今回の台北紀行で、一番印象的だったのは、なんと言っても
國立故宮博物院
(↑「國」の字を使うのね、台湾て^^)
私の家族で一番最初に故宮を見に行ったのは父でした。1970年代の終わり。行き先は台北。
帰って来るなり興奮した面持ちで
「台湾にある故宮博物院はスゴイぞ!あの宝物は見事やった!」
と買ってきた目録を繰りながら、幼かった私に教えてくれました。
私の家族で二番目に故宮を見に行ったのは祖母でした。1980年ごろ。行き先は北京。
帰って来るなりやっぱり興奮した面持ちで
「北京にある故宮博物院は見事やった!あれにかなう博物館は無いやろうなぁ〜」
と思い出の写真を見せながら、やはり幼かった私に教えてくれました。
あっれえ〜?台湾にも北京にもあるの?ひょっとして同じなの?どっちの方がすごいの?幼い私は、父と祖母があれだけ目を輝かせて見た故宮を、いつかは自分の目で見ようと思ったものでした。
大人になって北京で迫力の故宮博物院を見て、そのダイナミズムに心底酔った私は
「これは聞きしに勝る博物館!」
とすっかり北京びいきになってしまい、北京の故宮が一番!と思うようになりました。その後、
「台北の宝物がスゴイらしい、見事らしい、世界の三大博物館らしい」
と言われても、台北の故宮博物院はそんなにもスゴイのか!という感嘆の思いを抱きつつ
「いやいや、世界遺産の北京の故宮には適わないでしょう、何せ建物そのものが宝物なんだから」
と言っていたのです。
しかしその言葉の裏側は 「建物はすごいけど、中の宝物は空っぽ」という印象だったということです。
今回台北行きが決まってから、絶対に外せないと思ったのは、そんな長年の疑問が検証できると思ったからで、ツアーでは1時間半しか故宮に寄らない予定だったので、 「フリーの3日間の間にもう一回行かなきゃね!」とものすごい気合いで臨んだのでした。
最初にツアーで行った時は、まさに駆け足でした。たったの1時間半のうち、1時間10分は団体で説明を受けながらの見学です。「翡翠白菜」や「肉形石」などの人気No1や、「象牙ボール」の中に「象牙ボール」そのまた中に「象牙ボール」…一体何層あるんじゃぁぁぁああああ!と叫びたくなる十七層にもなる「象牙ボール」の置き物(帽子掛けらしい!)や、「オリーブの種に八仙過海の細工」を施してある見事なミニチュア細工の見学をし、或いは、「龍の足が5本描かれている品物のみが皇帝専用」だの、「この付け爪は実際に西太后さんが使っていた付け爪ですよ」だの、歴史的な背景の説明を受け、さぁ自由行動となった時には、あと20分しかないという状態。全然見れてないじゃないのよ。もう1度来ないと悔いが残ると思ったので、見学は別の日に、と腹をくくり、母にはこれ以上変な土産物屋でボラレナイようにということで(笑)、買い物意欲を満足させるために急いで階下のミュージアムショップで買い物をさせました。
2回目は、温泉に行った日の午後に行くつもりで、時間配分を間違えてしまい(汗)、到着したのが午後4時(がーん)。閉館が5時なので、今から入っても消化不良になるだけということで、やっぱりミュージアムショップで買い物をしました(爆)。
嫌がる恵子たんをとことん説得し、3度目の正直で行ったのが帰国日前日の最終日。
朝からたっぷりと、心行くまで、玉を眺め、白菜を眺め、肉の塊を眺め、書画を眺め、ミニチュア細工を眺め、恵子たんが飽き飽きして泣きそうな顔をするとは3人で喫茶店に入って飲み物を2つだけ頼み(私って貧乏?)、再び心行くまで仏像を眺め、陶器を眺め、青銅器を眺め、ほとんどお昼ご飯抜き状態で眺めまくって大満足してきました。
母と私はやはりお茶人なためか、一致した意見として
「やはり飾り気の無い陶器が一番心惹かれる」
ということで、
汝窯
の陶器が一番美しいと感じました。その汝窯陶器の写真がいくつも掲載されている目録を買ってトトロへのお土産にしたところ、見るなり
「おぉおおおお!汝窯の陶器かぁ!これは今じゃどこにあった窯なのか見当たらない幻の陶器で(河南省あたりと言われていますけどね^^)、世界のチャイナボーンの中でも最高傑作と言われているんだよ!」
と教えてくれました。あら。トトロっち、意外と詳しいのね。
そういえば、彼は、DVDヲタ。
一時期、故宮博物院という10巻ぐらいのDVDシリーズにハマリにハマッて夜な夜な見ていたっけ。
今度借りて見てみようと思ったワタクシでした。
最後になりましたが、ワタクシの検証。
「どっちの故宮のほうがすばらすいか!?」
答えは、どちらも。
ありきたりでゴメンなさい。でもこれは二つの競い合うべき事柄では無いのです。だって、一つの博物館の器と中身、というだけのことなのだもの。
台北の「これでもか」と言わんばかりの宝物の多さには圧倒されつつ、なぜあるべきところに無いのだろうと、涙が溢れそうになりました。
「文革の時代でも、人々や政府は故宮のものには手を掛けなかった。(=なので台北の宝物は北京にあるべき)」
とトトロは言いますが、台北にあるほどの見事な状態で保存されていたかどうかわかりません。宝物達が台北に運ばれてきたことで難を逃れた部分もあるとは思います。
それでもやはり、私もこの宝物たちの在るべき場所は紫禁城の中ではないかと感じます。だって、西太后の付け爪は台北にあっても臨場感が無い、紫禁城の中にあってこそ、臨場感のある生きた宝物で在り続けるように思うのです。台北の博物院はどんなに立派にリノベーションを入れても、その宝物達は 「見世物」にこそなれど、 「あるべき場所に座る」という風情には成り得ないのです。
しかし一方で、北京の紫禁城のどのあたりに置いてあったものなのかを想像しながら台北の宝物を眺めつくすというのもジレッタイ楽しさがありました。まるで梅干を天井から吊るして白飯をかっ込むかのような(違う)。せめてこの器と中身を共用財産とすべき中華の全ての人々が、自由にこの2つの博物館を行き来して見学できるようになれば良いのになぁと望むばかりです。
70万点もあるという宝物の中から常に7千点ほどを展示している台北故宮博物院。何度見ても、新しい発見があるはずです。絶対にまた行きたいと思います!
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