ウトゥディールものがたり

本を読む時間、なくなってしまうのは悲しい

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小津安二郎 『早春』

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 数年前に幼い息子を亡くし、以来心通わなくなった若い夫婦を中心としたものがたりです。
夫はサラリーマンで、毎日8時25分の電車に乗り東京駅に向い、会社の入った丸ビルへと通っています。
毎朝電車を同じくするおなじみの十人余りの連中とつるんでは、週末に江ノ島へピクニックに出かけたり麻雀に励んだりと一見楽しく生活しています。
 
 冒頭のシーンでは、郊外の家々から続々とサラリーマン、OLが吐き出され、同じような足どりで、三々五々に駅へと吸い込まれていく。東京駅は毎朝34万人の会社員に利用され、丸ビルのオフィス(几帳面な四角の窓がいくつも並んでいる外観、高くそびえる直線で構成される街並み)からは早出勤の人々が、「壮絶なもんだなあ」「でもつい数分前まで、おれたちもあそこを歩いていたんだぜ」と眼下を見下ろし話している。サラリーマンの物語でもあるのだと思いました。サラリーマンは哀しい。幼くして死んだ坊やを忘れられず過去にとどまる妻も、同じように坊やのことを忘れられずにいながらも、妻とは思いを分かち合えず仲間と飲みかわし仕事にふけりどうでもよい過ちをおかす夫も、どちらもやっぱり哀しい(人間の存在は他者との相関性の中に存在する)。

 小津の映画は画面の両端にふすまやらなにやらが立っていて、それが暗幕のようで、まるで舞台を見ているような、のっぺりとした印象を残す。画面いっぱいに人が動き回ることはなくて、家の外をあるっていても(少し昔の人は、歩くことをこう言っていました。そういえば、私の祖父母もそう言っていました)道にきちんと沿うようにして、そこから脇に下ったり草かき分けて茂みに迷い込んだりすることはない。
 こういう映像を、見たことがあるなあ、なにかなあ、と考えて、回想シーンと思い当りました。亡くなった息子、会社をやめてバーを経営する元上司、3か月余り前から床に伏せる同僚、終わってしまったこと、過ぎてしまったことなのに、なおも無聊にとどまりきえることのない「のこり」についての物語を、いわば回想録のようなかたちで、乾いて没感情的にもくもくと語っているのです。「今」の時点から「過去の一時期、一出来事」を回顧する、その過去においてすらここそこに満ち溢れているものは死者の息づかいのみで、その先に進みようがなかったのです。
 常にあらゆるものが停滞し、停滞したまま細部をうごかし「のこり」を産ませ、「のこり」はかさみ、酒量は増えていきます。小津映画の残像は、過ぎ去ったものを想起させるために存在するのではなく、残像じたいをとらえつづけているのです。そして、その残像ですら過ぎ去っていく以上、あたかも回想シーンのごとく、その残像の定着したかたちでのみ、映画として成り立つのだろうと思いました。
 
 小津映画のなかの出来事は決して奇抜なものではありません。娘の結婚、だれかの結婚、だれかの恋愛、だれかの死、奇抜なものではありませんが、出来事はそのひと自身に起こったものではなく、常に他者の身に起こったものです。それゆえ、出来事は主体を伴わず、過度の感情・思い入れを含みえず流れていきます。他者の身におきた出来事は、他者の出来事でしかありえず、それを自身にひきうけることができません。ですから小津映画の撮るモチーフは、一般的でありがちなものであるにもかかわらず、私たちの誰も経験し得ない小津独自の世界観に則ったものなのです。

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初めてコメントします。ぼくも最近『早春』観ましたが、こういう観方もあるのかと興味を持ちました。

2009/6/2(火) 午前 0:20 蓮

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蓮さん

コメントありがとうございます。小津映画は主義主張が前に押し出されていない分、自由な鑑賞を許されている気がしますよね。
最近、「生まれてはみたけれど」とか、「大学は出たけれど」といった初期の作品を観たのですが、完成された芸術作品のような後期作とはまた違ったよさがあるようにも思いました!

2009/6/2(火) 午後 6:48 [ sou*c*pol*mpic ]


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