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これは昨日の「賓主互換」とはまた違った意味の句です。 主客の区別がはっきりしている、ということですね。 席中では身分の差はなく、みな平等であるけれども 亭主は亭主として、客は客としての役割があります。 これを「賓主歴然の茶」と言うそうです。 今「友達親子」という言葉があって、親子仲良く姉妹のように付き合っているのが カッコイイみたいに言われていますが わたしはそれはやはり、親は親として振舞わなければいけないのでは と感じています。こんなこと言うと非難の嵐かな…。 もっともわたしには娘がいないので、半分ひがみもあるかも…。
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宗恵の『一日一禅』
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「賓主」とは賓客と亭主のことです。 亭主と客が自由自在に入れ替わることで、「無賓主の茶」と呼ばれるそうです。 亭主が客となり、客が亭主となる。 お互い気心の知れた間柄であるからこそできる茶会ですね。 緊張感が漂う中にも、楽しそうです。 |
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『普灯録』の中の 「風吹けども動ぜず天辺の月 雪圧せども摧(くだ)け難し澗底(かんてい)の松」 から採られています。 どんなに風が吹き荒れても、空高くかかる月は微動だにせず 山奥の谷間にある松は雪に圧迫されてもびくともしない という意味で、煩悩や妄想に覆われることはあっても その本質が汚されることは決してない尊い仏性の比喩とされるそうです。 強い信念を持って生きることが大切なのでしょうか。 わたしはいまだ、あっちふらふら こっちふらふら ああでもない こうでもないと迷ってばかりです…。
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『論語』第6雍也(ようや)篇に、知者と仁者とを対比した記述があります。 子曰く、知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ。 知者は動き、仁者は静かなり。 知者は楽しみ、仁者は寿し。 知者は時の流れに自分を合わせて生きていくけれど 仁者はまわりの状況によって心を動揺させないので 長生きができる、と孔子は述べています。 ストレスがないから、長生きできるのでしょうか。 どのような状況にあっても動じない、確固たる信念を持っているということですね。 そういえば、頑固じいさんは長生きですよね…。 |
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昨日(社)茶道裏千家淡交会新潟支部55周年記念淡交茶会が 新潟市民芸術文化会館において盛大に開催されました。 青年部席のお床に掛けられた坐忘斎御家元の色紙がこの句です。 徳を積めば必ず良いことがありますよ という意味でしょうか。そのようにご説明いたしました。 大変、青年部にふさわしい句ですね、というお言葉を支部長よりいただきました。 青年部員として淡交茶会に関わるのはこれが最後でした (来年は地区大会が新潟で開催される為、淡交茶会はありません)。 反省点は多々ございますが、この句のように こらからも少しづつ青年部に恩返しをしながら、 来年一年、青年部で活動していきたいと思います。
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