王昭君(おうしょうくん・ワンジャオジュン):「肖像画をブスに描けば匈奴に嫁に行かされずにすむ」というセオリーを無視して、本来の美しい姿のままに肖像画を用意していたがために皇帝にピックアップされてしまい、異国の匈奴のところへ政略結婚させられてしまった中国四大美女の一人。
私は 昆曲の《昭君出塞》でその切ない物語を知ったのですが、呼和浩特へ行ったら必ず行こう!と思っていた古跡の一つがこの王昭君の墓です。
郊外にタクシーを走らせること約15分。あら、呼和浩特って、あっという間に市内を抜けるんですね、意外と小さい町です、内モンゴルの省都なのに…。
この日は晴天に恵まれて、王昭君の墓も輝いて見えました。
広い敷地、大きくて素朴な古墳、ところどころにある像、まだOPENしていない王昭君博物館など、彼女が地元の人たちにいかに愛され惜しまれたのかが伺えます。
でも、見ていて思いましたが、 昆曲などでは「政略結婚させられた悲劇のヒロイン」として描かれているのですが、それは 彼女の美しさも知らずに彼女を手放してしまった皇帝が思っただけの話であって、実は 彼女自身は結構幸せだったのではないかなー、と思うんですね。
匈奴と言えば所謂欧米系の顔立ちの人だと思うのですが(今で言うどこの国の人かはわからない…)、昔なら 顔も違う言葉も違うバルバロイ、と思って毛嫌いしたかも知れませんが、そうは言っても同じ人間。しかも今で言えば国際結婚な訳ですよね。国際結婚をしている身としては取るにたらんのではないかと…。しかも匈奴の皇帝のところに 正室として嫁に行った訳だから、 側室として一生寵愛を受けない国内の暮らしよりもよほど愛のある生活をしたのではないかという気がしないではないんですよ。だいたい、正直に肖像画を描いているのに、「うがち読み」をした挙句、嫁入りの段になって後悔する皇帝なんざこっちの方から願い下げだぁ!
と一人で興奮しながら見ていたワタクシでした。
行って気づいたのですが、
外モンゴルの観光客がやたら多い…。
みんななぜそんなに内モンゴルに興味があるんだ…?
お隣の国かつ言葉が同じだから来やすいということなのかな…。
朝青龍のソックリさんにやたらと遭遇した、王昭君の墓でした。
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恵子たん、脚なが〜! お母さんに似たのですか?(^。^)
2006/10/15(日) 午前 10:36
Zhenさん:トトロの足の長さと(彼は足も長いが胴も長い)、私の座高の低さ(足も短いが座高も短い)がミックスされているものと思われます^^
2006/10/15(日) 午前 11:25
モンゴルは留学で初めての夏に留学友達と一緒に行きました。お酒が飲めないのに歓迎のお酒を飲まされてひどい目に。。。楽しみにしていた星も見れず、お風呂に入れなくてくさいし、、、笑。
2006/10/15(日) 午後 0:04
今度フフホトに行ったら見に行ってみます。側室よりも正室、フフホトなら北京よりも距離的には近いし、食べ物もおいしいし。きっと、ムフフと思ったでしょうね。悲劇とでも言っとかないと、友達とか家族とかがやたら遊びに来ちゃって、せっかくの生活が台無しになるし。。。
2006/10/15(日) 午後 0:50
ご両親のいいとこ取りですね、私と正反対だ…(^^ゞ
2006/10/15(日) 午後 0:53
空が綺麗〜〜いかにも近代的な観光地ですね☆☆
2006/10/15(日) 午後 1:18
内蒙古に行くと、確かに漢族や朝鮮族とは顔立ちが違う感じですね。確か種族的に見てもモンゴル人と日本人は非常に近いって聞いた事あります。それにしても内モンゴルに行って酒攻めの被害に遭っていたのは 僕だけじゃなかったんだ。(笑)銀製の盃でフラフラになるまで歓待されましたよ。
2006/10/15(日) 午後 10:08 [ piysuke01 ]
内蒙古いってみた〜いけれど…肉攻めはちょっとこわいな〜。王昭君さん美しさゆえのお話ですね。
2006/10/15(日) 午後 11:09
SUMARIさん:そういえばトトロと旅行すると深酒旅行にならないのはいいところです♪彼、下戸ですから!
2006/10/15(日) 午後 11:26
Zhongdaoさん:そっか、王昭君自身が悲劇に仕立ててた説があっても面白いですね!?私は皇帝が言い出して未練たらたら説を唱えています♪
2006/10/15(日) 午後 11:28
Zhenさん:太りやすい体質も両親に似てて困ってます…。
2006/10/15(日) 午後 11:29
YUNINIさん:拝観料が25元、と墓のくせに「いい値段」なんですよ、これまた。
2006/10/15(日) 午後 11:30
miysuke0123さん:歌を歌いながら杯を勧められて、あっという間につぶされるという話を聞いたことがあります。
2006/10/15(日) 午後 11:32
未音さん:王昭君は正直な清々しい人だったんだろうなー、と想像中です。やっぱり、そんな人は政略結婚させられてもポジティブに生きたに違いない。
2006/10/15(日) 午後 11:34
昆曲は私の住んでいる昆山が本場らしいのですが、そんなのやってる劇場は無いぞ・・・。
2006/10/16(月) 午後 1:30
内モンゴルに行って、砂漠に行かなかったですか、
2006/10/18(水) 午後 4:58 [ hasgerel ]
たしかに皇帝の近くで寵愛を受けない生涯よりは凶奴王の正室になるほうがいいかもしれません。しかし、中国の長い歴史の中では、凶奴に対しては野蛮な辺境というイメージがかなり根付いていました。そのような当時の通念から見れば、王昭君の結婚は勇気の要る険しい道のりのはずでした。。
2006/10/20(金) 午前 9:07
COZYさん:昆曲と言えば蘇州というイメージが強いワタクシ。でも「昆」つながりで昆山だったのですね。
2006/10/21(土) 午前 0:45
hasujp2005さん:私は呼和浩特に3日間いただけなので、砂漠へは行っていません。でも草原には行きましたよ♪
2006/10/21(土) 午前 0:46
Pekinmouseさん:そりゃそうですよね、昔は情報が伝わりにくかった分だけ噂や先入観が多かったでしょうし。やはり王昭君は勇気ある女性ですね。凛としてて益々好きになりました。
2006/10/21(土) 午前 0:48