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「ことあげせず」と読みます。 神道の信仰は言葉で説くものではない。という意味です。 これは神道の伝統的な考え方の一つと言える。 んじゃ、何で言挙げしてこなかったのか? それにはいくつかの要因がある。 一つ目として、言霊信仰が挙げられる。 万葉集に柿本人麻呂が、 葦原の 瑞穂の国(日本のこと)は 神ながら 言挙げせぬ国と詠ったように、日本には古来言霊信仰があり、ことさらに言挙げすることが忌み嫌われてきた。 二つ目として、神道には創唱者がいないということ。 世界的な宗教には必ず教典・教義があり、創唱者がいる。 キリスト教には新約聖書があり、イエスを救世主(メシア)と信じる宗教である。 仏教には各種の経典(法華経とかね)があり、ゴータマ・シッダルタ(釈迦)の教えを真理と信じ、悟りを開くことを目的とした宗教である。 イスラム教にはコーランがあり、マホメット(ムハンマド)が聞いた天使ガブリエルの言葉を神(アッラー)から発せられた言葉であると信じる宗教である。 いずれも創唱者の言葉から出発した宗教であるため、どのような宗教かわかりやすい。 もちろんこれらの宗教も長い歴史を持ち、多くの宗派に分かれているので、一概には言えないが、神道に比べるとイメージが捉えやすいことは確かである。 これに対し、神道は創唱者がいない。 古来日本人は、万物に霊威を感じ、五穀豊穣を祈り、感謝し、先祖を敬っていた。 これは誰が始めたわけではなく、自然発生的に興ったものであった。 そこに仏教が伝来し、これと区別するために、日本固有の信仰を神道と呼ぶことにしたわけである。 國學院大學の安蘇谷学長は「神道とはなにか」の中で神道とは生活習慣であると書いている。 生活(衣食住)の中で、ごく自然に、神様を恐れ、神様に感謝してきたわけである。 創唱者がいるわけではなく、生活の中で伝わってきたのが神道と言える。 このような生活習慣はわざわざ言葉にするものではない。 これを言葉にしようとすると非常に難しい。 三つ目としては、神道を研究する学者が少なかったということ。 神道は生活習慣であるわけなので、それをわざわざ研究し、言葉で説明しようという人は稀であった。 神道の長い歴史の中で、これを言葉で説明しようという神道思想家の出現は鎌倉時代からである。 その後もごく限られた思想家しか、神道の言葉化に取り組んでいない。 四つ目としては、国家神道への批判に対する過敏反応がある。 日本国憲法第20条第3項には 「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教活動もしてはならない」と規定されている。 文字通り解釈すると、公立学校における宗教教育は禁止されているような印象を受けてしまう。 教育基本法第九条では 「宗教に関する寛容の態度及び宗教の社会生活における地位は、教育上これを尊重しなければならない。国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならない」としている。 前半部分については、寛容の態度や宗教が生活上に果たす役割を尊重すべしと述べていて、宗教教育を禁止しているわけではない。 また後半部分についても、「特定の宗教」のためにする宗教教育を禁止しているわけで、その他の宗教教育を否定しているわけではない。 それにも関わらず宗教教育はされてこなかった。 これはGHQに対する配慮もあっただろうが、 日本人による国家神道の間違った解釈によるものだろう。 国家神道があったため戦争になったというのが一般的な日本人の解釈だろう。 さらに国家神道と神社神道は同じものだと思っているでしょ? ぜんぜん別物です。 明治政府が近代国家建築のために創設したのが、国家神道であり、 君主制を固めるために必要であったのである。 しかし、国家神道と神社神道は混同されてきた。 細かい説明は今回の本題とは違うので省略(すんません)。 えーっと、何の話だっけ? そんなこんなで腫れ物には触りたくないので、宗教教育はなされてこなかった。 今後もされることはないだろう。 こんな状況下では当然神道は「言挙げ」できなかった。 これらの理由により、神道は「言挙げ」してこなかった。 しかし、それでよいのか? 今までは確かに、「言挙げ」する必要がなかったり、「言挙げ」しようにもできないような状況であった。 逆に坊さんたちは説法っていうのかな?わかんないけど、 講話をして、おばちゃん達の心を掴んでいる。 それがいいとは思わないが、 日本の精神が失われ、伝統・文化の継承も危ぶまれている現代社会では(言わなきゃわかんないヤツが多すぎる!!)、 神道もこれからは、日本人が日本人らしく生きていくため、 「言挙げ」していかなくては、ならない。 オレは神職として「言挙げ」ていくつもりです!
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家庭でも学校でも教えてくれないこと、誰かが声を大きくして言わなくてはなりませんね。応援してます!!私もがんばろっと♪
2006/12/19(火) 午後 9:13
そうですよねぇ♪ご祈願の後、お直会の時とか、ちょっとした時にちょっとずつでも、言挙げていきたいです!
2006/12/19(火) 午後 10:53
ちと簡単にコメントできん(≧▼≦)もう一回来るわ♪朝は忙しい(*≧∇≦)
2006/12/21(木) 午前 8:36
お忙しいのにコメありがとです!後でゆっくり読んでください♪
2006/12/21(木) 午後 0:12
こんばんは、神社庁主催の研修会で「言挙げしていくべき」と主張して長老さんたちに説教されたホンダです(^^;)めげずに「言挙げ」しまくります(^^ゞ
2006/12/22(金) 午前 0:21
あはは(^0^)/さすがホンダさん!!言挙げしていかなければ、神社は滅びますよね。お互い頑張りましょう☆
2006/12/22(金) 午前 8:26