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安倍晴明(921〜1005)の生誕については正確にはわかりません。
父 安倍益材(ますき)は大膳大夫(内裏における調理や食料の管理などを司る長官)であり
陰陽道とは関係ない人物でした。
少し前の「晴明さま」ブームでは、安倍晴明は若くてステキな青年陰陽師でしたが
果たしてその実像は・・・。
彼は40歳でようやく天文生(陰陽寮の天文道学生・定員10名)の
修学年限を終え、天文得業生の地位にあり、47歳で陰陽師になりました。
陰陽師は従七位上相当官で序列は極めて低く、雅な貴族どころか
貧乏長屋暮らしの食い詰め役人といったところでしょうか。
その後52歳で天文博士になりました。天文博士は陰陽頭を介さず直接摂関に異変を
知らせることができます。そして66歳で蔵人所陰陽師となり天皇のそば近くに控え
天皇家の外戚となって政治を欲しいままににしていた藤原兼家・道隆・道長に
大変気に入られました。
そして81歳で従四位下まで登りつめたのです。
安倍晴明にとって 66歳からなくなる85歳までが活躍期間でした。
美青年 安倍晴明は後に作り上げられた「伝説」なのですね。
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伝説はロマンティックでなければいけませんものね。
2005/8/23(火) 午後 3:35 [ tob**d200* ]
こんにちわ安倍晴明って、活躍したときはおじいちゃんだったんですね・・・。そしてけっこう長生きしてますね。はじめて知りました。
2005/8/23(火) 午後 3:45 [ - ]
Ponさま、結構「晴明さま」にはまってたので、この事実を知ってショックでした…。でもそれはそれで物語として楽しいですよね。
2005/8/23(火) 午後 9:38
さくさくさま、たぶん事実を知っている方ってあまりいらっしゃらないかも。でも当時としてはホント長生きですよね。これも何かの術かも。
2005/8/23(火) 午後 9:40
私も『清明さま』って麗しの美青年ってイメージでした。いづれにせよ、1000年も前のお話…いろいろ残されている文献をつなげて、思いをはせるのはステキなことですよね。
2005/8/24(水) 午前 7:17
安倍姓は各地方の本家だけが名のれる姓だと聞いたことがあります。分家、新家した場合は、安部、阿部、などに苗字を変えたようですね。
2005/8/24(水) 午前 8:05
Tokoさま、晴明が亡くなるとすぐに「晴明伝説」は広まったそうです。今でもこれだけ人気があるのですから、当時はどんなだったのでしょうね!
2005/8/24(水) 午後 10:09
66さま、ナルホドですね。高校の同級生に安倍さんがいて、そういえばそんな事言っていましたね。新発田って「阿部さん」スゴーク多いです。
2005/8/24(水) 午後 10:17