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神道界ではあまりにも有名な言葉なんですが、一般的にはあまり知られてないかな。 と思うので、紹介します。 「禁秘抄(きんぴしょう)」は順徳天皇の撰による宮中の有職故実(ゆうそくこじつ)書です。 有職故実とは、古来からの先例に基づき、官職・儀式・装束などを研究すること。 過去の先例に関する知識を有識といい、その実例を故実という。 およそ禁中(きんちゅう)の作法は、神事を先にし他事を後にす。 旦暮(たんぼ)敬神の叡慮(えいりょ)、懈怠(けたい)なし。あからさまにも神宮ならびに内侍所(ないしどころ)の方を以て御跡となしたまはず というのが、この条の全文です。 すべて宮中の作法は神事を第一とし、その他のことは神事の後にします。 天皇は朝も夕も常に敬神のお心を保っておられ、少しも怠ることはありません。 特に神宮および内侍所に対しては、決してその方向に足を向けるようなことはなさらない。 という意味です。 神宮というのはもちろん伊勢の神宮のこと。 また内侍所というのは賢所(かしこどころ)ともいい、三種の神器の一つである八咫鏡(やたのかがみ)がお祀りされている所で、宮中三殿の中央に位置している。 八咫鏡ははじめ皇居内にお祀りされていたが、崇神天皇の御代、神威を畏んで大和の笠縫村(かさぬいのむら)の別殿にお移しし、その後垂仁天皇の御代に伊勢の五十鈴川の川上の地にお鎮めしたのが伊勢の神宮(内宮)です。 このとき宮中には、写しの鏡が造られて賢所に祀られているのです。 天照皇大神は瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を日本の国に降臨させるのにあたって、 八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)・八咫鏡・天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ:草薙剣)の三種の神器をお授けになり、寳鏡奉斎の神勅(または同床共殿の神勅)を発せられた。 寳鏡奉斎の神勅って、なぁに? 八咫鏡を 吾(あ)が兒(みこ)、此の寶鏡(たからのかがみ)を視まさむこと、 當(まさ)に吾(あれ)を視るがごとくすべし。 與(とも)に床(みゆか)を同じくし、殿(みあらか)を共(ひとつ)にして、 齋鏡(いはひのかがみ)と為(な)す可(べ)しとの神勅のことです。 んで、結局どーゆー意味なん?? この鏡をみることは私を見るように、私の御魂と思い、同じ宮殿に奉斎し、常に私の前にいるようにお仕えしなさい。といった意味だ。 三種の神器については、 鏡は明照・正直・智、 剣は剛利・知恵・勇、 玉は柔和・慈悲・仁などの徳を表わしていると言われている。 神器はただ宝物として意味があるというより、こうした徳を象激し、 それを御歴代の天皇が具現されてきた伝統があるからこそ尊いと言える。 そんな尊い御鏡が祀られている神宮や賢所に、足を向けるなんてできるわけないですよね。 順徳天皇の示された敬神の御態度を模範として、 およそ我が家の作法は、神事を先にし他事を後にすることとしよう。 自分本位のこの時代に、そんな神職の姿を見て、誰か一人でも何かを感じてくれることを期待して…。
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