|
撮りためてしまっていた写真が増えてきたので、恒例のかため打ちをさせてもらいます。 もう少し、まめに記事に書くようにしないとね...。 大将軍八神社は西大路一条を東に入ってすぐのところにあります。この神社は平安京を造営する際、方位守護のために御所の天門にあたる北西の方角に建立された大将軍堂が始まりだと言われています。応仁の乱後に神社として復興され、大将軍宮、大将軍社と名を改め、江戸時代中期になってスサノオノミコトとその御子八神と合祀されて大将軍八神社と名付けられたと言われています。 もともとの大将軍堂の頃から祀られていた大将軍神は方位をつかさどる星神のことで、中国の風水思想から起こった陰陽道信仰の中でも、重要な方忌に関する神として崇められているようです。中国では天大将軍と呼ばれ、この神様の方位をおかすと、厳しい咎めを受けるとされています。古くから建築、修理、動土、転居、旅立ちなど方位について障りがありそうな事に関して、お伺いをたてたり、お願いをしてきたのがこの大将軍八神社であり、北東角の晴明神社とともに陰陽道の拠点とされてきました。 ちなみに我が家も10年程前に建て直した際、この大将軍八神社の神職の方に地鎮祭を行なっていただきました。 方位守護については諸説があるようで、鬼門にあたる北東の方角は安倍晴明の晴明神社、比叡山延暦寺、日吉大社、赤山禅院などが、裏鬼門[人門とも]の南西の方角については広隆寺や松尾大社、石清水八幡宮などの名前があがり、どの寺社もうちが都の方位守護だと伝えられていると主張されているようです。 昔、都の夜は鬼や妖怪や怨霊が支配する世界と言われており、平安時代にこの大将軍八神社のある一条通りは鬼や妖怪達が夜な夜な徒党を組んで西から東へ行進するという「百鬼夜行」があったという伝説がありました。陰陽師が『今晩は出るぞ』と言う日には、皆外出を避けたとそうです。そんな伝説をもとに大将軍八神社の前にある一条通り大将軍商店街は2005年から『妖怪ストリート』と銘打って町おこしを行なっています。商店街の各お店の前にはそれぞれのお店の取扱い商品、サービスをモチーフにした付喪神(つくもがみと読み、打ち捨てられた器物が妖怪となったもの)の人形が置かれています。また、秋祭りでは百鬼夜行の仮装行列のイベントを行なったりされています。ここ何年か多くのメディアに取り上げられているので見た事があるかたもおられると思います。 |
全体表示



