★☆MIのまったりLifeからSOULDIVAまで☆★

人生山あり谷あり・・・でもHAPPY♪全ては偶然じゃなくて必然♪

感じたままに・・・

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== 毎日の生活で感じたこと・・・国会って生活につながってる!==
  1市民として、ふと感じたことを書き留めてみます。トライ!
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メッセージ

 最近、寒いーっ☆
 そりゃ2月だしね☆ 立春っていうけど、まだまだ寒い。


 体調良くなってきたからできるんだけどhttps://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/0a/1c/daisukiga12tomaranai/folder/212473/img_212473_18878119_11?20081113053931〜
 仕事のことが気になって、お財布も気にしすぎhttps://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/0a/1c/daisukiga12tomaranai/folder/212473/img_212473_18878119_11?20081113053931〜


 そして、今ごろ。
 ずーっと仕事ばっかで、思うように上達しなくてイマイチ進まない。
 ずーっと体調悪くて、思うように動けなくてイマイチ広がない。
 けど、無理矢理続けてきた。

 そんな「音楽」が、今になって、ちょっとづつ広がりつつ。


 有り難いコト。

 でもね。
 お財布きつい。
 って思ってしまって、最近、イマイチノリ気にならないと、
 リハも、セッションも友人のライブもスルーしちゃう・・・

 そしたら、
 あたしのお財布を気にしてくれて、イマイチ進まない「バンド」すら出てきてしまいhttps://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/0a/1c/daisukiga12tomaranai/folder/212473/img_212473_18878119_11?20081113053931〜

 さすがに、それってフロントマンとして申し訳なさすぎる・・・


 この状態。どんなメッセージなのだ?
 
 そう思って、考える日々。
 全く先の決断がつかないあたしは。



 お見送り(不採用)連絡がくる
  →がっくりして、寝る。
  →不安になって起きる。
  →また、ちょこっと応募する。
  →寒いので、暖房節約の為、布団にくるまる。
  →また、寝る。


暖房節約するくらいなら、いっそ外に出かけなよ!外の空気吸わないとだめだよっ
 https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/0a/1c/daisukiga12tomaranai/folder/212473/img_212473_18878119_16?20081113053931〜

 その通り☆

 そう友人が指摘してくれたので・・・。


 今日は、外のコーヒーショップで資格の勉強しようと思ったら・・・

 大事な音楽の「譜面」は持ってきたのに。
 勉強に必要な、音源聴くイヤホン忘れた https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/0a/1c/daisukiga12tomaranai/folder/212473/img_212473_18878119_16?20081113053931〜


 こんだけ、重たい荷物もってきて。
 イヤホン忘れるってhttps://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/0a/1c/daisukiga12tomaranai/folder/212473/img_212473_18878119_11?20081113053931〜

 しかも、コーヒーショップで入り口付近の席しか空いてなかった・・・
 寒くて、もう2杯目のお茶。https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/0a/1c/daisukiga12tomaranai/folder/212473/img_212473_18878119_11?20081113053931〜


 色々寒いので(笑)
 1年半年ぶりに、背景を温かく サクラサク にしてみた。

 え?早すぎ?


 去年の今ごろに比べたら、本当にこんな状況がありがたい♪
 だから、泣き言は言わないけど。

 来年の今ごろは、なにやってんだろあたしhttps://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/0a/1c/daisukiga12tomaranai/folder/212473/img_212473_18878119_11?20081113053931〜


 まだまだ、この状況が、何の試練へのメッセージはわからないなあ☆
 

 今、丁度 ニュースで騒がれてます。
 来年の医療保険の点数の改正が。

 つーかもうきまってるんだよね。この時期。
 マスコミにオープンにならないけど。

 2月頭には業界に回る、改正本。
 そして病院は必死に2ヶ月で、赤字にならないように考えるのです。
 そんな仕事もしてました。
 今考えたら国に踊らされてたんだ・・・。



   それより。父が私と一緒。不安ちゃんから、退院後も暴力が続き。

   それでも。新しいケアマネさんは毎日朝晩排泄介助してくださる事業所を

   自分のところだけでなく、10件も電話して説明してくださり、退院までに

   みつけてくださいました。



   そして、毎日きてくださるヘルパーさん。

   羞恥心の強い父は、オムツ交換と下を見られるのが、特に女性にはいやがります。

   退院後、正月明けは、どつくは、蹴るわ、暴言はくわ、つばはくわ、髪の毛ひっぱるわ・・・

   おかげでヘルパーさんがきてくださるだけで、見守りで入らなければいけなくて。

   「すいません、本当に。本当に。」何度も謝る私に。

   「大丈夫ですよ。これが仕事ですから。なれてますよこれくらい」とヘルパー事業所の所長



   それから、3週間くらいが経ち始めました。毎日担当者が違います。

   みなさん口を揃えて

   「顔つきが落ち着いてきたね」
   「今日は何にも抵抗なかったよ」
   「今日は自分から腰あげたり協力してくれるよ」
   「今日はお尻と足は全部拭かせてくれたよ」
   「もうこれくらい私たち一人で大丈夫よ!よっぽどのことが無い限りね」

   最近はそういってくださり、本当に心強い限りです。

   髪の毛引っ張ったりしたときは、『ああ、また打ち切られる〜』なんて不安が
   よぎったのに。

   思い切ってケアマネさんを変えてよかった。
   いいヘルパー事業所さんと出会えた。

   最悪の中で、ひとつひとつ救われ、父の暴力に逃げる母より、私と一緒に
   立ち向かってくださっている皆様に、本当に感謝でいっぱい・・・。


   最近は「時間オーバーしてるからとってくださいね〜。」とか私が言っても、 
   ヘルパーさん「いいのよ。今日はここが最後だし、次がないから。
          なにより、今日はご機嫌いいのね。笑ってくださったのよ!
          初めてよ。笑顔みるの!だからいいのよ」

   なんて、本当につらい仕事なのに。本当に寒い中、みなさんのおかげで、
   ぎりぎり生きて居られる・・・。
   感謝と誠意。互いにさぐりながら。週に1日朝・晩だけなのに。

   父の変化を報告してくださったり。いろんなことにチャレンジしてくださったり。
   父は、心療内科のお薬が効いてきたこともあるのでしょうが、色んなサービスに
   抵抗なく、在宅は全部受けてくれるようになりました。

   本当に、医療・福祉が遅れたうちの実家の地域で、父は恵まれていると、
   心から、感謝するとともに、政治がしっかりして、制度をきちんとして、
   皆さんが安心して働ける国づくりを本当にしてほしい。

   毎日が感謝の日々です・・・。新しい出会いに感謝です・・・。
   

   

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長くなりました。。。
もう、お分かりだと思います。

まわりの同世代の事務長連中に、非難されたことも多々ある方なのですが、
本当の心はやさしくて。。。

体育会の私たちは、飲んで暴れて!
そんな元気な子、いまどきいない。楽しいな。
そう言われていた事も思いだしてしまいます。。。

退職してもかわらなかった。。。
スポーツエージェントに行って、マネージャーから
「どっか、便宜図ってくれる病院ない?」と相談されたとき
「事務長、すいません・・・」と電話すると
「おーいいぞいいぞ〜。こいこい」

選手を待たせず、事務所に入れてくださり、コーヒーをいただき、
事務長と、某アスリート(引退されましたが・・・)、と私で
携帯で写メをとってくださりました。

このときのことを、某アスリートさんは覚えていてくださり、ミカちゃんの
そんな!あの人若かったのに!あたしがお花だす!
って今日、言ってくださり。。。
あたしがお金だすつもりで、名前が借りられれば。
そう思っただけだったのに。


あたしスポーツの会社もやめたのに。
某アスリートさん、こんなに思ってくれる。。。
世界を制覇した人はすごい。。。
事務長の暖かさを知っていた・・・。
会ったのはたった1〜2度なのに!


事務長は10月1日から、もう覚悟なさってたようでした。
私は全く知らなかったけど。
院長と二人三脚で、自分で作った、病院で。
がんセンターではなく、自分の病院で。

そして、院長は「心臓血管外科医」です。
でも最後まで約束どおり「主治医」になりました。

もちろん、病院スタッフの多くの力があったことと思います。
でも、そのスタッフを育てたのは事務長なんですよ。。。

院長がここまできて、病院が日本医療機能評価病院に認定されるまで、ともに戦ったのは
事務長がそばにいたからですよ。。。

友人が、唯一、この仲間で私の病気を知る子が、実は事務長に話していたそうです。
少し体調崩して・・・。入院したり・・。会社やめたみたいです。。。

11月。もう末期もいいところ。つらいのに、友人が事務長に見舞いにいくと
「ミカは元気か?大丈夫なのか?」

まだそう言ってくれていたと、さっきききました。。。

親孝行じゃないけど、花嫁姿を見てほしかった一人が、天に召されました。

私は自分の病気と、父のことで精一杯だった。
でも、一歩離れたら、彼氏より、父より、もしかしたら心配してくれている人が
本当にたくさん、いたんだ。。。いるんだ。。。

それを教えてくれたんですね。事務長。。。
私は一人じゃないんですね。。。。事務長。。。
もう一度名前呼んでください。。。事務長!!!

ミカは、事務長に育てられました。
ミカは、多くの人に育てられました。
ミカは、幸せものです。

今朝、なくなった事務長の訃報を、私をかわいがっていることを知っていてくれる、
大事な先輩が、早朝メールくれました。。。

事務長がくれた暖かさわすれません。
事務長に教えてもらったこと忘れません。

誰がなんと言おうと、事務長は私の恩師です。

今も天国で言ってますか?「ミカ?大丈夫か?」

「事務長、大丈夫です。。。必ず来週会いにいきますからまっててくださいね」

今日、連絡くれた後輩が、事務長に会って来たそうだ。

「ミカさん、事務長。。。最後は口元が笑ってました。。。」彼もなみだをこらえて電話くれた。

「ありがとう。来週会おうね」


「事務長、もう消えたいなんていいません」

「事務等、もう無理しません」

「事務長、これからもそばにいてください・・・」


お星様になった事務長へ。。。。。 感謝を込めて。。。。。 ミカ。

そう。多分いつの間にか、人事担当者だけど何でも屋になっていた。

ある意味頼れると思ってくれたのか、そのころからです。
看護師さんなどに、産休の相談、体の傷病の相談、配置転換の相談、
退職の引きとめ。入社時の説明。
扶養控除内での働き方。家計のご相談。ローンや財形の説明。
お子さんの児童手当や育児休業の薦め。

などなど、毎日載ってたら、勝手に今にいたります。
今も、感謝された、お礼のハンカチの数が物語ってくれます。


一度、私が「もういやだ!やめる!」重圧に耐え切れず。
爆発して、変わったその後の事務長に退職願をだしたことがあります。

そしたら、当時は3人しかいなかったけど、経営本部部長陣から、毎日
呼び出されて。。。
「薬局異動するか?」「経理会社どうだ?」「新設の老件どうだ?」

3日続けて、たかだか25の小娘に必死に部長が止めてくれる。。。
根負けしました。。。
「わかりました。新設のとこにいかせてください。一からやりたいので・・」


そんな話し合いをしてるときに事務長は私がやめたがっている話をききつけ
「ミカ〜めしでもくいにいくかあ?」

今でも忘れません。電話をくれて呼び出して話をきいてくれました。

私は、どうせやめるし。そう思って愚痴をたくさん言ってしまいました。
事務長は、うんうんうなずいてきいていました。
「でもな忘れるな。周りは見ているから」


その言葉が、そのときはわかりませんでした。

後にわかったのは、
院長自らが、こんな小娘と、一緒に仕事をともにした、2つ上の先輩と二人は
「○○はまじめだ。ミカは素直だ。この二人は育ててやってくれ」
そう事務長に話したそうです。

それからだんだん仲間も一人、また一人病院を去りました。
でも事務長の「集合」は変わらずかかりました。
半年に1回は当時の仲間をよんで、みなでわいわいやりました。


事務長が、初めて癌になって、あまりのショックでしたが、自分の事は
あまり知られたくない。そう思ったのでしょう。最初は「癌センター」
に入られました。
そこから壮絶な入退院が繰り返され、でも「事務長」であり続けたのです。

だから「集合」は続きました。夏に・・・年末に・・・。


そして、ついに私が病院グループを去るときがきました。
そのときも事務長は入院していました。
もちろん、挨拶にそっと行きました。

「事務長、本当にありがとうございました。すいません。。。わがままで。。。」
「頑張れよ。でもいつでも戻って来い。大丈夫だ。そのうち送別会やらなきゃな。」

って、ベットの上からおっしゃり、実際転職して2ヶ月後、そんなに過ぎても
「送別会」と称していつもの「集合」し、「今日の主役はミカだから!」と、
高級和食をいただきました。

とにかく必死だった。それは言うまでもない。
開院の立地計画を、県に届け出たら、近所から訴訟をだされた。
もう、後戻りはできない。

ムコを「院長」にしてやろう!

事務長は本当の影の参謀となり、「院長(兼理事長)」と話したそうだ。

「一緒に戦ってくれ。深いことはいわない。
 ただ、きみの力が必要だ。一生、お互いパートナーとして。
 細かいことは、きみに任せる。
 心臓の中核病院が作りたい。一緒にやって、見返してやりたい」

事務長は「先生、わかりました。一生、ついてくつもりでやらせていただきます」


その言葉は現実となった。。。


まだ、10年以上前の話。
民間病院は、患者獲得に必死だった。
同時にスタッフ獲得に必死だった。

オープンしたって、まだ医者がたりない。
院長自ら、週に数日は当直し、当然事務長も毎日泊まっていたと聴いた。

私の病院へ入れてくれた先輩も、Ope着さえ洗う人がいないから、
夜8時ぐらいに事務仕事を終えて、走って洗濯場に行き、OPE等の
服を洗濯し、アイロンを男ながら自ら1時間かけて毎日作業したそうだ。。。


そんな数年後私は事務長に出会った。
病院の総務スタッフとなったが、当時は何が仕事かわからない。
酸素ボンベの配給。麻酔医の手配。経費節減のための、全室網戸洗濯。病院内全ての電球交換。
救急病院なので全てがタイムリーに行われてゆく。

「1時からOPEです!それまでに蛍光灯換えてください!」

そんなことにも、時間が制約される。

当然、事務作業は夜中するしかなかった。

ICUで、レントゲン等を見る板の蛍光灯を変えていたら、「医龍」どころじゃない。
本物の「急変」を目の当たりにした。
初めてみたときは、体がかたまった。
電気ショックに、心臓マッサージに、スタッフの大きな声が飛び交う。
そして患者の足が、電気ショックのスイッチと同時に飛び上がる。。。

貴重な経験の中の日々、毎日が正直激務だった。

でも事務長は会うたびに「お〜ミカ元気でやってるか?」いつも声をかけてくれた。

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