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これからこれです。 |
覚書
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茶道以外の思いつくことをつらつらと・・・
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これからある會に参加します。 |
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実家まで約5分で着きます。 |
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これから実家に向かいます。 |
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雪割草がチューリップに次いで新潟県の花になりました。画像は我が家にある雪割草。みなそれぞれビミョウに違います。 昨日・今日と暖かな良いお天気。新潟でも桜が開花しました。この時季になると頭に浮かんでくるのがこの歌。 『万葉集巻一』 天皇、蒲生野に遊猟する時に、額田王の作る歌 あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る [20] 額田王 皇太子の答ふる御歌 紫の にほへる妹を 憎くあらば 人妻ゆゑに 我恋ひめやも [21] 大海人皇子 「蒲生野」は椎親父さまがお住まいの近江八幡市一帯の平野を指しています。わたしの両親は近江の出身です。そのせいか、北陸道で実家に向かうとき、滋賀県に入ると何故かホッといたします。 『私の万葉集一』(講談社現代新書)で大岡信氏は 「…何しろ額田王と大海人皇子は、後の大友皇子の妃十市皇女までなした夫婦の間柄、しかも現在の額田王は大海人の兄天智天皇の後宮に召されている女性なのですから、後世の読者がそこに三角関係を思い、二人の秘められた情熱の持続の告白を読みとろうとしたのもよくわかります。 しかし、客観的に見てそのような見方はどうも成り立ちそうにありません。嫌味なことを言えば、額田王は当時すでに成人に達している十市皇女を生んだ人ですから、三十代後半ないし四十歳前後だったでしょう。しかも彼女は公的立場で行動することの多い女性でした。その人が、若かりし日の恋の情熱の持続に心を焦がしていたとは想像しにくいのです。」 と書いていますが、先日も申しましたように、これはあくまで男性の視点ですよね。 さて、これからちょっと忙しくなります。しばらく更新はお休みいたします。たぶん・・・週末には復活できるかな?では!
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