敬天愛人の屁理屈

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鳩山由起夫氏の人情話

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    (写真はお借りしたもの。 JR五能線)


  御来訪感謝申し上げます。

 正直申し上げて今日は記事更新をお休みしようかと思ったのですが、つい先ほど「党首討論」第2回目がライヴで放映されたのを見て、皮肉屋の性悪オヤジとしては今日もイヤミを言いたくなりました(笑)

 
2回目の党首討論という事で、昨今民主党の支持率も上がっていることなので、政権奪取目前の鳩山代表と意気消沈気味に麻生首相の対決構図の中、国民に眼を見張らせるような具体的なお話が出てくるかと期待したのですが、残念ながら、毎度おなじみの期待はずれに終わりました。

 『友愛』の精神を掲げる鳩山さんですが、どうもこの方はお涙頂戴式の「人情話」がお好きなようで、我が国の自殺者の多さ、母子家庭への生活保護打ち切りによって高校へ進学することも出来なくなった女の子の嘆きを例に出して、「社会的弱者」への政府の冷徹な対応を追求しようという論点を振りかざしての「友愛鳩山」を国民に印象付けようとしていました。

 勿論、人間社会において愛や情は大切なものであることくらいは、愛に恵まれずに50を過ぎてしまったヘボオヤジでも理解できることです。

 しかし、こうも「情」に訴える議論をこれでもかこれでもかと押し付けられると、素直に「真にお説ごもっともでございます」と聞いていられなくなるのも私の性分であります。
 鳩山氏は「総理、今日本では毎日毎日100人以上の方々が自殺で亡くなられているんですよ。総理はこの事をどうお考えですか?」とまるで自殺した人達がみな麻生首相のせいで自殺したかのような言いっぷりでした。

 自殺者が多いということも、当然知っていますが、何も日本だけの話ではなく、先進国を中心に外国でも自殺者の増加は社会問題となっています。

 現代社会は医学が高度に発展し人間の平均寿命は大幅に伸びましたが、反面、昔なら考えられなかった病気も数多く発生しているのも事実であります。

 いわゆる現代病というやつですが、これらの病気は多分に精神的な要因が多く、薬や外科的な治療で簡単に治癒するというものでもありません。

 自殺者の中にはこのような「原因不明」「完治する見込みの薄い」病を気に病んで自らの命を絶つ人々も多くなっています。
 
 病気だけでなく、青少年に多いイジメを苦にした自殺、事業失敗や借金苦での自殺、また少数ではありますが、自らの内面の深奥を突き詰めすぎて「生きることへの価値」が見出せなくなったという身勝手な理由で自殺する例もあります。

 また、先天的な精神疾患で自殺する人も結構います。

 私の周りでは、自殺する理由がどこにも見当たらないのに発作的に自殺してしまった若い女性もいました。

 さらに、国の行く末を案じて自殺した人も確実に存在します。
 不肖敬天愛人も、政治家どもがあまりに売国奴が多いお国の現状を憂いて、時々絶望感から死にたくなる事もありますが、幸か不幸か「死ぬ勇気」が無いために馬齢を重ねております。

 私は、自殺したくなる気持ちは理解できますが、自殺する気持ちは理解できない心貧しい男であります。
 政治の力や社会の力で100%自殺を防止する事などは不可能であり、同情を禁じえないケースもありますが、基本的には自殺は自己責任であり、自業自得の行為であると考えています。
 人の心の奥底まで政治が入り込む事はできないし、政治といえどもその権利はありません。
 人の心まで入りこもうとする政治は、人権も自由も認めないイデオロギーを隠れ蓑にした独裁恐怖政治であります。

 自殺の問題は国会の党首討論の場で取り上げる問題ではなく、もっと身近な地域社会が規範となって対策を進めて行くべき問題であると思います。

 母子家庭の生活保護打ち切りの問題にしても、子どもが高校へ進学する年齢になっている事を考えると、子どもに手が掛からない状況に親も働ける環境にあると判断され、生活保護費支給基準から外れてしまっただけのことであると推察できます。

 子どもの訴えを聞いて「涙が出て来ましたよ」と殊更善人ぶりを強調するケースでもないと考えますし、国政の舵取りを議論する党首討論の場であえて持ち出す話ではないと感じました。

 私は自民党の支持者では決してありませんが、党首討論を見るたびに、政権を担おうという立場にある責任政党の党首が、国のトップとの討論の場で議題とする案件として緊急に優先すべき問題が山ほどある筈であり、優先順位の判断もできないのか、それともあえてそれを避けているのか?と前回に引き続いて疑問に思うのであります。

 自由と民主主義をこよなく愛す敬天愛人は、政治が「情」や「愛」などのキーワードを武器に「心」の問題に口出しをして来ること危険性を敏感に感じ取るのでもあります。

 そこには、情や愛という羊の皮を被った狼が潜んでいることが、歴史を振り返れば明らかにされるのです。 それが政治の闇でもある、と歴史は証明しています。

 日本をどう守るのか、国民をどう守るのか、を示さずに情や愛を語る政治にきな臭さと胡散臭さを感じるのは私だけでないと存じます。

 日本郵政の西川社長と鳩山前総務相との確執も、弟を切った個人的な恨みの情を前提に話を始めたことからも分かるように、名門での御曹司代表は『法治の人ではなく情治の人である』ことは間違いないようであります。

 終わってみれば相変わらず中身の無い党首討論になったのも、情や愛では麻生首相も議論を進めようも無く、鳩山氏の「人情話」を聞かされるだけの時間に無為に費やされたことが一番の原因であると、今回の党首討論中継を視ての感想でありました。



   
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自虐史観と利権

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        (日本が誇る世界遺産 宇治平等院鳳凰堂)

  

  御来訪感謝申し上げます。

 前回の記事で、我が日本が自虐史観を徹底的に利用されて戦後湯水の如く貢がされて来たと書きました。
 
私は「自虐史観」を、日本人を思考停止状態にして都合の良い様に自由に操ろう、という企みにとってこれほど有効な便法はないと解釈して来ました。

 例えば、ある人間を意のままにコントロールしようとする場合、あるいは金を毟り取ろうとする場合など相手に弱みを持たせて、その弱みにつけ込むのが一番簡単に目的を果たすことができる方法であります。

 そしてその弱みで最も有効なものは「罪の意識」であります。
 人間は罪の意識を持たされると足枷を嵌められたように身動きが取れなくなり、罪の意識の対象先から言われたままに行動するようになります。
 それは、そのことによって「罪の意識」が軽くなるからであります。
 したがって、役務の提供を要求されれば役務を、資金の拠出を要求されれば資金を、というふうに無抵抗に従うことになります。

 相手にとっては、これほど便利で打ち出の小槌ともいうべきありがたいものはありません。
 おまけに罪の意識を背負わされた者は金も力も能力もある便宜性の高い存在であります。

 しかし、実際は「罪の意識」を植え付けられた根源である「罪」の存在は捏造したものであり、でっち上げに過ぎません。

 もし「本当は、ありもしない無実の罪」だということが露呈したら、罪を着せられた側の大変な逆襲にあうことになり、元々、彼らはすべての面で優れている訳ですから、罪をかぶせた方は凄惨な眼に遭うことになるでしょう。

 その事を最も恐れている存在にとって、冤罪であることを悟られないようにあらゆる手段を講じる事になります。 それこそ死活問題でもあるわけです。

 そのためには、まず「罪の意識」が風化しないように折りあるごとに「罪」を喧伝し、いつの間にかさらに大きな罪に歪曲をして、益々罪の意識を大きなものにしようとします。また、背負わされた側の内部の協力者(善意を装う偽善者=反体制派)を抱き込んで懐柔して、「罪」に対する疑念を一切持たないように多方面からの宣伝工作を行います。
 そして、その工作をより確実にするために内部の協力者へも利権のおすそ分けをして、共犯者に仕立てて裏切られないようにした上で、さらに関係を継続することを画策するのであります。
 彼らの最終目的は「金も力も能力もある」無実の罪人を完全支配することですから、目的を達成するまでは綿密且つ用意周到に戦術をフルに駆使して篭絡させようとします。

 それには、外部からの工作だけでなく内部からの工作の両面作戦が必須なのです。
 そこには当然ハニートラップ、マネートラップ等、仕掛けられる罠はすべて存在し、万全を期すことになる訳であります。

 さて、内部の協力者でありますが、それは政界・財界・官界・マスコミ・教育界・宗教界まで垣根はありません。
 政界をとっても、保守・愛国の立場にあるからと安心はできません。
 政治的な主義主張、イデオロギーなどの表向きの立場も「利権」の前には無力であります。
  ごく一部の真正保守政治家以外は完全に協力者と成り下がっています。

 財界は元々「利権」のみで動く哲学もない利権屋集団であります。
 官界は「お金を使うこと」を仕事とする人達であります。お金を使わなくては彼らの仕事は成り立ちません。
 官僚に「責任」や「コスト意識」は皆無でありますから、国益という概念すら持っていません。
 マスコミは、反体制の立場が自分たちの定位置と勘違いし、さらに「真正中立、公正な立場」とどんなにきれい事を言っても、情報を提供してくれるソース元やスポンサーの意向に沿わないと存在できなくなりますから、ただの「お題目」の粋を出ません。
 教育界は内部における最も大きな協力者であり、「罪の意識」を植えつけることと「自意識」を持たせないようにして都合の良い去勢された管理社会を築く先兵となっています。

 宗教界は、日本における新興宗教団体はすべて「金を目的にした」名ばかりの宗教団体であり、日本工作の手先となっている場合が多く、彼らの目的は日本を我が物にすることですから、同じ目的を持つもの同士として互いに利用しあう存在ともなっています。

 戦後、日本が行なって来たODA(開発途上国支援)の中で特に特定の国への支援が偏っていることと、1964年に成立した日韓基本条約により合意した莫大な無償援助もすべてその背景と根底にあるものは「自虐史観」であります。
 一応戦勝国となったシナは戦争賠償権を放棄しましたが、戦争の当事者でもなく相手国でもなかった韓国からの戦争賠償金の不当な請求を退ける代わりに、民間補償の名目で多額の無償支援を行ったのも「自虐史観」を逆用された結果と言っても過言ではありません。
 この資金と技術供与のお蔭で当時の朴政権が「漢江の奇跡」を演出することが出来たのも衆知の事実です。
 
 資金も技術もなく、あるのは膨大な労働力だけというシナに対する技術協力・有償無償の資金援助を日本が一身に背負わされた背景も「自虐史観」にありました。

 そして、それらすべての物心両面での援助に共通することは、「自虐史観」を利用した「利権」が存在することであります。

 勿論、利権はシナ・韓国だけでなく、他の被援助国にも存在しますが、特に共産党幹部の私腹を肥やす事に多大な貢献をしたとされるシナへの支援利権は、同じく伝統的にワイロが付きものの韓国同様に彼我の政治家やフィクサーなどの国税を食い散らかす輩の利権の温床でもあったのは、厳然たる事実として一般的に認識されています。

 つまり、不肖敬天愛人が何を申し上げたいかというと、「自虐史観」とは国防の面や国民の愛国心を薄れさすだけでなく、経済的利権といった「国よりも金」の拝金主義にも狡猾に悪用され、国民のあずかり知らないところで無駄な出費も強いられて来たのだということであります。

 常に言われる「土下座外交」は自虐史観を根としており、土下座外交=資金・技術提供であり、そこにあるものは「国益」ではなく「利権」そのものなのであります。

 国際社会、特にシナや韓国、ロシアなどの反日国家がいう「友好」とは“Give&Take”ではなく“Take&Take”なのです。

 日本が自虐史観を捨て去らない限り、Give & Take の関係を結ぶことはできないのです。

 外交問題だけでなく、政治も社会も良くするためには、利権とは一切縁の無い国民が「自虐史観から脱却」して目覚めるしかないと考えるのであります。


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( 長澤まさみの次に好きな北川景子女史。国民の自覚を眼で訴えてます^^ )  



  御来訪感謝申し上げます。

 ここ2〜3日、GMの破産申請をはじめとする国内外の経済関連の大きな出来事、北の非道な挑発とそれに対する対応する政治情勢等々を漠然としながらも考えていました。

 何を考えているか?と言われると、浅学菲才、無知蒙昧な不肖敬天愛人の事ですから、まかり間違っても高尚な考えには行き着きません(汗)

 
ただ、昭和20年(1945)に大東亜戦争が終結し、まだまだ戦争の残像が残る、そのわずか11年後の昭和31年にこの世に生を受けた者として、内外問わず自分の来し方の社会背景を振り返ってみました。

 自分自身、物心がついた、つまり人生の記憶の出発点は幼稚園に入る直前の頃からとおぼろげながら記憶しています。

 東北は福島県の内陸部南部に生まれ育った私が幼い頃記憶している事柄といえば、往来の激しい旧奥州街道の賑やかな商店街に住んでいた事もあって、国の経済成長と共にめまぐるしく様変わりしていく様子であり、頻繁に自宅の前を通るダンプカーと道路整備の工事の様子でもありました。

 当時はまだ、物乞いと呼ばれる「乞食」も沢山居て、その中には小さな赤ん坊を背負った比較的若い女性も我が家に物乞いに現れるほど、「国の復興発展と国民の貧困」が混在している時代でありました。

 また、大きな町に買い物に出かけるとデパートなどの人が集まる場所には、戦争で両足を失った傷痍軍人が自らの不自由な体を晒して道行く人の寄銭を乞うている光景もよく目にしました。

 その後、長じるにしたがって、だんだん戦争の残像を見る事も少なくなり、子供達同士で当時「3種の神器」と呼ばれたテレビ・冷蔵庫・洗濯機を互いの家で購入するたび自慢しあっているような平和な情勢にと変化して行きました。

 小学生から中学生にかけては、金持ちのステータスシンボルは所謂アメ車であり、芸能人やスポーツ界のスター達が乗る馬鹿でかい外車に無邪気に憧れたものでした。
 当時の国産車はまだまだチャチな印象で、キャデラック、ビュイック、シボレー、ポンティアックなどのGM車やリンカーン、サンダーバード、ムスタングマッハ1などのフォード車の圧倒的な存在感に彼我の差の大きさを子どもながらにも痛切に感じるほどでした。

 今回のGMの破産をはじめアメリカの自動車メーカーの惨憺たる現況は、アメ車を「富の象徴」として憧憬と畏敬の念を持って見つめて育った世代としては、残酷なまでの時代の変遷の凄まじさを感じざるを得ません。

 昭和20年を境に大日本帝国は日本国となり、第2次世界大戦の一番の悪玉として着せらた冤罪(濡れ衣)を贖罪することを義務付けられ、日本の領土であった朝鮮半島と連合国軍の手先になったシナも抗日運動を主謀したとされる人物達が権力を握って、まさに四面楚歌の状況に置かれつつ、膨大な資金を毟り取られながら戦後の復興を果たして来ました。

 そして日本にとって夢のような強大国アメリカに少しでも近づき来たいと願って、国民が一丸となってアメリカに次ぐ経済大国の地位を得るまでになりました。

 戦後の出発点は、周辺国から「復讐」を受ける立場から始まったといっても過言ではありません。

 押付けられた憲法によって不戦を誓わされ、冤罪を基にした洗脳教育による「自虐史観」を利用された様々な物心両面での援助も強制され、その援助が逆に自分たちへ向けられる刃となっている現実にも気付かず、せっせと貢いで来たことも事実であります。

 しかしながら、終戦から64年を経て今の日本を取り巻く状況は、目標としたアメリカの象徴でもあったアメリカ自動車産業が崩壊し、シナの軍拡の脅威に晒され、旧領土であった朝鮮半島北部から軍事攻撃の威嚇を受ける始末であります。

 今の世界は、経済の日本、軍事のアメリカ、つまり平和産業の日本、軍需産業のアメリカと上手く棲み分けが出来た状態で日米に支配されているということも紛れも無い事実であります。
 しかし、日本を悪くは言うが日本を良くは言わないマスコミの恣意的な意図によって、多くの日本人は自分たちの力を知らずにいます。
 日本人が目を醒ますことを極端に恐れる勢力が国内に厳然とした影響力を持っている証拠でもあります。
 それはアメリカを中心とした白人社会の国家群であり、シナであり、南北朝鮮であり、はたまたロシアでもあります。

 私はブログを始めるきっかけともなった、田母神氏の言葉を借りると「日本は決して悪い国でなかった」という真実を国民全員が認識しない限り、どんなに経済で成功を収めても亡国の道へとひた走ることにしかならない、ということも日本人が自覚しなくては明日の日本はないだろうと危機感を持っています。

 過去に記事で再三申し上げて来ましたように、日本人自身が自分の眼でもう一度歴史を見つめ直して、自ら(先人達)を否定しながら歩んで来た過去を振り返り、特に否定するものは何もなかった史実を知る事が、世界的な大転換期とされる今にあって、国の再生の最も近道であると思います。
 つまり、誇りと自信が無ければ的確に対応していけないという事です。

 逆に言えば「自虐史観」を根底に持ち続ける限り、現状存在する国難やこれから起こりうる国難を解決する方策を見出せず、今までのように「先送り」を繰り返していく中でのっぴきならない事態になるだけだと考えます。

 警察も裁判所もない国際社会においては、正義の味方は存在せず、誰も助けてはくれないのであります。

 今や、自民がどうの民主がどうのと小手先の話やイデオロギーの問題ではなく、国民が一丸となって危機に対処しなくてはならない時期が確実に訪れているのです。

 もはや、冤罪を晴らして戦後体制を終わらせ、新しい体制を始める時であると考えるのです。

 今までの価値観や常識を捨て去る勇気も必要です。
 今までの価値観や常識は歴史の中にしまいこむ時期が来たと切に感じています。

 日本人が目覚めた時、世界が大きく変ることもまた、歴史が証明している事でもあります。

 新たなJAPANデビューの時と思います。

 
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知性と恥性(痴性)

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   (ご要望にお応えして・・・記事本文との関連性はありません^^;)


  御来訪感謝申し上げます。

 ここ数日、当ブログ記事のエントリーUPをしながらずうっと考えていたことがあります。

 それは標題にもあるように「知性と恥性」についてであります。
 勿論、「恥性」という言葉は厳密には存在しません。
 音読みでは共に「ちせい」と読むことを利用して作った造語であります。
 「恥性は、イコール痴性」と解釈しても良いのではないかと思います。

 これから先は、屁理屈を語り出したら韓国人にも負けない、不肖敬天愛人の独断と偏見による屁理屈であります。
 
私が考える「知性」の定義とは、単に無尽蔵の知識を持っているとか、深い教養を身につけているとかの次元ではなく、「恥を知る」という観念を有していることだと思っています。

 どんなに知識や教養があっても、恥を知らない人間は永遠に「知性の人」にはなれないと考えております。

 ご承知のように、日本には「恥の文化」が存在し、滔々と日本人の精神に根付いて来ました。
 恥の文化がもしなかったら、日本が世界に誇る、現在まで息づく固有の文化の大半が存在していなかったといえると思います。

 私は、「恥」とは「謙虚」と密接に結びついていると考えるのであります。

 つまり、謙虚さがあって初めて「恥を知る」ことができるのではないかと思うからなのです。

 謙虚とは、大自然や目に見えない人間世界を超越した存在(神仏)に対する畏れの気持ちから生まれる姿勢であります。

 目に見えないものを信じない者や人間の力で自然すらどうにでもなると考える者には謙虚さはありません。

 人間社会はここ100年のほどの間に、それまでの長い歴史におけるゆったりとした進歩からは考えられないほど急速な進歩を見ました。

 特にコンピューターが出現してからのこの30年のあゆみは目を見張るばかりであります。
 今や人間の力で不可能なことがないのでは?と錯覚するほどでもあります。

 したがって、これだけ発達した現代社会においては、人間が謙虚さを失いつつあるのは仕方がないことなのでは、と一定の理解を示すこともできるのですが、そこに大きな落とし穴が潜んでいることも間違いのない事実なのです。

 昨今の世相を見ると、先人達のお徳を受け継いで来た我々日本人にも「恥を知らない」者が多くなって来ました。

 一番の典型例が、多くのブロガーたちに叩かれた「ピースボート」であります。
 主催者は海上自衛隊のソマリア沖海賊対策派遣に声高に反対していたにも拘わらず、いざ自分たちがソマリア沖を航行するに及んで海上自衛隊の護衛を要請して大顰蹙を買いました。
 これなどは「自らの不明」を恥じない「恥性」そのものであります。
 こういう輩(辻元清美など)は自分たちの頭で考えたお花畑の机上論ですべてを御することができるという浅はかな考えで活動を行っている無知蒙昧さを曝け出した良い例だと思います。

 要するに謙虚さが足りないか全く無いかのどちらかなのです。

 昨日記事に取り上げた「架空の人物のエコノミスト」や小沢一郎先生をはじめとする民主党の方々も同類であります。

 考えてみれば、皆さん祖国日本を否定し外国の方ばかりを向いている方々ばかりであります。
 謙虚さとは、自らの国の成り立ちや来し方を真摯に見つめ、日本人として生まれた自分のアイデンティティを再確認することによって、自分のご先祖や先人達への敬意が自然と芽生える中で生まれるものでもあります。

 しかしながら、自らのアイデンティティーを「日本の来し方を否定し、外国の価値観を無批判に受け入れて媚を売り、自分たちの利権のために国を貶める事も厭わない」ことに求める輩どもに「知性」を見出す事は、宝くじに当たるより難しいと感じます。

 知性とは、謙虚さを持って真理を追求する事によって「恥を知ること」から得られる
ものなのであります。

 外国の論理をそのままに鵜呑みにする姿勢を横の筋目と考えます。
 しかしながら、日本人は太古の昔から「縦の筋目」を最も大切なものとして来ました。
 縦の筋目とは、自分たちのご先祖、先人達への敬意でした。
 純粋な日本人に生まれた者として、縦の筋目を最優先することが信条でありますから、日本は散々悪い事をしたと外国から言われても、「果たして、ご先祖や先人達が本当にそのような事をしたのか?」と素朴な疑問を抱き、時期は様々ですが、自ら調査・確認をするのが「日本人の知性」であると思います。
 また、それが良識ある日本国民であると断定しています。

 私は自虐教育真っ盛りの中で教育を受け、日本が戦前行った所業を「悪」と教えられ、それを否定することを「進歩的・知性的」とされて育ちました。

 しかし、長じるにしたがって、自らの目で国際社会、日本社会の現状を冷静に見るようになって数々の素朴な疑問を抱くようになりました。

 それは、何故日本人は自らを否定するのか?でした。
 隣国の中国や韓国・北朝鮮の近代史を見ても決して誇れる歴史もなく、むしろ恥ずべき歴史しかないのに、時には内政干渉ともいえる無謀ともいえる圧力を日本にかけてくる彼らの「プライド」がどこから生まれて来るのか?という素朴な疑問でありました。

 日本は、今の中国を支配している中国共産党と戦争した事実も無く、ましてや、韓国・北朝鮮の朝鮮は日本の領土内でありますから、敵国ではなかった筈です。

 例えば、喧嘩をして負けた場合、喧嘩した相手から何だかんだ言われても負けた以上従わざるを得ませんが、喧嘩相手でもなかった相手から言われる筋合いは何も無いのであります。

 言いがかりも良いところであります。

 しかし、悲しいかな、そこに自らの頭で考える知性がなければ真実を知る由もなく、相手の思うがままになってしまうのであります。

 逆に言えば、中国・韓国などは「恥知らず」なのであります。
 恥知らずの戯言に屈服することは、まさに「恥の上塗り」なのですが、知性がない連中はそれすら気付くことはできません。

 マスコミや言論界、学識経験者と称する連中もそうですが、日本を否定することが「進歩的・良識的」と中韓におだてられて悦に入っている「恥性」の持ち主たちなのであります。

 反日勢力(民主党含む)・左翼・マスコミ・日教組たちには「知性」は無いのであります。




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