浄土寺は鎌倉時代はじめに建てられた寺院で境内には 本尊は、快慶作の阿弥陀三尊の 巨像が安置されています
阿弥陀如来は、像高5m30cm(須彌壇を含めると7m30cm)
両脇侍の観音菩薩、勢至菩薩は、各々3m70㎝ある。
阿弥陀三尊は東向きに立ち、晴れた日の夕刻
堂の背後の蔀戸開け放つと背後から夕日差し込み
朱赤一色に塗られた堂内と 雲座の上の三尊が浮かび上がり
来迎の風景を表すと言う劇的な光の演出効果を備えている。
その際、遠方の溜池群が西方の光を運び込む装置として
機能することまで、
作者重源は巧みに計算していたという意見もある。
又巨大な阿弥陀立像には、基礎杭打ちが施されれおり
阪神大震災にも倒壊の被害似合わなかったのです。 重源が手がけた大仏様建築で現存するものは
他に東大寺南大門と同寺開山堂のみである。
屋根の形づくる線にほとんど反りがなく直線的であることが 特色である。比較的地味な外観に比し、梁(はり)などの構造材をそのまま見せた堂内はダイナミックな構成になっている。 天井を張らず、屋根裏に空間をつくらず、 構造材をそのまま見せて装飾を兼ねていること、貫(複数の柱を貫通する水平材)を多用することなどが大仏様建築の特色である 昨年の7月10日
去年の今頃は、猛暑が続き 炎天下では、倒れそうなぐらいの
暑さでした。それに比べ 今年の激しい 雨
何度かお参りしながら 夕日の差し込む時間に
一度も行ったことがなかったので 今年は、と出かけました。
無事に帰れるかと、思われるほどの酷暑の続く暑い日、 小野は、電車で家から3時間ばかり 廃線が気遣われるほどの田舎です。
時間調整をしながら3時半頃浄土寺にたどり着きました。
お参りの人は、いつも少なくこの日も10人ばかり、
その頃から丁度光が堂内を照らし始めました。
光り輝く阿弥陀様は、この世のものと思われない荘厳さで
誰も息を飲んで この光景のなかに溶け込みました。
極楽浄土の阿弥陀様に合わせていただいてき、
思わず手を合わせたくなる光景に すべて私にお任せなさいと
阿弥陀様の懐にしばし抱かれてまいりました。 浄土寺は、兵庫県 小野市にあります。 |
日々の生活から
[ リスト | 詳細 ]
|
土曜日に電話があり 4年生になる孫が泊まリに来るという 「どこに寝るの?」 「おばあちゃんのベット」 と言ってくれる 日曜日になって 今日はどうして過ごそうかな 中山奥の院へ行こう 近頃行きたくても なかなか行けなかった山登り 自信がないけど行くことに 「○○ちゃん おばあちゃんと山登り行ってくれる」 「いいよと」 おばあちゃんが連れていくんではなくて 「○○ちゃんが連れていってくれるのやで」。 「いいでー 」 元気な返事 早速お茶と すぐ隣にある100円パン屋さんで食べ物を調達 家から歩いて 中山寺まで20分 ここから急な上り坂 最初は、登れるかな? と思うぐらいの 息切れ ゴロゴロ道を 休みながら一時間 無事に奥の院まで いける いける 本堂の前にあるこのお地蔵様には気がつかなかった 昔は、なんども来ているのに 中山寺は、安産の寺で有名だけれども このお地蔵さんに関係があるのかなあ 帰りは、道を変えて 清荒神さん の方に降りることにしました。 歩くのに精一杯の私なのに 孫は、道なき道を 飛び回っている。 「○○ちゃんまた連れていってね 」 「いいよー」 こんなことで 幸せな 婆の一日でし た。 右に宝塚市街地 左に大阪が一望 |

- >
- 生活と文化
- >
- 祝日、記念日、年中行事
- >
- クリスマス
|
宝塚市のだんじり19台のうち、11台のパレードが
JR中山寺駅周辺で開かれました。 「東日本大震災の被災地の鎮魂と復興を願う思いも込めて」 秋祭りのフィナーレを飾るもようしが。催されました。 各地区のだんじりが 一堂に集結するのは、宝塚では初めて。 あいにくの雨でしたが 11台のだんじりが 100メートルにも及ぶかと思われる 行列のさまは、 見ごたえがありました。 |
|
今日は、ふれあい コミュニティーのお手伝い
若いお母さんや 子供たちに元気をもらいました。 |
|
あじさいの花が寒くなっても濃い紅色を残しています。 |



