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今回の上海滞在は長かったので、昔歩いた上海の路地裏をテクテクと歩いてみました。 プラタナスのうねった並木道をいくと、私はいつも次第に東西南北の感覚を失い、自分がいったいどこに向って歩いているのか、ふと解らなくなります。これが上海。これが北京との大きな違い。 北京は目的もなく歩いているのに、レールは見事な碁盤の目で、必ず3度折れると元の場所に戻ることが出来ます。 上海は目的を持って歩いているのに、よもや自分の目的を見失いそうになるため自分を強く持っていないといけない厳しさを持っているのです。 「道ひとつで何を大げさな」 と言うかも知れませんが、上海という街は自分にも人にも厳しい街だという思いの現れとでもいいましょうか。逆に言えば、北京は人にも自分にもユルイ街なのでしょうね。 衛生的にもかなり厳しく、プライバシーもないといわれていたため日本人にとって「ブラックホール」ばりに謎めいたエリアがあります。老上海地区に残る「里弄(Lirong)」という街の構造がそれ。北京でいう「胡同(フートン)」のような存在。そういう昔ながらの町並みを選ぶように歩くと、必ず生活の音というか、市井を垣間見ることが出来ます。しかし、今回歩いてビックリ、ここをオシャレな雑貨ストリートなどにしつらえ直し見事に蘇らせている区域が目立ちます。北京の南羅鼓巷などは、そんな上海の成功を追随したものでしょう。上海の方が先を行っているのです、その成熟度で解る。老上海と言えばパジャマにハイヒールで闊歩するカーラーを巻きつけたままのオバチャンがひょうひょうと歩いているようなイメージしかなかった私は、街の洗練のされ具合に少なからぬ衝撃を受けました。 しかし一方、昔なじみの上海人の友人は、以前とちっとも変わらない笑顔で私を引っ張りまわし、私の腕に腕を絡ませながら、「ソウコが来たらここへ連れて来たかったんだ」と「生煎包」のお店の暖簾をくぐるのです。 腹ごなしをした後、再び歩くと、オールド上海を意識した骨董屋がアチコチに。どうやら骨董街ストリートに迷い込んだようです。お風呂で使うような足の短いスツールに腰掛け、数人でワイワイと話し込んでいます。 私が上海に住んでいたのは1995〜1997年の頃。抗日意識が最も激しい頃でした。私は周囲に知り合いが皆無という状態の唯一の駐在員だったため、上海では実に孤独な毎日を過ごしていました。そんなためか、この街に対する印象はよくありません。結構嫌な目にも遭っているし、「魔都」と呼ばれるに相応しい(?)「洗礼」も何度か受けています。 2年半の間に友人も増え、昨日一緒に歩いてくれた友人や、元同僚や業者の人達には最終的には随分よくしてもらったけれど、いつもいつまでたっても「街に試されている」ような思いが抜けず、非常に殺伐とした気分になる。それが私にとっての「上海」でした。 でも、今回は時間の許す限り歩きました。歩くうちに、実は上海が、現実ではすっかり別なものになってしまっていることに気づかされ、ようやく気持ちの中でリセットすることができたような気がします。 上海はもう「私の街」ではなくなったと痛感させられたけれども、逆に「まったく知らない街」として、完全に外国人気分で来ることができるようになれると思います。今回の出張で、思わぬ形で上海と決別した私は、今後純粋な異邦人として、上海を楽しむ観光客になることでしょう。
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上海さんさんぽ
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2006年の春節休みに日本の母と合流し、家族旅行をしました。
上海編と、寧波編があります。とっても愉快で濃い旅でした♪
上海編と、寧波編があります。とっても愉快で濃い旅でした♪
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贅沢な使い方です、よね?
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もう結構前になるので記憶曖昧ちゃんですが、以前上海へ日帰り出張をした時に急いでいたので浦東空港からリニアに乗りました♪(最初「モノレール」と書いてて、下コメでご指摘続出、照笑) 当日の浦東のエアチケットを持っている人は、使用前でも使用後の搭乗券でも構わないので窓口でモノレールチケットを購入する時、見せて下さい。一般料金50元が、40元になります♪去年の春節の時に、母・アサコさんと乗ったのが初めてでしたが、その時には時速表を撮影出来なかったので、今日こそは!と思って350km/hぐらいの時からドキドキして構えていました。 ところが。。。 400km/hを超えた途端。。。 やっとどいてくれたら、マックス431km/hを記録♪ナイスショット♪♪♪ あーーー、危なかった。
このショット取り直しのために、もう一回出張しなきゃなんないところだった(爆)! |
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上海市内から車で約1時間半。江南の風景がそのまま残る朱家角(ジュージャジャオ)という街へ、トトロ家と私の母・アサコさんの4人で行ってきました。
この街は、私が上海に住んでいた95〜97年ごろにはまったく注目されていない街だったのですが、その古い町並みの保存状態の素晴らしさが注目され、20世紀末には、保護地区のような扱いになり、観光地化されたところです。ちなみに、このあたりにはもう一つ古い街並みで有名な街があり、その名前は「周荘(ジョウジュアン)」といいます。「周荘」の方が規模が大きいようなのですが、上海の市内から遠いため、私達家族は「朱家角(ジュージャジャオ)」に来ることにしたのでした。 写真をご覧頂くとお分かりと思いますが、この街の特長は白壁に瓦屋根の土蔵作りのような街並みで、村の中に縦横に走る川(運河?)を利用して物流手段としていたようです。 今はすっかり観光地化されて村に入るのに入場料が必要な上、村人がほとんど家の前でチマキや乾物・みやげ物などを売って商売しています。 恵子たんにとってはドラム缶で作る綿菓子でさえ新鮮。欲しがって動かなくなったので、買ってあげました。衛生面は目をつぶるしかありません^^; チマキの中には豚のバラ肉がタップリと入っていますが、どうやら村の中でさばいているようです。軒下に掛けられた豚の顔を見つけました^^; 2時間でタップリいにしえの風景の中を楽しみました♪ |



