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いのちの大切さ

2月8日9日と1泊2日で、新潟県神社庁主催の教化研修会というのに参加してきました。

内容は…
1日目  秩父神社宮司・埼玉県神社庁長、薗田稔先生のご講演。
2日目  「平成の御師になるために」と題し、分科会に分かれ、神宮大麻頒布について意見発表。

特に、勉強になったのは「神宮と神道の生命観」と題された薗田先生のご講演でした。

要点をまとめると、

昨今の日本社会では、「いのち」というものが「モノ」化している。

例として、薗田先生のお子さんが5歳の頃、生きているカニがだんだん動かなくなったのを見て、
「電池換えなきゃね。」
と言ったそうです。

「モノ」化とは機械化というような意味で、物質として捉えている。
これは、現代社会の物質文化の繁栄と、精神文化の荒廃によるものである。
(↑簡単に言うとですよ。薗田先生は文化の国際化と文明のグローバル化から学術的にご説明されていました。)

それに対して神道の生命観(というか日本人古来の生命観)は、「いのち」は精神的な存在で、スピリチュアルなものとして捉えている。
「モノ」としてではなく、「こと」として捉えている。

「生きモノ」として捉えるということは非常に客観的である。
客観的だからこそ、「モノ」として親子でも簡単に殺しあってしまう。

逆に「生きること」として捉えてみると、主観的になる。
また「生きること」は「死ぬこと」であり、「殺すこと」とも言える。
「殺すこと」によって人間は生きている。
多くの「いのち」の上に我々人間は立っている。

このように捉えていくと、「いのち」というものが、自分一人のものではないということに気付かされる。
また、他人の「いのち」や生きている(動植物等々)全ての「いのち」もまた、大切にしなければならないことに気付く。

ある保育園児が「ホントに神社に神様はいるの?」と聞き、「いるなら見せて!」と言った。
宮司「それに答える前に、逆にみんなに質問!心を持ってる人??」
園児「はぁ〜い!!!!」
宮司「んじゃ、その心を見せて。」
園児「ムリぃ〜!!!!」
宮司「大切なものは見えるモノばかりとは限りません。逆に見えないからこそ尊いと言えます。神様も同じです。」

物質文化が繁栄しすぎ、見えるモノしか信じられないという物質至上主義とも言える現代社会で、逆に見えないものを尊ぶ神道が「いのち」の尊さを訴えていかなければならない。

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