神主として生きる

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神主として、感じてることなんか書いちゃおうかな。
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神明奉仕

お久しぶりです。
久しぶりにいろんな方のブログを見させて頂きました。

その中で若宮さんのブログに感動したので、紹介したいと思います。

若宮さんは現在大学で神職になるため、勉学に励み、神明奉仕の精神を養っていらっしゃいます。
そんな若宮さんの記事→ http://blogs.yahoo.co.jp/wakamiya23/21392581.html

その神明奉仕に対する態度や姿勢が真摯で、神職として日々奉仕しているオレも反省させられるほどです。

そして、大学時代に大宰府天満宮で実習した時の、ある神職さんの言葉を思い出しました。

この方は毎日、朝拝の時に

「慣れませんように!」

と、ご神前で誓うそうです。

ん??
何に??

ご奉仕にです。

毎日毎日、神職という職業をしていると、どうしてもサラリーマンと同じように、単なる「仕事」になってしまいがちです。

でも、本来神職はそんなもんじゃない。
ただひたすらに神明にご奉仕するのが神職である。

慣れて「仕事」をするのではなく、ご奉仕するんだ!
という意味で「慣れませんように!」と誓う。

神職の鑑というか、オレの目指す神職像をそこに見た気がしました。

そして、今回の若宮さんの記事はそんな気持ちを改めて確認させてくれました。
ありがとうございます。

今後もその気持ちを忘れずに、お互い「慣れず」に神明奉仕に努めていきましょう!

一人じゃない

土日は父と一緒に神葬祭をご奉仕して参りました。

土曜日に通夜祭。
日曜日に火葬祭、本葬祭、墓前祭、帰家祭、五十日祭。

それぞれにそれぞれの祝詞を作成し、奏上します。
本葬祭の祝詞では、故人の事績を祝詞に詠み込みます。
例えば、
「いついつ生まれて、何人の子どもをもうけ、農業に従事し、世のため人のために奉仕し・・」みたいな感じで。

決まりきった文句ではなく、その人その人に合わせた祝詞を作文します。

それぞれの事績は、その人の人生の歩みであり、家の歴史でもあります。

直会の時に、
「故人は家の守り神として、今後もこの家と家族を見守り続けるでしょう。」
と、父が挨拶しました。
(オヤジたまにはイイこと言うねぇ。)


私達は親から産まれ、親はそのまた親から産まれ…。
そうやって血が受け継がれ、ここに存在する。
そして、今後も連綿と続いていくことでしょう。

自分は一人じゃない。
改めて、そう感じました。

いのちの大切さ

2月8日9日と1泊2日で、新潟県神社庁主催の教化研修会というのに参加してきました。

内容は…
1日目  秩父神社宮司・埼玉県神社庁長、薗田稔先生のご講演。
2日目  「平成の御師になるために」と題し、分科会に分かれ、神宮大麻頒布について意見発表。

特に、勉強になったのは「神宮と神道の生命観」と題された薗田先生のご講演でした。

要点をまとめると、

昨今の日本社会では、「いのち」というものが「モノ」化している。

例として、薗田先生のお子さんが5歳の頃、生きているカニがだんだん動かなくなったのを見て、
「電池換えなきゃね。」
と言ったそうです。

「モノ」化とは機械化というような意味で、物質として捉えている。
これは、現代社会の物質文化の繁栄と、精神文化の荒廃によるものである。
(↑簡単に言うとですよ。薗田先生は文化の国際化と文明のグローバル化から学術的にご説明されていました。)

それに対して神道の生命観(というか日本人古来の生命観)は、「いのち」は精神的な存在で、スピリチュアルなものとして捉えている。
「モノ」としてではなく、「こと」として捉えている。

「生きモノ」として捉えるということは非常に客観的である。
客観的だからこそ、「モノ」として親子でも簡単に殺しあってしまう。

逆に「生きること」として捉えてみると、主観的になる。
また「生きること」は「死ぬこと」であり、「殺すこと」とも言える。
「殺すこと」によって人間は生きている。
多くの「いのち」の上に我々人間は立っている。

このように捉えていくと、「いのち」というものが、自分一人のものではないということに気付かされる。
また、他人の「いのち」や生きている(動植物等々)全ての「いのち」もまた、大切にしなければならないことに気付く。

ある保育園児が「ホントに神社に神様はいるの?」と聞き、「いるなら見せて!」と言った。
宮司「それに答える前に、逆にみんなに質問!心を持ってる人??」
園児「はぁ〜い!!!!」
宮司「んじゃ、その心を見せて。」
園児「ムリぃ〜!!!!」
宮司「大切なものは見えるモノばかりとは限りません。逆に見えないからこそ尊いと言えます。神様も同じです。」

物質文化が繁栄しすぎ、見えるモノしか信じられないという物質至上主義とも言える現代社会で、逆に見えないものを尊ぶ神道が「いのち」の尊さを訴えていかなければならない。

初卯祭

昨日は初卯(はつう)祭をご奉仕させていただきました。

初卯祭は3月初卯の日が八幡様の誕生日であることを記念したお祭りなのですが、
現在は日をずらして3月初めての日曜日に奉祭させていただいてます。

初卯祭の後に、氏子会の総会に出席させていただきました。
終了後には当然直会。


現在、田舎の神社では例祭日の変更が結構あります。
日曜日や祝日にずらして祭りに多くの方が参加できるように、という理由らしいです。

まぁ、わからなくもありませんが…

やはり物事には由来があり、由緒があってこそ、その日が祭りなのであって、
人間様の都合で動かしていいものではないと思います。

と、言いながらも我がお宮では、変更を余儀なくされました。

また、秋の例祭日は9月15日(敬老の日)だったのですが、
ハッピーマンデーとかいう、ぜんぜんハッピーじゃないもののせいで、
これまた15日に近い日曜日に変更になってしまいました。

私達神職の力不足と私達ではどうにもできない次元の問題とで、
由緒ある例祭日が変更になってしまうという悲しい現実です。
先祖調べの話をしようと思ったら、神社の由来になっちゃったけど、
まぁ、いいやぁ。

今、我が家の先祖調べをしている。
そこでオレを形成するのに、どれだけの人が関わっているのか想像し、
気が遠くなった。

オレの親は父母で2人。
そのまた親は祖父母で4人。
そのまた親は曽祖父母で8人。
そのまた親は高祖父母で16人。
………。

ね?
気が遠くなるでしょ?

このままずっと倍にしていくと、
10代前で、1,024人。
20代前で、1,048,576人。
30代前で、1,073,741,824人
40代前で…、

オレの持ってる電卓では計算しきれなかった(汗)

オレは56代目だから、何人の血を引き継いでるんだろ。

人類皆兄弟とはよく言ったもんで、やっぱりどっかでみんな繋がってるんだよね。

んで、我が家のご先祖さまは系図によると、
なんとぉ!!!

中臣鎌足♪

だそうです。

大化の改新で活躍し、その後の藤原氏の繁栄の基礎を作った方です。

もともとは中臣氏で、功績により藤原の姓を賜ったわけだが、
中臣氏は元来祭祀を司る家系で、鎌足の弟国子の流れが代々伊勢の祭主を務めるなど、
祭祀・神祇に関わりの強い氏族であった。

んで、初代から12代目までは大和国榛原というところに住んでいた。
12代目さんは筑前国筥崎宮に詣で、その御分霊を奉じ越後国に至り、
その夢枕に八幡大神が立たれた。
「この地が気に入ったので、ここにお祀りすれば、住民と行き交う船を守護しよう」

んで、12代目から現在に至るまで、代々この神社をお守りしてきたわけです。

なんか途中から違う話になっちゃったみたいだけど、
まぁ、我が家は神社と一心同体だってことだね。

皆さんもご先祖様調べてみるとおもしろいですよ。
歴史上の人物の子孫かも!

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