|
匡化(きょうけ)大師の名で知られる蔵嶼(ぞうしょ)禅師は 最高の悟りの境地について問われた時 「秋来たらば黄葉落ち 春至らば便ち花開く」 と答えたそうです。 秋になり葉っぱが黄色になり、はらはらと散っている情景です。 わたしたちの煩悩や妄想も正しい行いと精進によって はらはらときれいさっぱり消えてしまう、ということらしいですが…。 葉っぱが落ちた後に、ただ裸んぼの木がだけが残っている なんてことにならないように、幹をしっかりと作っておかなくてはね! 今朝もいじめを苦に自殺したお子さんのニュースが流れていました。 いじめの話を聞くたびに、心が痛みます。 これは実際にいじめを受けた人にしかわからないと思うのです。 わたし自身も小学生の時、いじめを受けてとても辛かった。 長男・次男ともやはり辛い思いをしました。 どうか、人をからかうのはやめてくださいね。 |
宗恵の『一日一禅』
[ リスト | 詳細 ]
毎日1つ禅語をご紹介いたします。
|
六根とは身体の六つの感覚器官 眼根・耳根(にこん)・鼻根・舌根・身根・意根を指します。 これらは感覚の入り口であると同時に執着の根源でもあります。 ですから常に清浄に保たなければならないのです。 美しいものは繰り返し見たい・良い音楽はまた聴きたい 良い香りにずっと包まれたい・美味しいものは何度でも食べたい 素敵な方と手をつなぎたい・楽しい思いはいつまでも味わいたい という欲望は次第に心を汚し、六根に塵が積もるので その感覚が麻痺し、正しい認識ができなくなってしまうそうです。 そうならないように常に六根の働きを制するようにと この句は教えているのですが…。 わたしなんて塵が積もりに積もっているかも…。 このような気持ちは、自分自身を向上させるのに、必要だと思うのですが…。 度が過ぎるといけない、ということを戒めているのでしょうか?
|
|
冷たくなった秋の風に赤や黄色に色づいた葉っぱがひらひらと舞っている様子ですね。 散っていくはかなさと、 必ず秋には色づきそして落葉するという、普遍の摂理をあらわしているのでしょうか。 この句を見て、素晴らしい紅葉の景色が思い浮かび はらはらと散る葉っぱの美しい躍動感が伝わってきます。 ここ数年「紅葉狩り」に行っていないので、行きたいと思います。 今週末はまだ早いかな…。 こちらも覗いてみてください。 |
|
秋の朝、庭の葉っぱにまるで宝石のように露が丸く光っている、 という光景でしょうか。 古い歌に 白露の己が姿をそのままに 紅葉に置けば紅の玉 というのがあるそうです。 紅葉の上に置けばルビーになり 青葉の上に置けばサファイアになる、というように 露は無我になり、あらゆる立場に身を置くことのできる 理想的な禅修行者の象徴とされます。 理想的な禅修行者にはなれないけれど 相手の立場にたって物事を考えることはできますね。 今日は26回目の結婚記念日です。 わたしは相手の色に染まる、というような女ではありませんが 夫のことは尊敬しております。
|
|
真っ黒い漆を入れた桶は、中に何が入っているのか見当がつきません。 悟りの光が見えずに迷妄の中にいる衆生の心の状態にたとえられます。 その桶の底を打ち破る、というこの言葉は 修行の成果が現れて、明るい悟りの世界に達することを表しています。 その真っ黒い桶の底も見えない、桶の縁でウロチョロしているのが…わたしです。
|


