台子・書院ナトハ、大方道陳ニ聞カレシナリ、 小座敷ノコトトモハ、専、宗易ノクミタテ、紹鴎相談ノ子細ナル由、語被申シ也 「台子の扱いや書院の茶などのことは大体道陳に聞いたものだ。 小座敷のことなどはほとんど私の創造で、紹鴎と細かに相談したものだ。」と利休はお話になった。 利休の茶の伝統は二つの系統の総合であるといえます。 ひとつは 村田珠光―松本宗陳・宗悟―武野紹鴎―利休 もうひとつは 能阿弥―空海―北向道陳―利休 前者は「わび茶」・後者は「書院台子の茶」です。 空海とは弘法大師ではなく、堺の世捨て人みたいな人だったようです。
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宗恵の『南方録』
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>能阿弥―空海―北向道陳―利休、、、という流れが「書院台子の茶」を生んだということ、知りませんでした。その後に遠州などが出てきたわけで元のお勉強が足りないことが恥ずかしいです(汗)。日々、形のお稽古にとらわれていますが歴史的な背景にも目を向けないといけないですね。
2006/3/1(水) 午前 1:02
歴史的な背景をもっとお勉強したいと思っています。まずは『南方録』です。
2006/3/1(水) 午前 10:00
南方録って20年ぐらい前に読んだけど、解説がないと全くわからなかった。微かな記憶?もない。私も読み直してみようと思います。さて本を探す事から、どうしたかなあ???宗恵さんのお陰で意欲的な50代になりそうで嬉しい事です。それにしても今後すること一杯 書道、歴史・・・延々とありそうで〜〜〜す。
2006/3/1(水) 午後 1:05
やりたいことがたくさんあるって、素敵なことですよねぇ。「素敵な50代」目指してお互い切磋琢磨しておおいに楽しみましょう!!!
2006/3/1(水) 午後 1:30
あ’見つかりました。南方録1986.5.27に読んでいた。お醤油みたいなものがこぼれています〜〜〜。また明日から会社で読みますね。
2006/3/1(水) 午後 1:38
わたしも『南方録を読む』は1984年2月1日の日付けが書いてありました。今だから少しは理解できるようになったのかしらん…。
2006/3/1(水) 午後 1:45