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京都の東西に聳える山、比叡山と愛宕山。 ともに1,000mに満たない山ですが。どちらも古くから信仰対象の山として親しまれています。 愛宕山は『あたごやま』または『あたごさん』と言いますが、どちらかと言うと京都独特の親しみを込めた言い回し、『〜さん』をつけた呼び方である『あたごさん』と呼ばれることが多いです。一方、比叡山は『ひえいざん』と普通に呼ばれます。愛宕山は京都市右京区と亀岡市にまたがっており(昔で言うと山城と丹波の国境)、山頂は京都市にあります。比叡山はその山頂を県境として京都市左京区と大津市に跨っています。ただし、山頂の一等三角点は大津市側に存在するらしいです。 比叡山 愛宕山 愛宕山の山頂には愛宕神社があり、古来より火伏せの神様として京都の住民の信仰を集めています。愛宕神社には『火迺要慎』(ひのようじん)のお札がありますが、これは京都では家の台所や飲食店の厨房に必ずと言っていいほど貼られています。とは言え、皆が皆、愛宕神社にお参りに行っているのではなく、知り合いや近所の人が愛宕山にお参りに行くと聞くと、『うちのお札も買うてきてな!』と頼んだり、逆に自分がお参りに行くときは、『愛宕さんお参りに行くけど、買うてきたろか?』と聞いたりして手に入れるのです。 また、千日詣(せんにちまいり)と云うものがあり、7月31日の夜から8月1日早朝にかけて参拝すると千日分の火伏・防火の御利益があると云われいます。この日は毎年数万人の参拝者で境内参道は埋め尽くされます。この時、狭い参道を歩く参拝客の間で独特の挨拶が交わされます。降りてくる人は登る人に対して『おのぼりやす〜』、登っていく人は降りてくる人に対して『おくだりやす〜』と言ってすれ違います。 比叡山はご存知の通り、最澄の天台宗総本山である延暦寺があり、空海の開いた高野山の真言宗総本山金剛峰寺と並び称されています。また、大津市側には日吉・日枝・山王信仰の総本宮である日吉神社もあります。だから、全国的にはおそらく愛宕山より比叡山の方が有名なのではないでしょうか?でも京都の人には、やはりあたごさんの方に親しみを抱いている人の方が多いと私は思います。 それを裏付けるような言い伝えというか、京都の子供が必ず聞かされる面白いお話しがあります。 昔々、愛宕山と比叡山ではわずかながら比叡山の方が高かったそうです。ある日、比叡山と愛宕山が背くらべをしましたがその時、愛宕山がずるをして背伸びをしたそうです。それを知った比叡山が怒って愛宕山の頭を『ぽかり』と叩きました。するとたちまち愛宕山の山頂にコブが出来、そのおかげで愛宕山の方が高くなったそうです。確かに愛宕山の山頂はコブが出来たように少し盛上がっていますね。これ以降、京都の最高峰は愛宕山になったと言われています。京都の子供達は大抵は幼稚園の先生にこの話を聞いてきます。 これは全く別の話ですが、こんなオカルトチックな話も聞いた事があります。
夏至の日には、平安京の中心である大極殿のあった場所から見ると、比叡山頂から日が昇り、愛宕山頂に日が沈むという。比叡山と愛宕山は大極殿を中心に10時10分の方向にシンメトリーを形成しているらしいです。本当かどうかはわかりません....。 |
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京都の方にとって、比叡山と愛宕山が重要な信仰の山だったとは、存じませんでした。
外の者からしますと比叡山は超有名です。
愛宕山は念仏寺の先をずっと登っていくのですね、たしか。
愛宕山が比叡山と同じくらい高いとは思いもしませんでした。
京都の昔話も面白いです。
2008/12/8(月) 午後 9:31
木漏れ日散歩さん
そうです、化野念仏寺や愛宕念仏寺の前を通り、清滝トンネルを抜けると登山道に入ります。私も見た感じ、本当は比叡山の方が高いのでは?と感じます。
2008/12/9(火) 午前 10:02
比叡山は中学校の修学旅行で行きました。遠い昔のことです。
愛宕山は名前だけは知っていた程度です。
歴史のある街ですからいろいろな話が残っているのでしょう。面白いですね。
2008/12/9(火) 午後 7:38
石塊さん
修学旅行は京都だったのですね。その頃の京都はどうだったのか興味があります。
2008/12/10(水) 午前 10:21
こんばんは。余りにも遠い昔のことですから、何も覚えておりません。延暦寺、金閣寺、三十三間堂、東大寺、大阪プネタリウム。。。何処をどう行ったものやら、これだけしか覚えておりません。
町の様子などはさっぱり分かりません。
2008/12/14(日) 午後 9:47
私もそうです。中学で行った東北、高校で行った北海道とも印象的なものしか覚えていません。その頃はそういったものに興味がありませんでしたしね。ありがとうございました。
2008/12/15(月) 午後 0:51