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釜一つあれば茶の湯はなるものを 数の道具をもつは愚な 釜一つあれば茶の湯が楽しめる、という意味ではないようです。 もちろん茶入・茶杓・茶碗・水指・・・ お茶を点てるのに必要な道具は一通り揃えておかなければなりません。 しかし、余分な道具は必要ないし、それを無理して求めることもありません。 茶は道具で点てるのではありません。心で点てるのです、ということを 教えている歌です。 実はこの歌、阿部宗正先生の『利休道歌に学ぶ』には載っていないのですよね…。 でもわたしは好きなのでこれにしました。 替わりに何が載っているのか調べていません…。
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利休道歌
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利休の教えを簡単に覚えやすく歌に詠んだものです。
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茶はさびて心はあつくもてなせよ 道具はいつも有合せにせよ 茶の湯は「質素にせよ」「華美でなく、贅沢にならないようにせよ」 これが「茶はさびて」である。 「心はあつくもてなせよ」は、招いた客に、なにはなくても心に満足を与えるように 不快な感じを起きしめさないように、誠心からもてなしをすれば 道具は無理をして買い求めた、高価なものや珍器でなくとも 有り合せ、すなわち身分相応の道具でよい、というのである。 これは鵬雲斎大宗匠の叔父さまの井口海仙宗匠のお言葉そのままを載せさせていただきました。 去年、お道具組みで苦労してだいぶ落ち込んだことがあります。 このお言葉に励まされ、また精進しようと心に決めた、大変思い入れのある道歌です。
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水と湯と茶巾茶筅に箸楊枝 柄杓と心あたらしきよし 人をお招きし茶会を催す時、 水指の水・釜の湯・茶巾・茶筅・懐石の箸・菜箸・塵穴の箸・黒文字・点前柄杓・つくばいの柄杓など 新しいものを使います。 これがお客さまに対するご馳走になるわけです。 利休さんがある茶人から「茶事に用いる道具を求めて欲しい」と依頼された時 新しい茶巾を買って送り「これさえあれば茶事はできる」と教えたそうです。 「心あたらしき」とは、いつも初対面のような慇懃さが必要、ということでしょう。 昨日あった人でも、今日初めて会った人のような気持ちでもてなす…。 これも「一期一会」ですね。 立派なお道具がなくても、この歌の気持ちでお客さまをお招きすることなら わたしでもできるかな。
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茶を点てば茶筅に心よくつけて 茶碗の底へ強くあたるな お茶を点てる時、よく注意して、茶筅の穂が茶碗の底へ強くあたらないようにしなさい という大変わかりやすい歌です。 学校の体験教室で子供達に実際に茶筅をふってもらいます。 どうせ傷むから安いお茶筅でいいや、と思い用意したら 安いだけあって、すぐに坊主になりました…。 やはり安物買いの銭失いですね!高い?お茶筅は長持ちします。 遺跡から出土する茶碗には茶筅で擦った跡がよく残っています。 そんなに柔らかい胎土でないのに、よくこんなに跡がつくものだなぁ、と不思議に思っていました。 先日、遺跡から出土した茶筅を実見し、納得しました。 茶筅の穂が太いのです!2〜3ミリはあるでしょうか。 これでは跡がつくわけです。 改めて茶筅師の技に脱帽です。
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習ひをばちりあくたぞ思へかし 書物は反古腰張にせよ お点前を習ってそれを一生懸命筆記する。 書いたものを見ているうちは、覚えたことになりませんよね。 いつまでも書いたものに頼っていては身につかない、という教えです。 書いたものを反古にするくらいお稽古に励みなさい、ということでしょう。 腰張(こしばり)とは茶室内の土壁の下の部分に紙を張る事です。 衣服と壁の両方を保護するのが、本来の目的ですが、意匠上の効果もあります。 阿部宗正先生は、一度目のお点前は良く見ておいて頭に入れる。 二度目の時は、自分が教えるつもりになって先々と読んでいく。とおっしゃいます。 同じ日に、同じお点前を二度させていただけたらなぁ、と思うのはわたしだけ?
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