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2月9〜11日は港町横浜で開催されました国際フィッシングショーへ 会場となるパシフィコ横浜の周辺には近代的な建物が立ち並び、 なんともお洒落な雰囲気の中会場へと向います 深海釣りのミヤマエのブースにも たくさんの人で賑わっていたようです。 沖釣りの相談として著名な椎名様・岡本様のご協力もあり 釣り人は釘づけです 活気あふれる会場に この笑顔はピカイチ!です。 立ちっ放しの何十時間も 釣り人の喜ぶ顔には変えれませんね。 ほんと、ご苦労様でした 今年も選ばれし人達の面々でした。 戒名より 2008年2月13日 |
神奈川県
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本日は横浜の国際フィッシングーショーをお届けします 2008年2月8・9・10日に行なわれたフィッシングショーは たくさんの人出で賑わっていたようです。 開催にあたっては議員さんの麻生会長もお見えで いかに力をいれたショーかがうかがえます。 当社の釣具部門も参加しており 横浜での様子は大阪とは違いおしゃれな感じですね 並ぶ電動リールは深海釣りとして使われていますが マグロ・アコウ・キンメが釣られます。 3日間のショーの始まりですが 体力勝負の始まりですね 戒名より 2008年2月12日 |
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横須賀といえばいまでも軍港の街ですが、 この街に日本唯一の残存戦艦が残っている、 戦艦「三笠」よりお届けしています。 1905年(明治38年)5月、バルチック艦隊はウラジオストークへ向かって対馬沖を通過しようとしていたところ、その直前に日本の商船と遭遇し、その通報で日本海海戦が始まりました。 ロシア側は長途遠征の疲れと革命前夜で士気が低下しており、 射撃の練度が低くほとんど命中しなかったようですが 対する日本側は、まさに「皇国の興廃、此の一戦にあり…」と必死の気迫で士気が高く また補給基地も近く、待ち構える立場で訓練を重ねる時間的余裕があり射撃練度が高かったようです。 結果、日本側の一方的な勝利で終わりましたが この戦争を指揮した東郷元帥関係資料が館内には多数展示されています 奥の部屋の最後尾の部屋では、 艦長とか司令長官の部屋などが見られます。 2007年8月1日戒名より |
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明治38年、日露戦争時の日本海海戦で活躍した戦艦「三笠」を 引き続き紹介したいと思います。 左舷から前方を望むと 舷側からはニョキニョキと出ている物は砲身と呼ばれるもののようですが いくつも突き出ています ここから砲が発射しますが、砲の大きさは8センチ、15センチ 連続して発射されるするもののようです。 こちらのメインの大砲は前部主砲塔と後部主砲塔とあり 約400kgの重量、30センチ主砲弾が打ち放たれます。 すごいですね・・・ 最大射程距離約10kmとありますが、当時はそれ以上は必要なかったそうです。 後部主砲塔 いくつも打ち放たれた大砲の煙の中、日本の船は何を見ていたのでしょう? どうしてロシアと戦わざるを得なかったのでしょう? ふと、明治の時代を思いました。 2007年7月31日戒名より |
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神奈川県横須賀市の三笠公園より本日はお届けします。 京浜急行線・横須賀中央駅を歩いて15分のところに 日露戦争を雌雄を決した 日本海海戦で戦艦として活躍した三笠の船体がそのまま展示されている公園が見えてきます。 帝国海軍の旛艦として、当時世界最強といわれたロシア・バルチック船隊を攻撃し 日本を勝利へ導いた事を記念とし またそれを指揮した東郷指令長官の記念碑が共に残されています。 日本海海戦の大勝利は、世界史の流れを大きく変えたとも言われ この偉業を成し遂げた日本民族の誇りと自信、その栄光が今も伝えれています。 その当時を歩いてみましょうか。 2007年7月30日戒名より |






