露地二水打つ事、大凡に心得べからず、茶の湯の肝要、たヾこの三炭・三露あり、 能ヽ功者ならでハ、会ごとに思ふやうに成りがたき也、 大概をいはヾ、客露地入の前一度、中立の前一度、会すミて客たヽるヽ時分一度、都合三度也、 朝、昼、夜、三度の水、すべて意味ふかき事と心得べし、後の水を立水といふ、 宗及などハ、立水心得がたし、何ぞや客をいねといふやうにあしらふ、 これいかヾと申されよし、 【現代語訳】露地に水をうつことをいい加減に心得てはいけない。茶の湯の肝心な事はもっぱら この三炭三露ということにある。よほどの達人でなくては茶会のたびに思い通りにできにくいものである。大体のことをいえば、客が路地入りする前に一度、中立の前に一度、会がすんで客が座を立つ頃に一度、あわせて三度である。朝会、昼会、夜会、それぞれ三度の水はすべて意味深いことと心得なさい。最後の水を立水という。津田宗及などは、立水というのは納得できない、何か客に帰れというように振る舞うことになるので、これはどんなものだろうと言っておられた、と聞いている。 ※三炭とは炉中の下火・初炭・後炭をさします。
三露とは客が路地入りする前に一度、中立の前に一度、会がすんで客が座を立つ頃に一度 露地にまく打ち水のことです。 |
宗恵の『南方録』
[ リスト | 詳細 ]
『南方録を読む』熊倉功夫著 1983年 淡交社刊をテキストに自分なりに勉強した覚書のような書庫です。
全1ページ
[1]
客・亭主、互ノ心モチ、イカヤウニ得心シテシカルベキヤ問、 易ノ云、イカニモ互ノ心ニカナフガヨシ、シカレトモカナイタガルハアシシ、 得道ノ客・亭主ナレバ、ヲノヅカラコヽロヨキモノ也、 未レンノ人互ニ心ニカナハウトノミスレバ、一方、道ニチガヘバトモトモニアヤマチスル也、 サレバコソ、カナフハヨシ、カナイタガルハアシヽ、 ―覚書―より 「客と亭主のお互いの心の持ちようはどのように心得ておくべきでしょうか」と聞いた。 宗易が言われるには「いかにもお互いの心に叶うのが良い。しかし、だからといって かなうように迎合するのは悪い。茶の湯の道を十分に修得した客と亭主ならば 自然と気持ちよいものである。未熟の人が互いに相手の心に叶おうとばかりすれば、 一方が茶の湯の道からはずれると、一緒に誤った方向に行ってしまう。 それだからこそ、自然と心に叶うのはよいが、意識して叶おうとするのはよくない。」 村田珠光が『心の文』のなかで「此道、第一わろき事は、心のがまんがしやう(我慢・我執)也」
としながら「又は、がまんなくてもならぬ道也」と言っています。 また片桐石州は「茶湯のさびたるはよし、さばしたるはあしき事」と言っています。 いずれもこの利休の言葉と同じ意味ではないでしょうか。 |
台子・書院ナトハ、大方道陳ニ聞カレシナリ、 小座敷ノコトトモハ、専、宗易ノクミタテ、紹鴎相談ノ子細ナル由、語被申シ也 「台子の扱いや書院の茶などのことは大体道陳に聞いたものだ。 小座敷のことなどはほとんど私の創造で、紹鴎と細かに相談したものだ。」と利休はお話になった。 利休の茶の伝統は二つの系統の総合であるといえます。 ひとつは 村田珠光―松本宗陳・宗悟―武野紹鴎―利休 もうひとつは 能阿弥―空海―北向道陳―利休 前者は「わび茶」・後者は「書院台子の茶」です。 空海とは弘法大師ではなく、堺の世捨て人みたいな人だったようです。
|
露地にて亭主の初の所作に水を運び、客も初の所作に手水をつかふ、 これが露地・草庵の大本(たいほん)也、 此露地に問ひ問ハるヽ人、たがひに世塵のけがれをすヽぐ為の手水鉢也 「露地では亭主が最初にすることとして水を運び、客も最初にすることとして手水を使う。 これが露地・わびの草庵の一番大切なところである。 この露地を訪ね、またそれを迎える人が、お互いに俗世のけがれをすすぐための手水鉢である。」 『南方録』「覚書」より 茶室に入る前に手を洗うのは衛生の上で必要なことです。 しかし手水を使うのは単なる衛生のためでなく、心身を清める儀礼なのです。 日本人にとって「清める」は衛生的というより精神の清らかを意味しています。 侘び茶の基本は「手水鉢にあり」ですかね。
|
小座敷の茶の湯は、第一仏法を以って修業得道する事也、 家居の結構、食事の珍味を楽とするは俗世の事也 「小座敷の茶の湯は第一に仏教のおしえをもって修行し悟りをひらくものです。 建物の立派さや食事の珍味を茶の湯の楽しみだと思うのは俗世間のことです。」 『南方録』より 今年は『南方録』の勉強も少しづつできたら、と思います。 『南方録』 南坊宗啓という禅僧が、利休の茶の湯について書いたものです。 気が向いたらおいおい書いていきたいと思います。
|
全1ページ
[1]





