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暁は数奇屋のうちも行燈に 夜会などには短ケイを置け 茶の湯で使用する照明具は、行燈(あんどん)・短ケイ(たんけい/敬の下に木と書いてケイ) 手燭などがあります。 行燈は火のともる周囲を枠で囲み、それに紙が貼ってあり、中に火をともすので「間接照明」 短ケイは燈火をそのまま見せます。 ですから行燈は「陰」 短ケイは「陽」の燈火になります。 「数奇屋」とは茶室のことです。 「暁」は「暁の茶事」のことで、夜の明けきらぬ午前4時ぐらいのご案内です。 茶事が進行するうちに、夜が明けあたりが明るくなり「陽」になるので 燈火は反対の「陰」の行燈を使います。 夜会とは「夜咄の茶事」のことで、まだ暮れて間もない頃から始まって 夜にかかります。陽から陰に移るので、燈火は「陽」の短ケイを使うわけです。 今は電燈を使うので夜でも明るいですが、たまには行燈や短ケイも風情があるものですね。 魑魅魍魎(ちみもうりょう)って本当にいるんだなぁ、と感じるかも・・・。
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利休道歌
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利休の教えを簡単に覚えやすく歌に詠んだものです。
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名物の茶碗出たる茶の湯には 少し心得かはるとぞ知れ 茶会で、亭主から拝見に出された道具を、大切に扱うことは客の心得ですが 特に名物(古来有名な茶人によって優秀な茶器と選定されたもの)や 由緒ある茶碗ですすめられた時は、客としてその扱い方は、常の茶碗とは違います。 もちろん亭主のほうでも、扱い方は変わります。 たとえば「台天目」や、「茶碗荘(かざり)」がそうです。 客はこのようなお点前でいただく時、茶碗を直接畳の上には置きません。 古袱紗の上にのせて扱い、茶碗のとりおろしも片手でなく、両手で扱います。 拝見するときは両手で取り上げ、両肘を両膝につけて低い位置で拝見します。 もっと丁寧にする場合は、両肘を畳につけます。 茶碗を自分の体のほうに引きつけるのではなく 抱えるようにして、肘をつけてぐっと向うで拝見する、という感じです。
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羽箒は風炉は右羽よ炉の時は 左羽をば使ふとぞしる 炭手前に用いる羽箒は、風炉には右羽を、炉では左羽を使いなさい、ということです。 右羽は羽箒を手にとって、向かって右の羽が広いもの 左羽は左が広いもののことです。 陰陽五行の教えによりますと、風炉は陽ですから、右羽の陰を用い 炉は陰ですから、左羽の陽を用いると解釈されます。 しかし、一概にこうとは限りません。 羽箒は火箸を置く方を狭くします。 従って、逆勝手のときは反対になります。 ですから、羽箒に「炉用」「風炉用」はありません。 「右羽」「左羽」と申します。
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茶を振るは手先をふると思ふなよ 肱よりふれよそれが秘事なり わたしはお茶を点てるのが下手です。 この道歌のように、肘からふっているのですが・・・なかなか難しいです・・・。 手先だけでふるから、細かい泡がでない、というのですが・・・。 裏千家の場合、薄茶はとってもクリーミィーに泡立てます。 表千家や石州流は泡立てません(ソッチニスレバ ヨカッタカナ・・・)。 お濃茶を練る時も同じです。やはり肘から動かして、練りましょう。 大寄せの茶会でお水屋で点てる時も、このお茶を飲まれるお客さまのことを思って 心を込めて点てましょうね。
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柄杓にて白湯と水とを汲むときは 汲むと思はじ持つと思はじ この歌は前の歌と同じような主旨です。 お釜のお湯や水指の水を「汲む」と思い、柄杓を「持つ」と思うから そちらの方に気をとられて、肘の方がお留守になってしまいます。 腕と柄杓が「一体」になった気持ちで扱うようにすれば 自然と動作も決まるのではないでしょうか(わがつくさま、ありがとう!)。 また、茶杓を拭く時でも肘をつけたままでは「いじけて」見えます。 柄杓を構える時、袱紗を捌く時もそうですが「大きな木を抱える気持ちで」と 業躰の町田先生に教えていただきました。 両肘を両脇から離すだけで、見た目が大きく感じられます。
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