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義兄が死んだ その9

その後、そのエリアの夜間オヤジさんにお迎えに来ていただき、そのまま式場にある安置部屋に
運んでいただきました。

相談なんてカンタンなものです。
そのエリアのオヤジさんとは旧知の仲と言っても過言ではない、そう、私と同期の人ですから。
とりあえずお寺も頼まない、祭壇も組まない、出棺して終わりという「直葬」というヤツです。

私としても降って湧いたような不幸な話です。いくら互助会の積み立てをしていたとしてもそれで全額を
払えるのではなく、幾らかの持ち出しが必要になるからです。
しかも時期的にはこれから年末年始を迎える頃ですから世間的に言う「年越しの銭」と「正月の餅代」ってやつです。
葬儀代の支払いが葬儀を終えてからになりますから尚の事年末に近づくワケです。
ああ、寸志でしかないボーナスが消えていく・・・。
その時の私には義兄が死んだことよりも「お金が掛かるじゃねえか」ということが大きな問題でした。
情けないですけど。
ただ実際は互助会の積み立ても使っていますので、残りの請求額は14,5万円というところなんです。
それでも痛い、痛すぎるのが私のフトコロ事情です。
1に自分の命、2にお金、3番目以降に他人の命という順番でやってます。


基本的には「何もしない」という葬儀(と言えないですが)になりまして、日付的には夜の12時を
超えていましたので明日(亡くなった日の翌々日)に火葬をすることにしました。
さすがにこれまでお世話になった親戚にはお知らせはしなくてはなりませんが、伯父や叔母ですから
みなさん高齢ですし、少し離れていますので「こちらで済ませますので」と伝えたのですが
実際には出棺の当日皆さん来ていただきました。
特に近年は不義理やら迷惑やらの掛け通しの義兄と私たちなのに何と義理堅いことでしょうか。
尚更恥ずかしくなりました。


この仕事に携わってよく思うことですが、自分の身に降りかかって尚更強く人との繋がりが大事だと
思い知らされます。
叔母さんたちが何でこんな義兄に良くしてくれるのかと言いますと、叔母さんたちにとって義兄は
実家の長男なので、嫁共々昔から可愛がってくれていたのです。
嫁が嫁いでからは義兄が実家を継ぐわけですから尚の事いい年の男をつかまえて「○ちゃん」なんて
呼んで可愛がってくれていたのですが、それも仏壇があるからに他なりません。
ちゃんと自分たちの親を供養してくださいね、という意味なのに義兄はそれすらも解らずに
いや、知っていたからなのか私たちが知っている最後のほうでは叔母さんたちからも1万2万とお金を
借りて返さなかったようです。


相談の間、嫁は義兄の遺体の傍にいて何か語りかけたりしていたようですが、私の方はそんな嫁に
時々目を向けながら「そいつが全ーん部悪いんだよ!甘やかすな!」と心で年を送っていました(笑)。

義兄が死んだ その8

お給料日まであと少し、頑張らないと。


昨夜は他部署への搬送がひとつあっただけで終わりました。
今月始まってから20日くらいまでの忙しさもひと段落といったところでしょうか。
インフルエンザも流行ってますし、忙しさの疲れから体調を崩さないようにしたいところです。


続きです。

処置室の当直医の説明を終えて看護師の後についていよいよ義兄と対面です。
この日は他に夜間外来の患者さんが来ていたためにこの病院にしては珍しく霊安室に安置されていたようです。
私がこの病院にお迎えに来るのがそんなに多くないからそんな気がするだけなのかな。

霊安室に向かう途中で、義兄が運ばれてきてからずっと居た警官が「こちらです」と案内を代わり
霊安室のドアを開けました。
そこには救急や集中治療室で使われるストレッチャーに義兄であろう人物が横たわっていましたが、
ご他聞にもれずこういう場合のご遺体には頭から布団が掛けられていて何も見えない状態です。

「それでは一応身元確認ということでお顔を見ていただきたいのですが・・」と
警官の一人がストレッチャーに近づきながらそう言い
「あまり大きな傷などはないのですが、少し血が出てたりしていますので・・」
と少し気遣ってくれました。
そりゃまあ自転車といえども死ぬほどの転倒ですし、死因が顔面から落ちたとなれば多少の傷が顔に
残っているはずです。

少しでもショックを和らげようと言ってくれた警官の言葉で私はこの仕事に就いて初のお迎えについて行った
時のご遺体を思い出しました。
深夜から朝方に掛けて軽自動車の単独事故でコンクリート製のポンプ小屋に正面から激突して
朝に通りかかった人が発見したというものでしたが、この時お迎え自体初なのに警察への迎えだったのです。
ハダカでステンレスの台に乗せられたまだ20代前半で奥様もお子さんも居る故人様は
顔中にガラスの破片がついた(刺さった)ままでその刺さった箇所からの血が顔面を覆っていて
「これが葬儀屋の仕事なのか」とショックを受けたものでした。
それだけに今でもそのお顔は覚えています。

そんなヒドい感じなのかと少し心配しましたが、警官がめくった布団から出てきた顔は紛れも無く義兄でしたし、
少し血がついている程度で逆にこれで死んだのかと疑いたくなるほど穏やかと言ってもいい普通の顔でした。
まあ元々義兄は悪人顔でしたから知らない人が見たら「ひどい顔」と思うのかも知れません。

数年ぶりの対面がまさかこんな形になるとは思いもよりませんでしたし、喧嘩状態で顔も見たくないほど
嫌っていた嫁ですがさすがに顔を見るまでは信じたくなかったのでしょう。
数秒経ってから「ジジにそっくりになって・・」と普段あまり聞いた事の無いような声で言いました。
義兄の頭は私たちが見ていた数年前までと違い短髪にしていたのです。
元々顔も輪郭も似ていた上に髪形まで短くしたために奇しくも父親そっくりの風貌になっていたのです。

「間違いありません、兄の○○です」と私が身元確認をして警官に伝えながらふと嫁の顔を見ると
涙を流しているではないですか。
あれだけ人を巻き込んでまでの喧嘩をしてきて死んだので泣いてるのか、なんて甘いヤツだと思いながら
私はもう一人の警官から「いろいろ書いていただく書類がありまして・・」と言われ書類に目を通し
署名と捺印をしていました。

義兄の遺体はハダカのままでしたので看護師さんが
「それじゃこれから処置しますので葬儀屋さんに連絡してください」と言うのでそのエリアの営業所に
連絡してみると「いま1件走ってるので」と1時間半後にお迎えに来るということでした。

その後警官が少し説明をして「では我々はこの辺で、何かあったらご連絡ください」と言い残し帰っていきました。
病院の暗い待合い室でお迎えのクルマが来るまでの1時間半。私と嫁は何とも言えない疲労感と
「何をどうすればいい?」というこれからの不安とに包まれていました。
このとき時計は10時半すぎを指していました。

義兄が死んだ その7

昨夜はありがたいことにゼロ件でした。
早い時間帯には入っている争議の問い合わせなどが来たものの、朝まで何もなく他部署からの電話もなかった
最近では珍しい「平和な夜でした」。
もっとも今年に入ってずっと忙しかったので最近ようやく落ち着いてきた感じというだけの事です。

それよりその前の晩です。別部署の泊まりだったのですが、件数が半分の部署なのですがその晩は
何があったのか朝までに4件入りまして、さすがに4件目は私が行くのは無理だったのですが、散々な夜でした。
やはり一人で泊まるとこういう時はキツイです。

まあ大体こういう場合(普段0〜1,2件なのに3件も4件も入ること)はイレギュラー的なのが入ってくるんですね。
私が走ったうちの2件は80代90代の高齢者でしたが、1件はまだ50代の方の自殺でした。
電話での声からしてまだ40代か行ってても50代の妻と名乗る女性のすすり泣く声から
「自殺だな」と推測できました。

まあこれは機会があったら後日で書きます。もちろん記憶していれば、です。


さて本題。

病院入り口近くの救急処置室に安置されていると思いきや「まず先生の説明がありますのでこちらへ」という
看護師に案内され処置室の入り口前から奥の部屋へ入りました。
薄明るい部屋に入ると左手に診察用ベッドがありましたが誰もいません。
「こっちです」
看護師が促す方には扉はありませんが出入り口があり奥にまだ部屋が続いていることがわかりました。

さらに暗い奥の部屋に入るとパソコンに向かっている医師の背中が見えました。
こんな暗い部屋で何してるん?と思いましたが「ああこちらへどうぞ」と言われ先生の近くに行くと
パソコンの画面にはレントゲンの写真が映し出されていました。

「えーとですね」
先生はマウスをクリクリ動かしながら
「こちらを見てください」
とパソコン画面を写したレントゲン写真を見せてくれました。

「これがですね・・・、わかりますか?」
画面には横顔の頭部のレントゲン画像が映し出されていますが、もちろん映っているのは骨ですから
これが義兄なのか誰なのかはその時点の私たちには判りません。
見せられている私たちは「はあ・・・」と言う感じで横顔のレントゲン写真を数秒眺めていると
「・・これ・・首のところなんですが・・」
マウスでポインタを動かし、首の骨のところに止めるました。
「こことここが、まあ首の骨の1番目と2番目ですか、第一頚椎第二頚椎と呼ばれてるところです」
そう言われて良く見ると
「ん!?」
ポインタで指されてさすがにこの写真の異常が判りましたが驚きました。
いわゆる第一頚椎と第二頚椎がそれこそ骨ひとつ分見事に前後にズレているのです。
「自転車で転倒された際、頭から落ちて首の骨がこんな風にずれたのでまあ多分即死だったのではと・・」

冷静に語る先生はもう少し説明しましょうかとパソコンの画面を切り替え別の患者さんの画像を見せて
「これがまあお兄さんのじゃなく普通の人の首の骨なんですね」
そうそう、確かに首の骨がタテに並んでいます。よく見るヤツです。
普通なら滑らかな曲線で繋がっている椎骨ですがそれが一番上と2番目がひとつ分ズレたのですから
そりゃ死ぬでしょう。
「前のめりに転倒された際に顔が上がった形になってこうなったのではないかと思います」

警察の手短かな説明でも土手から降りる下り坂で転倒して顔を打ったようだ」と言われていましたので
死に至った原因は納得はいきましたが、それでもこの時点では「何故」という疑問が頭にありました。

その後さらに先生はCTの画像も見せてくれ、義兄の首の骨がこんな風に折れて(ズレて)いますと
説明してくれました。

ほぼ即死

「あ、しまった!」と思った直後に意識が無くなるとともに生から死に変わったのでしょうか。
多分心臓はその後も少しは動いていたと思いますが、近くに通り掛かった発見者が警察と救急
に連絡して下さり、救急が駆けつけたときにはすでに心肺停止状態だったということです。
いつもこのブログで書いていたと思いますが、何らかのアクシデントで亡くなられた方を
救急隊員の方が一旦病院に運んでくださるのは葬儀屋の私としては非常にありがたいのです。

義兄の場合は道端で倒れていてすでに息が無くその場での心肺蘇生しても還らないのに
病院に運んでくれました。
これはその後駆けつけた警察が関係するクルマなども無さそうということで不審死ではなく
単独の事故による死と判断されたので最寄の検査が出来る病院に運んだということなのでしょう。
これが少し違う対応ですと警察に運ばれて身内が身元確認、その後に大学病院など検死解剖が
できるところに運んで死因を調べたのちに身元引受人に引き渡すという流れになっていたはずです。
まあ何より死んで数日経っているとかではなくて、通りかかって発見してくれた方や警察・救急の方が
「今死んだばかり」ということが判ったからが大きいのでしょう。
ともあれ病院に運んでいただければ看護師の死後処置と着替えを着せてくれますので遺族も
ショックがその分少なくなりますし、葬儀屋としてもその分ラク(お客様への気遣いなど)なので
とても有難いのです。

CTの画像は身体を上から輪切りにした画像なので、素人がみてもあまり分かり易くはありませんでした。
義兄の場合は最初に見た横からのレントゲン画像が一番分かりやすくキャッチーでしたし
何より「即死」という言葉がその時は頭でグルグルしていました。
まあ51歳で人生を終えたと考えると、ねえ。

「まあ、そんなところですね。残念ですが」
「はい、ありがとうございました」
「それじゃこちらの方に来ていただきますか」
割と淡々とした先生の説明を終えいよいよ義兄が安置されている場所に向かいます。

来世のために

昨夜と一昨晩は連休でしたが、丁度良く(?)、軽くですが風邪をひいてしまいまして家でおとなしくしてました。
どうも最近風邪ひきさんやインフルが増えているようですので皆様もお気をつけて下さい。

先月12月はエラく暇だったのですが、年が明けて一転いきなり忙しくなり月初めの一週間10日までが
長く感じられました。
もちろん私だけが忙しいワケではなく、部署全体が忙しく中でも事務さんの仕事量が大変な状況でした。
幸いにしてこの2.3日は静かになってきたようですが、件数はすでに目標の半分近くにまで来ています。
このままの数字でいくと大変なことになりますが(上の人は喜びますが)、なかなか上手くしたもので
必ず「範囲内」に収まってくるモノなのです。
1ヶ月単位で件数が多い月少ない月があっても2ヶ月あるいは3か月長ければ半年、1年で見れば
数字は変わりません。
今は「多死社会」と言われてますからむしろ少しずつでも数字は増えてきているはずです。
仮にこれで数字を減らしているとすればそれは外的要因というより内的要因があるのでしょう。

日勤の人たちに比べて私たち夜勤のオヤジーズは人数が少ないために代わりがいませんので皆それぞれ
体調管理はもちろんのこと、多少の体調不良では休めません。
こう言うと「そんなの誰だって一緒だよ、何エラそうに言ってんだ」と突っ込まれそうですが、もちろんそんなことは
先刻承知です。一人休んだってもう一人いますから昔みたいに一人泊まりと考えれば何も問題はありません。
そうです、休めるのですが休みません。それは皆一緒です。
で日勤の人は休む。私たち夜勤のオヤジーズは休まない休めないと言ってるだけです。結果そうだからです。

このブログでは私の仕事での日々のグチもかなり書いてきました。これからもそれは変わりません(笑)。
ただ人間、年を重ねたり状況や環境や体調の変化などで考え方も変化します。
「前に言ってたことと違うじゃないか」なんて言ったって誰だって同じ、大人になって変わったり
状況や環境の変化でも考え方は変わってきて当然なんです。
本や新聞、そしてこういうブログやSNSなどは文字として残ってしまうのでともすると過去のものだろうが
持ち出されて「ほら、こう言ってるじゃないか」なんて突っ込まれて謝罪に追い込まれるなんて事も
しばしば目にしますが、日本人であれば大半の方は「そんなの大目に見ろよ」と思うはずです。
なので私も考え方の変化があるかも知れませんが、大目に見てやって下されば幸いです(笑)。

で、最近思うことなんですが、自分の器量が無いことは思い切り棚に上げておきますが、
やはりこの仕事はストレスがかかります。
私の場合はこの仕事に就いてから半年くらいから今までにかかったことのない皮膚病にかかり
10年以上経って、最近ようやく治ってきました。
もちろん原因がストレスだけではありません。ストレスは原因の一つなのでしょう。

何を言いたいのか、もちろんグチです(笑)。

私の持論ですが、私がこの仕事をしているのは何かの罰ゲームなのです(笑)。

お客様に気を使うのは当然なのですが、何せ過ぎる程に気を使う。
そして坊主にも気を使う。もちろん全員とは言わないが坊主なんて何が「聖職者」だよ、と思うくらい
「人間らしい」人が多い。そういう人に深々とアタマを下げるのは何あろうお客様のためです。
私の葬儀の価値観というか心がけていることは「お客様に恥をかかせない」ことです。
お客様は葬儀に疎い方がほとんどですし、中には少しは知っている親戚の方がいらっしゃっても
住んでいる地域が違うためにやり方が異なっていたりして中々一筋縄でいかないことも多いです。
お客様も葬儀屋の言ってることと親戚の方の言うことのどちらが本当なのか迷ってしまい
それが葬儀屋への不満に繋がってしまったりします。
お礼状や返礼品を用意する数が足りなかった場合でもお客様が悪いのではなく葬儀屋がプロとして
アドバイスが足りなかったためなのです。
1件1件のお客様は皆違いますが、何年も同じ仕事をしていればそれなりに経験値から言えることが
あるわけですが「気を使う」が履き違われて「遠慮してアドバイスしない」になってしまうと
結果「お客様に恥をかかせてしまう」ことに繋がってしますのです。

気を使うのは社内でもです。
せめて社内では気を使わなくてもと思いますが、日本人は皆さん自分の会社で気を使う、使わなければ
ならない人が多数いると思います。
もちろん私だけが気を使っているワケではなく上司も含めてみんなそれぞれに気を使っているのです。
だから私だけが罰ゲームなんて言うのではないですが、私の「罰ゲーム」の所以は前世です。
私は多分前世で何か悪いことをしたのです(笑)。きっとそうなんです。

まあもっとも何にも気を使わずに生きてる人は多分一般的に「自己中心な人」と言われる人でしょう。

で、前世で何かやらかしたから今世で禊ぎというか、罪滅ぼしでこの仕事に縁があったと。
それで頑張れば来世で普通に幸せな人生を送れるのではないかと思うワケなんです(笑)。

ま、結局いくら頑張ろうが給料も上がらないし契約社員のままですから退職金も出ない。
年金だって満額もらえないでしょうから今世では死ぬまで頑張らないといけない。
頑張れば来世はいい事あるぞって思ってやるしかないという境地に至ったということです(笑)。

いや、でもそう考えるとお客様はもちろん坊主に対しても誰に対しても以前より優しくなれてる様に感じます。
あながち間違いではないと思うのです。

今の私の原動力は「来世のために」 これで生きてます(笑)。 ご飯3杯ってヤツです。

義兄が死んだ その6

まさに夜更けすぎから雨が雪に変わり、朝にはうっすら積もった昨夜はほとんど寝れていません。
夜間中2件入ったのですが、真ん中あたりの時間ですから朝方に1,2時間寝れたかなという感じです。
こうなると家に帰ってしっかり睡眠をとるべきなのですが、やはり家ではなかなか寝れずウダウダして
時間が過ぎていくパターンです。
これはもうこの会社に入ってからのお決まりなので仕方ないですが、心臓に負担が掛かっているのが
よくわかります。あーやだやだ。


さてさて
警察の方と義兄の亡骸が待つ病院に到着したのが午後10時でした。
義兄が亡くなったとされる6時ころから4時間が経過しています。

隣エリアですがいつもお迎えに来ている病院ですから勝手知ったるですが、さすがに神妙に玄関から入ると
夜間の守衛の方が「何か御用ですか」と聞いてきました。
「救急で亡くなった者の家族です」と伝えると
「それは大変でした」と看護師を呼びに行ってくれました。
看護師さんを待っている間にもう一人の守衛さんが「すみません」と病院で入院の際に書く用紙を持ってきて
「いやまあ、今は大変ですから後でもいいんですけど、これ書いてもらいたいんです」と言ってきました。
後でと言ってもいつの時点がその「後で」に該当するかも今の時点ではわかりませんので
「じゃ今書きます」と用紙をもらって記入しました。

書いている途中で警察の方が2人でこちらにやってきました。
お二人とも30前後のまだ若く見える警官で一人は耳に立派ないわゆる「柔道ダコ」があり若干小柄ながらも
侮れなさをかもしながらもお二人とも実に丁寧で腰の低い応対で「このたびは大変でした」と挨拶がてら
名刺を渡してくれました。
警察官から名刺をもらうのもほとんど経験がありませんので少し驚きました。

「電話では少し伺ったのですが・・」と私が切り出すと
「ええ、今日の6時頃に○○川の○○あたりの土手道から下る細い道のところで自転車で転倒されて、
そこにちょうど低いブロックがありまして、どうやらそこにぶつかった様なんです」

名刺を渡した警官の丁寧に説明してくれる態度は充分に伝わるのですが、私の方は電話で聞いたときから
どうやったら自転車でコケて死ぬのかと言うところが疑問でしたがこの警官の話は電話の内容の範囲を
超えてはいませんでした。

「まああの、看護師さんの方が終わりましたらまたこちらの方にお願いします」と言って警官は
奥の廊下に歩いていきましたので、途中だった用紙の記入をし始めると救急の治療室の方から
看護師さんがやってきました。
「○○さんのご家族の方ですか?」
「はい」
「じゃこちらの方に来ていただきますか」
と言われ看護師の歩く後ろについて救急処置室の方に向かって歩き出しました。

救急のある病院にはテレビなどがよく言う「心肺停止状態」の患者さんも運ばれて来ますし、
残念ながら救急処置中に亡くなる方もいます。
亡くなられた方がすぐに病院の霊安室に運ばれるのかと言うと意外とそうではなく、
治療室に隣接された部屋に仮安置され死後処置などを受けたりそこで身内の方が医師の説明を
受けたりします。
この病院にもその部屋があるのは知っていますので私はてっきりその部屋に義兄がいるのだと思って
半ば知ったかぶりで救急処置室のある右側の方に行こうとすると
看護師さんが「あ、こっちですよ」と処置室に入ろうとする私を止めました。

「まず先生の説明がありますので、この奥になります」
看護師が歩く奥に明かりの点いている部屋があり、その部屋のさらに置くの部屋に私と嫁は通されました。


すんません、今日はここまでで寝ます。。
何か今日は誤字が多そうですが、お許しを。

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