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あるHPにありました! 仏教の世界は仏部・蓮華部・金剛部の3部でなりたっていると言われています。その3部にあやかって、三つの部が揃うと目出度いと言うことから炉開きの「三べ」が出たと考えられています。 なんですって。 他にもいろいろな説があるそうです。 皆さまがお聞きになったことを教えてくださいませ。
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茶道一般
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茶道に関わる思いついたことなどをお伝えします。
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〇〇さんの奥さん、△△ちゃんのお母さん、××家のお嫁さん・・・ではなく「宗恵」として認めてもらえる世界・・・それが茶道の世界。 茶道をずっと続けている一番の理由はそれかもしれない。 わたし個人を表現できる場所。 茶道があるから精神の均衡が保たれているのかな・・・とふと思った。 科目は 〇茶通箱付花月(さつうばこつきかげつ) 〇貴人清次濃茶付花月(きにんきよつぐこいちゃつきかげつ) 〇結び帛紗付花月(むすぶふくさつきかげつ) 人数も増えて、大変お勉強になりました。 美味しいお菓子もいただきました。 着せ綿 美豆伎庵製 月世界 月世界本舗製 10月は地区大会そして ばら園呈茶 がありますのでいろいろ忙しく 次回は11月23日になりました。 余談ですが・・・
長男が部長を務める自動車部が参戦した「学生フォーミュラ2007」 結果は・・・昨年順位を大幅に上回り 4気筒エンジン、13インチホイールのマシンとして 世界最軽量200kgのマシン達成!となりました。 がんばったね♪ |
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今日は午前中、来週行う花月の勉強会の会場を下見に行き |
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昨日は、前日本考古学協会会長A先生の奥さまからお茶会のご案内をいただきルンルン気分で出かけていきました。 場所はA先生が館長をなさっているみなとぴあ(新潟市歴史博物館)にある旧第四銀行住吉町支店2階の和室。 途中、こんなものが・・・ 奥さまは裏千家の同門ですが、以前茶の湯で有名な美術館の学芸員をなさっていらっしゃいました。数寄者のお茶会とはこのようなお茶会のことをいうのだなぁ・・・と実感いたしました。 新潟に縁のあるお道具・・・それらがひとつの物語を作っていく・・・。 素敵なひと時をありがとうございました。 「みなとぴあ」は朱鷺メッセの信濃川対岸にあります。 現在『西暦647年にいがたー渟足柵(ぬたりのき)の謎にせまるー』の企画展を開催中。 旧新潟税関庁舎。 1869(明治2)年に、関税業務を行う役所「新潟運上所」として建築されました。その後、税関と名を改め、1966(昭和41)年までの約1世紀の間、その役目を務めました。1969(昭和44)年に建物が国の重要文化財に、敷地が史跡に指定されました。 五港開港当時の税関庁舎としては現存する唯一のもので、日本建築の技術を用い、洋風を真似て表現しようとした「擬洋風建築」の建物だそうです。 |
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わたしが住んでいる新発田市は江戸時代溝口家10万石の城下町。初代は秀吉によって加賀・大聖寺から移されて以来、徳川幕府に仕えてきた。 4代藩主・重雄(しげかつ)は石洲流怡渓派(いけいは)の祖・怡渓宗悦(大徳寺第254世住持、江戸東海寺高源院開山)に茶の湯を学び「殿様宗匠」の基を築いた。 藩には「茶道職」が置かれ、代々茶道職についていたのが田宮家である。数年前に亡くなったお父さまは「朝日歌壇」の常連投稿者であった。 今から20年くらい前、お茶のお稽古仲間のある社長夫人から 「田宮さんが財産を整理するので、古くからある茶室も売りに出すんだけど、宗恵さん買わない?」 とお話があった。 その時は茶室なんてとんでもない、買えるわけがない、と思い即お断りした。 今思うと・・・惜しい気が・・・少しする・・・。 が、土地もないし第一先立つものもないしね・・・。 今はどこかの地に移築されているのかな。それとも・・・。 その時に「田宮家文書」とでも呼ぶべき茶の湯に関する膨大な資料が、新発田の図書館に寄贈された・・・と聞いたので知り合いの司書の方にお聞きしたら・・・どこにあるかわからない・・・そうだ。実見してみたいものである。
いつか世に紹介したいと思ってはいる。やりたいことがいっぱいあって困っちゃうなぁ・・・。 |






