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花は ヒメシャガ 漢字検定講座一級合格の感想文 諸先生方の、御親切なご指導頂きまして、ありがとうございました。 出逢いとは不思議なものです。新聞紙上で、出会ったのが 漢字能力テストでした。 私は戦争未亡人なので、農と子育てに追われるばかりで、 漢字など無縁同様の長い毎日を過してきました。 そんな私ですから、少し不安も絡みましたが思い切って、 受講に踏み切りました。 高得点を望むよりも、難問を勉強して、身に着けたいと願いました。 日常生活に使っていて、おのづと身についていても、 あて字には驚いてしまうこともあり、政治面や武勇伝のみ、 既に今に時代に活用せない字には、ずい分頭をなやましました。 一級ずつ慎重に解答して、返信を待ち、不注意点を確かめてから、 次回の提出をするよう取組は真剣に、構えました。 合格は、八十点未満は,進級不可、やはり勉強不足が手伝って、 五級と四級では、一〜二点の不足で合格出来ず、補修を受けました。 ところが以外にも、十回の提出を、六ヵ月で終わり、 一級に合格の知らせを受けました。 九十点以上が大半で、中には百点満点もあったことは、 意外と言うより言葉がありません。 一級に合格出来たとは言え、テストに対してのみ一級です。 何でも読めると言うわけではありません。 これを動機にして、一層の勉強にはげみたいと、 老身に鞭打って行き度いと思っています。 漢字検定講座を、受けてよかったと思っています。 昔は、六十の手習い、と言った時代も とっくに過ぎています。八十の手習いでは、 ずい分遅まきながら、泥臭く生きてきた人生を、 洗い清める動機の一つにして行きたいと、 一人ふところに奥深く秘めているよろこびである。
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大正三年生まれの母の記録
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大正 昭和の 「かたりべ」 遺稿集
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花は 姫ウツギ 五月の観音講の当番 今日は路江さんと、行基菩薩をおまつりする 五月の、観音講の当番である。 行基菩薩とは、奈良時代 寺に入らず諸国を行脚して、 多くの難を救われた偉いお坊さんである。 この地方では有馬温泉を復興して、 人々を病の苦から助け,武庫川の水害を最小限に防いで、 村々の生活を豊かにされたと説かれている。 川除もその恩恵を受け、後の世に功徳を伝えてお祀りされてある。 移り変わる四季の美しい姿を写す、宮の池のそばのずい分草深い処に、 ひっそりとたたずまう小さなお堂が、行基菩薩を御祀りするお堂である。 姑が八二才の夏他界されて、私が跡を継いだ時六十才だった。 あれから二十年余りが過ぎ、昭和も終って、 早や平成八年を迎えるまでになってきた。 離合集散常ならず。大勢の方々と付き合ってきた。 明治、大正に生まれ、昭和天皇と共に四季を歩み、 激動の農に耐えてきた人ばかりである。 行基菩薩は、一月、五月、九月を観音講が御祀りすることに決められている。 当番は前日から、お堂の内外を掃き清め、当日は朝早くより開扉して、 豆ご飯に、七色のおかず、季節の野の幸、山の幸など盛り沢山に、お供えしたてまつる。 唯今講員十四人である。心経や、西国三十三番など外、 数々のお経を唱えて、念珠繰りが始まっていく、 一時間余りの回向する声と、鐘の音は、四方を囲む青葉の木の間にこだまして、 ありがたさ一入(ひとしお)である。 一心に回向する講員の合わす両手は、機械のなかった時代を、 耐えてきた農のきびしさが、しみついていて悲しさを誘わる。 回向の後は、お供えをお下げして、会場へ引き上げ、 残った時間の直会慰労会が又楽しい。 ささやかなお供えを頂きながらの昼食である。 離月の観音講の出逢いをよろこび、四方山話に花を咲かせて、 笑い声が絶えることがない。 みんな明るい笑い声である。 先代の老人たちも、神仏をあがめ、残った時間をくつろぎ、 誰にも気兼ねのない1日を過すのが、 目的で観音講が始まったのでは、なかろうかと、私はしきりに思えてならない、 私も当番が大儀を覚える歳である。残された命も少なくなってきた。 後何回おつきあいが出来るだろうか、フトそんなことを考えると、一抹の寂しさがよぎっていく。 皆さん大勢のお手伝いを頂き、行基菩薩を仏縁となし、 おのが身も仏道に帰依するよすがでもある。 観音講の一日が終わっていく。 私達当番二人は、同年生まれである。 当番が終わって胸なでおろしながら、 杖を頼りに帰る姿に夕日が明るい。 すがすがしい初夏のたそがれの風が、追い越していく。
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アカバナアセビ 燕の巣作り 平成八年六月 記(85歳) 私がこの家に嫁いできてから、もう六十年余りになるが、 燕の巣作りしない年はなかった. 繕いの行き届いていない、あばらやなので、 蛇が侵入してきて、雛や卵、巣立ち寸前になってから襲われた 悲しい、記憶も残っている。 燕は昔から吉兆の鳥だと言う。 春は、早くから、『ただ今』と言わんばかりに、 元気のよい声が返ってくると、思わずうれしくなる。 今年も今納屋の天井で、一組の燕が子育てに励んでいる。 一週間ほど前の朝、孵化したらしく、 小さな卵の殻を落としてきた。 巣作りのお礼のしるしだと聞いている。 燕は、律儀な鳥なのである。 里の母は、血の道の妙薬だと、毎年大事そうに拾ってきて, 古い柳行李の弁当箱に入れ戸棚の奥に、 しまっていたのを覚えている。 何ごとも、つつましく暮らしていた 昔の人の生活の知恵であろう。 ふるさとも、立派な瓦葺の家に建ち替わっている。 母もなくなってから,二十年近くなる。 蓄えていた卵の殻など、とっくに捨てられて、陰も形も失せ、 母の言い草を知る人も、黄泉におもむかれているだろう。 燕の朝は早い、少し朝寝していると、 土間は賑やかである。早く扉を開けてほしいと、 しきりに催促してくる。 初夏の陽は、落ち難く、稲麦のにおうたそがれの空を、 高く低く得意げに飛び回っている。 扉を開けて待っているのだが、待ちどほしくなってくる。 燕とタイミングを合わせるのに一苦労する始末である。 燕もだいぶ大きくなってきた。巣立つ日も近い。 今年は三羽育っているらしい。姑が生きておられた頃、『 燕は、必ず大安に発つ』と言われていた。 今年こそ発った日は、大安であるか、 確かめて見たいと思いながら、 無事に育っていく日を待っている。 |
蝶千鳥(椿) 師人(椿) 黄色椿(椿) 今日は、四海波の映像は、撮れませんでした。 四海波 平成三年三月 春まだき冷え込む庭の四海波
花の命の短さ惜しむ
山本より、四海波という椿の、苗木が届いてきた。もう四〜五年前の事である。 この辺りでは、椿を屋敷内に植えるのを嫌う習慣がある。 農家の庭は広いようだが植える場所には迷ってしまう。 弱々しかった椿の苗も、漸く根付いたらしい。 今年は暖冬も手伝って、沢山蕾を持っている。 まだ二月も末頃、下枝に花が一つ咲いていた。 もう咲く頃なのか、狂い咲きなのかと、迷っていると、間もなく次々と、咲きついで来た。 ずい分見ごたえのある花である。 今年も春のお彼岸が近づいてきた。 今は亡き夫の霊前に、花の美しさを見せようと思いついた。 一枝は既に花が開き始めているもの、もう一枝は、まだ蕾のままのものをお供えした。 『きれいに咲いて、霊を慰めておくれ』と願った私の一念が通じたらしい。 数日後美しく見事な、花の姿を見せていた。 『お父さん、四海波ってきれいな花やナア』と私は独り言をつぶやいた。 一年に一度、美しく咲き束の間に、散っていく処に魅力があるのかも知れない。 人間は、何によらず飽きやすい、動物である。 一年中咲きつづけていては、珍らしがってなどくれないだろう。 天地、神々の造詣の巧みなのには、今更のように驚いてしまう。 椿は高貴な花で、皇族、貴族が好んでいたと聞く。 賤が家に植えるのを嫌って、首から落ちるから、忌む花と言ったと書かれている。 椿の種類は何百種もあるらしい。 阪神沿線の服部緑地公園にも、沢山あると聞いているので一度足を運んで、見たいと思っている。 私は世間知らずの、方向音痴である。迷子になっては大変なので、ためらっている。
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平成八年2月二十四日 記 我が家の庭に今蝋梅が咲いている。 一月のあだみの歌会に行った時、 岩崎さんが、梅の花かと、まがうばかりに咲いた枝を、持ってこられていた。 吉川の方だから、少し南によっているから、この地より少し暖かいのだろうか、と驚いた。 蝋梅は、ふくよかな匂ひを、持っている、うつむいて咲くのが、習慣らしい。 我が家の蝋梅は、植えてからもうかれこれ七〜八年は経っている。 山本の寛さんが、子供の背丈位の苗木を持って来て下さった。 寛さんが突然亡くなられてから、五年の歳月が流れている。 早いものである。 初めての年は、五〜6個蕾を付けていた。 この辺りの冬は寒いので、傘を被せてみたり、屋根をビニールで作って見たりして、 毎年越冬に気を遣って見るが、毎年同じ程しか蕾がつかないので、終わってしまう。 去年一月十七日に、大きな被害を受けた大震災の後、娘が入院して、 交通が途絶えていた為、宝塚の駅で下車して、病院までの道のりを、徒歩でかよっていった。 全壊や半壊の町並みの中に、何ごともなかった様に、蝋梅が咲いていて、違和感を感じた。 山本辺りは、この辺りより余程暖かいので、見事な花の姿だった。 何回もそんな花の姿を見て通りながら、ふと、思いついたのが、肥料のことである。 もしかして肥料不足かもと思いつき、去年は根元に、油粕を施しておいた。 今年の蝋梅は、例年になく沢山蕾がついている。 『やっぱり肥料不足だったらしい、去年肥料を施しておいたらことしは沢山蕾をつけている』と話したら、 『木がこびてきたんだろう』と言う返事だった。 どちらにせよ、今年は、賑やかに咲いて、好いにおいを放っている。 時々木下に行って、顔を近く寄せ、匂いを楽しんでいる。
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