客・亭主、互ノ心モチ、イカヤウニ得心シテシカルベキヤ問、 易ノ云、イカニモ互ノ心ニカナフガヨシ、シカレトモカナイタガルハアシシ、 得道ノ客・亭主ナレバ、ヲノヅカラコヽロヨキモノ也、 未レンノ人互ニ心ニカナハウトノミスレバ、一方、道ニチガヘバトモトモニアヤマチスル也、 サレバコソ、カナフハヨシ、カナイタガルハアシヽ、 ―覚書―より 「客と亭主のお互いの心の持ちようはどのように心得ておくべきでしょうか」と聞いた。 宗易が言われるには「いかにもお互いの心に叶うのが良い。しかし、だからといって かなうように迎合するのは悪い。茶の湯の道を十分に修得した客と亭主ならば 自然と気持ちよいものである。未熟の人が互いに相手の心に叶おうとばかりすれば、 一方が茶の湯の道からはずれると、一緒に誤った方向に行ってしまう。 それだからこそ、自然と心に叶うのはよいが、意識して叶おうとするのはよくない。」 村田珠光が『心の文』のなかで「此道、第一わろき事は、心のがまんがしやう(我慢・我執)也」
としながら「又は、がまんなくてもならぬ道也」と言っています。 また片桐石州は「茶湯のさびたるはよし、さばしたるはあしき事」と言っています。 いずれもこの利休の言葉と同じ意味ではないでしょうか。 |
宗恵の『南方録』
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最近、お茶に対する意識が違う人と一緒にいるとどんどん流れが違ってしまう。流れを変えたいと思っても・・・ままならず。でもどの方向に流れたらいいかもわからないのが事実です・・・道が見えない。
2006/3/10(金) 午前 2:08
わたしも今模索中です。でもなんとなく道が見えてきたような気がするんです。まずは来年、師範会に入ることに決めました…。
2006/3/10(金) 午後 2:32
師範会ですか?・・・卒業し入学ですね。私も宗恵さんから勇気、元気を頂きました。お互いに頑張りましょうね。
2006/3/11(土) 午前 1:46
今年一年、今までよりもう一歩踏み込んで茶道と向き合っていきたいと思います。これもあやめさまのおかげです!
2006/3/12(日) 午後 10:46