|
とても良いよ、とおススメされたので、銀座に出向いて観ることにする。
実際、とても素晴らしい作品だった。(つれだって行った友人は途中で意識を失っていたが)
LOCKED IN SYNDROME(ロックド・イン症候群)。
視覚・聴覚・精神活動は機能維持されているにもかかわらず、全身の感覚・運動麻痺をきたし、
しゃべることも、ものを食べることもできない稀な疾患である。
主人公はこの症候群に罹患した42歳の男性。ELLEの編集長として、華々しい生活を送っていた彼に
突然この悲劇が訪れる。しかし、主人公は持ち前の想像力とユーモアで、この苦難を乗り越え、
まばたきのみで意思疎通を行い、ついには一冊の自伝を書き上げる。
映像が素晴らしい。映画の冒頭では、画面はにじんだりぼやけたり、黒くぬりつぶされたりと、
主人公の混乱した視覚世界を表現しているが、彼が悲観することをやめ、前向きな気持ちを取り戻すと、
パステルカラーを基調とする美しく豊かな色彩を広げ始める。なかでも秀逸なのが、彼の想像世界
の描写である。ナポレオン王朝の着飾った女性たち、波打ち際で絡み合う男女、窓枠にそっとはね
を休める蝶の姿。いつのまにか私たちも、彼の空想の波間を漂い、温かく、穏やかな心持ちを
回復している。潜水服を身にまとったかのように重く、触れるものも感じられない彼が、私たちの
心を軽く、こんなにも明るく変えていく。
「じぶんに残された人間らしさにしがみつけば、生き延びることができる」
4年もの間人質としてとらわれた経験を持つ男が、主人公にこう語る場面がある。
人質として身体・精神の自由を奪われることと、あなたが自分の身体に閉じ込められている状態は
とてもよく似ている、と。フランクルの「夜と霧」を思い出した。
主人公の父もまた、高齢で階段の上り下りができずに自室に閉じ込められた自分と、息子の
類似性を語る。息子が、父の髭を剃りその世話をしたのはつい先日だというのに、彼らはもう各々
の入れ物(ドミニクは身体、父は自室)にしまいこまれ、肉体的には触れ合うことができない。
ここで、「しかしながら精神的なつながりが絶えることはなかった」と述べるのはたやすい。
実際そう捉えうるシーンがいくつもある。ドミニクと女性たちの対話、父や周囲のひととのつながり。
しかし彼は言う。「こんなにも愛しているのに、自分の子どもを抱きしめることすらできない」と。
彼の卓越したユーモア、厭くことを知らない強い精神力をもってしても、超えることのできない
大きな壁がある。触れる、ということ。子どもの温かい体を、頬に受ける風を、恋人の愛撫を、
それを肌で感じるということ、それがひとにとってどれほど大切なことなのか、私はそれを思い知ら
された。
だからこそ、蝶なのだろう。
蝶は儚い。とても美しく、自由に飛翔することができるけれど、蝶は空気のようなものだ。
幻影のようなものだ。幻影は世界を交通するけれど、誰かを抱きしめたり、温かみを感じたりする
ことはできない。蝶は重さをもたないから、だれかの肩にとまっても、気づいてもらえることがない。
その絶望をユーモアとシニカルな微笑でするりとかわしてみせるドミニクに、私は感嘆の念を覚えて
やまない。
|