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『虚堂録』巻九に見える「坐一走一」を出典とする句です。 「一」は「万法一に帰す」という場合の一、絶対なる真理をあらわし 「七」は日常的なさまざまな雑事を指し 「唯一絶対の真理に腰を落ち着けていながら、 その一方では俗世間の中での諸事に臨機応変、無碍自在に対応する」 という意味を表すそうです。 坐禅に励み、禅語録などで禅者の言行を学び、真理を追究し それが具体的に実生活に生かされなければ、 修行をする意味はない、ということでしょうか。 何事も自己満足に終わることなく、何かしら世のため人のためになるように務めること できそうで、できませんね…。
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宗恵の『一日一禅』
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確かに、禅を学び、それを実生活の智慧として行かないといけませんね。難しいことですが。日々是精進です。
2006/12/18(月) 午前 0:14
onebridgeさま、なんとなく「禅」というと浮世離れした世界のように思われますが、この句にであって実はホッとした次第です。
2006/12/18(月) 午後 2:21