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風炉の時菜籠にかね火箸 ぬり香合に白檀をたけ これは前の歌の風炉バージョンです。 菜籠(さいろう)とは籠製の炭斗です。 昔、菜を摘み入れる籠を、炭斗に利用したことから炭斗のことをこのように呼びます。 炭斗としては菜籠の方が古く、前出の瓢は後に好まれました。 足利時代までの茶の湯は風炉のみで、炉は紹鴎時代にできたのです。 風炉も元は中国から渡来したもので、炭道具の火箸もそれに付属して渡来した金属製。 そこで風炉の炭手前には、菜籠の炭斗・金属製の火箸という約束ができました。 香合も、初めは中国渡来で漆器製のものが多く、 香も伽羅・沈香・白檀(きゃら・じんこう・びゃくだん)などの香木でした。 一説には、炉に使う陶磁器製の香合は、小堀遠州が初めて使用したといわれています。
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利休道歌
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利休の教えを簡単に覚えやすく歌に詠んだものです。
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炉のうちは炭斗瓢柄の火箸 陶器香合ねり香としれ お茶をなさっている方なら、今更って思うでしょう。 利休以前から、炭斗(すみとり/炭手前のとき炭や火箸をなどを入れて持ち出す器)として 用いられていた瓢(ふくべ)は干瓢にする瓢ですが これを毎年口切(くちきり/11月初め頃、茶壷の封を切ること)のときに新しく切り 炉の期間中炭斗として用い、毎年新しくとりかえました。 最近は、内側を黒漆で塗っていつまでも使いますが…。 火箸は桑の柄のついたもの。 火箸は元来全部金(かね)であるべきですが、 炉中で使用すると熱いので柄をつけたそうです。 香合は陶磁器のものを、香は練香(香木を粉末にして、蜂蜜や梅肉で練ったもの)を用います。
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いにしへは夜会などには床の内 掛物花はなしとこそきけ 「いにしへは」というのは、利休以前のことです。 その時代は、夜の茶会の場合、床には掛物も花も用いませんでした。 かすかな燈火では、掛物の字も読めないし、花もその影が壁に映ってうるさいからです。 しかし利休以後は、掛物はかすかな燈火でも読める大字のものや 逆にごく細字のものを掛けます。 えっ、とお思いでしょうが細字の場合 客は手燭を持って床の上にあがり、読む事が許されています。 また花は、白い花なら生けてもよいことになっています。 赤い花、黄色い花はいけません。燈火によって色が変わるからだそうです。 取り合わせによっては「白ばら」ならいいのねぇ☆ 夜咄の茶事だとお酒をいただいても 顔が赤くなるのがわからなくていい、って方もいらっしゃるのでは・・・。 花のかわりに、石菖鉢や盆石をかざることもあります。 石菖は、燈火の油煙を消す働きがあるといわれています。 すすくさい油のにおいがスーッと消えるような感じがするそうです。
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燈火に油をつがば多くつげ 客にあかざる心得と知れ 夜咄の茶事には、燈心も長いものを用い、油も油皿になみなみとつぐのは お客さまにゆっくりと留まっていただくためです。 利休が夜の茶会を催して、夜も更け燈火が細々となったので、水屋の者を呼び 油を短ケイに加えさせたが、八分くらいしかささなかったので 「宵の間にこそ油もさまで多からぬがよいが、夜更くれば十分にさすものである。 これぞ心おきなく、いつまでも話されたいと、客をもてなす第一の心掛けとなすものである。」 と教えたそうです。 夜が更けるにつれて燈火を暗くしたのでは、お客さまが居づらくなります。 お客さまにこんな気持ちを抱かすようでは、真のおもてなしにはならないでしょう。 でも、今の時代電燈の明かりでは関係ないですね。
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ともしびに陰と陽との二つあり あかつき陰によひは陽なり これは前の歌のくり返しですね。 茶の湯では「陰」「陽」の関係をよくいいます。 今はあまり言われませんが、『南方録』(利休の教えの聞書き)には 道具を置き合わせるときに「曲尺割(かねわり)」ということがよくでてきます。 二・四・六など偶数は「陰」、一・三・五など奇数は「陽」とされ 点前畳にいくつかの分割線をつくり、 「陽」の奇数の分割線の上には「陰」の水指を置き 「陰」の偶数の線上には「陽」のものをのせる、などと定められています。 道具に関しても、水に関係するものは「陰」 茶入のようなものは「陽」と決められています。 燈火にかんしても前歌で説明したとおりの区別があり 時刻にも「陰」と「陽」とあります。 やっぱり茶の湯の基本も「陰陽五行」なんですね。 そういえば「陰陽五行の部屋」全然更新していないですね・・・。
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