 一般庶民とかけ離れた認識で国を運営している政府官僚、そして同調するマスコミは一体何なんだ?という思いを次第に抱いて来たのです。

 そんな思いで勝手に憤っていたら、今度はアメリカ発の世界的金融恐慌の話です。

 またまた、生活が苦しくなるお話です。
 やれ、トヨタの決算利益が大幅に下がる、それによって来年度の税収の減収がどうのこうのというお話です。

 円高株安が日本経済に与える影響はどうだこうだと連日マスコミは騒いでいますが、我々庶民に言わせると「それがどうした?」というのが本音です。

 もともと生活は苦しかったのです。
 生活が苦しい上に高齢者の負担を増やしたり、原油が高騰したり、直接家計に響くことばかりの連続でした。

 今さら、「大変だ!」と言われても「バカにするのもいい加減にしろ!!」というのが本当の気持ちなのです。

 「武士の一分」と書きましたが、貧乏人にも「譲らない心、譲れない愛」があるのです。

 それは愛する故郷と愛する祖国で平和に幸せに暮らす家族・親族なのです。

 日本人として生まれて、日本人として人生を全うすることが我々庶民にも譲れない権利なのです。

 何故、日本人の平和と豊かな生活を追及できる社会の仕組みが崩壊してしまったのか?
 
 今日、朝日新聞の決算が大きく落ち込んだとの記事を読みましたが、自業自得です。

 国民不在の企業活動を行なっていて、特定の外国に媚を売る、国民を冒涜する企業が国民に認められる訳はないのです。

 
 名も無い身でも「命をかけても守りたい愛」があるのです。

 それを分からない政府、官僚、マスコミ、大手企業があまりに多すぎるのが今の日本の現状であると考えます。

 国民を舐めるな! 国民は、また大半が武士の末裔であることを忘れるな!と言いたいのです。

 今日は、つい興奮してしまい、脈絡の無い文章になってしまいました。
 でもこの気持ちが私の偽わざる本音ですので、ありのままに記事にしました。
 ご寛容とご理解を切にお願い申し上げます。


 
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国の建替え

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 おはようございます。
 昨日も記事更新をサボってしまいました。
 毎日訪れて下さる方々には、心よりお詫び申し上げます。
 また、温かいお心遣いのコメントも頂き感謝に堪えません。

 サボった理由は、昨日夕方から急な仕事で補修工事の現場立会いがあり、帰宅時間が遅くなり、食事と晩酌をしたら眠ってしまったという不甲斐無さであります。
 若い頃は「夜の帝王」と呼ばれるくらい夜に強かったのですが、さすがに齢50を過ぎると「夜はお休みの時間」になってしまいました(笑)

 さて、今日は「国の建替え」を標題とさせていただきました。

 私は、今から15年前ほどに御縁があって、ある「国を考える」事を第一義に、社会的立場、年齢を問わず共に真摯に祖国日本の「本来あるべき姿」を学び直し、日本人としての求められる姿勢と美徳を実践していこうという主旨を目的とした勉強会を日夜行なっている団体の会員にさせていただきました。
 決して、思想的な団体や宗教色の強い団体ではなく、集まった一人ひとりが純粋に日本人としてのあり方を学ぼうという組織でした。

 それは、戦後の高度成長期に突入した昭和40年代に「(このままでは)国が危ない」と心の底から「国の行く末」を案じる想いから、「志を同じくする方々」によって結成されたものです。

 その勉強会の中で、私が一番最初に教えられた事が「国の建替え」でした。

 「国の建替え」というと非常に壮大且つ重い課題に思われますが、どういうことなのかを簡単に説明すると以下のように要約されます。
 
 ・国の単位は「家族」である。「家族」の構成員である国民一人ひとりが自らと自らの家族を見つめ直し、家族の形が乱れていないかを確認し、絆を確固とした家族を構築する。
  ・「家族崩壊」=「国の崩壊」に直結することを肝に銘じ、家父長の地位にあるものは「家族崩壊」につながる不穏な要素を取り去る事である。
  ・先祖をないがしろにし、夫婦不和、親子関係の乱れ、兄弟の争い等の諍いが起きてい無いかを改めて検証し、原因を追究し、本来の家族関係に戻すことである。
  ・家族が不和である原因は、主人である男子が先祖を敬わず、妻である夫人は主人を立てずという「たての筋目が成っていない」ことに根本原因がある。
  ・したがって、お互いを自分の姿を写した鏡を見るように自省をし、先祖を敬い、長幼の序を重んじ、夫婦仲良く、親子の絆を固め、確固とした家族の基盤を築くことである。
 つまり、何か「大それた」ことをするのではなく、「一人ひとりが自覚を持って自らを律せよ」、それができれば「自ずと国は建て替わる」という考え方なのです。

 ところが、一見簡単な事のようですが、これが中々難しい。
 それぞれの家庭には様々な事情がありますし、簡単に割り切れることのできない問題も多く介在します。
 「絵に描いたような幸せな家族」などはそうそうお目にかかれるものではありません。

 しかし、何も理想的な家族を実現せよ、と言っている訳ではなく、「当たり前の事を当たり前に」やれよ、ということだと考えれば良いと思うのです。

 要は、自分が今すぐやれることから始めればいいのではないか?
 すると、まず、「先祖を敬う事」から始めます。宗教的な儀式を言っているのではなく、「先祖を敬う」とは常に先祖(一番身近な先祖、祖父母や近親者で可愛がってくれた方でも良い)を心に思い、折あればお墓参りをして先祖を忘れないようにする。

 夫婦は「夫婦鏡」ともいいますから、自分の今の姿が相手に反映しているのだと考えれば相手の事にもそんなに腹は立たないし、平行線も辿るばかりでなく、そこから何か解決策も見出されるのではないかと思うのです。

 親子関係も、自分を棚に上げて子を見るからおかしくなるのであって、「自分の来た姿(過去の自分の姿」と思えば、「アレっ!」といろいろ思い当たるふしも出て来ると思うのです。

 そんな些細な事を心に留めて対処していく内にそれが大きな蓄積となり「徳」になるのだと私は理解することにしたのです。
 また、そんな些細な事によって愛する祖国を守る事の一助になるのであれば日本人の義務として、これは実践するしかないと考えるようにしたのです。

 
今、国内の状況を考えると、政府・官僚・マスコミの膨大な権力を持っている勢力が完全に「日本本来の姿」を損ねるような姿勢・言動が多く見られます。
 国歌・国旗への拝礼を軽んじ、天皇を侮辱するような映画を「言論の自由」を盾に公的施設での上映を認め、国籍法改悪に見る売国法、先人の苦労と功績と国のプライドをを完全に否定した「村山談話」の踏襲、またそれに対する反論を政府マスコミがそろって封殺する動き、不法に拉致された国民も救えず野放し状態、領土侵略に対しても何の対抗措置もできない現状、年金問題や事故米のずさん管理など国民の安全と幸福は完全に無視し、つまり、特定アジア3国や外国の顔色だけをうかがって嫌われる事を極度に恐れて国民をないがしろにしている社会情勢を考えると、心底から、この国の「内側からの建替え」を緊急に行なわなくてはいけないと思うのです。

 外国の意志で動かされている我が国の実態に立ち向かって行かなくてなりません。
 国民の意思で動く国を取り戻さなければなりません。
 まず、我々一人ひとりが自分の足場(家族)を固め、自国の歴史を学び直して自国の主体的な歴史観を持ち、世界の歴史や政治社会といった国際情勢も学ぶ事によって公明な世界観を持って、自国の社会体制のあり方を再度検証していく事が必至であると考えるのです。

 国内にあっても、賢明なネットユーザーの方々は、反日勢力・国家に支配されている、あるいは牛耳られている政党、議員個人、組織・機関・団体・企業は既に分かっていらっしゃいます。

 このような勢力を判断し、排除していくにも、国民一人ひとりの内なる充実と武装が基本となると思うのです。

 どんなに立派な言動を行なっていても「砂上の楼閣」では何も守れません。
 「人は城、人は石垣」という有名な言葉がありますが、我々国民一人ひとりも身の内に堅固な「城と石垣」を築くことが必要不可欠な時代に、今突入している現実に身を置いているのだと考えています。

 取りとめの無い記事になってしまいましたが、
 ご来訪の皆様に「国の建替え」の意味を御検討下さる様、僭越ながら謹んでご提案申し上げます。


   (写真は幕末期の明治維新の原動力となった若き薩摩藩士たちの肖像です)


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