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先日に引き続き福井県は永平寺よりお届けしています。 七堂伽藍を中心に70余棟の殿堂が立ち並ぶ中 「七堂伽藍」は、日常の修行に欠かすことの出来ない重要な建物です。 山門(さんもん)、仏殿(ぶつでん)、法堂(はっとう)、僧堂(そうどう)、 庫院(くいん)、浴室(よくしつ)、東司(とうす) の七つを挙げて七堂伽藍と呼ばれています。 その中でも法堂は約420畳あり、七堂伽藍中最大の建築物が この階段から続いているようです。 入口から感じるものは 身がひきしまり、静粛な気持ちになります。 正面奥ではひときは美しい菩薩様 本来は説法の道場のようですが、今では朝のお勤めや 各種の法要儀式が行なわれいるようです。 420畳の大きさが 人をちっぽけにしてしまうのかな? 2007年1月29日戒名より |
福井県
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本日は関西を飛び出し 福井県吉田郡永平寺町にある曹洞宗大本山の寺院「永平寺」から配信です 門をくぐると、修行の道場といった趣があります。 広大な敷地には、山門・仏殿・法堂・僧堂・大庫院・浴室・東司・な七堂伽藍など 70余棟の建物が立ち並び 三方を山で囲まれた深山は、荘厳な雰囲気がただよい、禅の修行が営まれています。 山と杉に囲まれたお寺に雪があれば・・・絵になったのですが残念。 出迎えていただいた観音様に、思わず手をあわせ 昭和5年(1930年)の建築の傘松閣(さんしょうかく)へ 随分大きな広間・・・222畳あるそうです。 厳しい作法に従って禅の修行が営まれているのでしょうね 見上げると天井にはみごとな画が描かれています。 川合玉堂、伊東深水など計144名の画家によって描かれたとありましたが あまりにも立派過ぎて・・・ため息一つ。 2007年1月26日戒名より |
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丸岡城のつづきです。 有名な「一筆啓上」の書簡碑が丸岡城にはあります。 徳川家康の功臣、本多作左衛門重次が妻に宛てて書いた書簡 「一筆啓上、火の用心、お仙(←息子:6代目城主)泣かすな、馬肥やせ」 ・・妻には?ダイエットしろとかないのでしょうか。 日本は世界一の子供甘やかし国というのは、昔からあったことなのかも。 「溺愛の息子は、腰抜けの英雄になる」(イギリスの諺)と返事でも書きましょうか。 御当地排水溝のお時間です。 職人芸が光る一品。 なんと「一筆啓上」の文字もバッチリ刻印。 この無駄に手の込んだ技、好きです。 それと福井は街灯の形が県花の水仙です。 好きです(2度言った)福井のそういうところ。 丸岡城のすぐ手前にある資料館のある公園です。 案外広くて、何と言っても美しい公園です。 今の季節数少ない、目を楽しませてくれる生花・山茶花。 雪の中咲いているのも、これまた風情があって良いです 2006年12月12日戒名より |
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小雨そぼ降る北陸・福井の丸岡城です。 柴田勝家の甥、柴田勝豊が初代の城主とされますが、この築城には悲壮な話が残っています。 築城当時、石垣を何度積もうとしても失敗するので、生き埋めの人身御供を立てることになりました。 その人身御供に隻眼の女性が名乗りでました。 彼女は「私の息子を武士にして下さるのなら」という条件を提示し、城主はそれを了承しました。 しかし彼女の犠牲を払い、無事築城されても城主はその約束を履行しませんでした。 その後城には隻眼の蛇が出るようになり、その蛇は人身御供の彼女の化身とされ恐れられ、その時になって初めて城主は彼女の息子を武士としてとり立てたということです。 ・・酷い、城主酷いよ!と子供心にショッキングな童話でした。 案外、童話は恐ろしい結末のものが多いような気がします。 私は春に花見でこの城を訪れるたび、隻眼の蛇を想像します。 彼女(?)が現代でも石垣からニュッと顔を出してくるのではないかと恐れながら、桜を仰ぎます。 2006年12月11日戒名より |
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