原田光子著 眞實なる女性 クララ・シューマン

原田光子(1909.12.13 - 1946.05.20)の著作をWebで公開します

あとがき

あとがき

 

一つの仕事に生きる夫と妻の協力が、彼等の家庭生活を幸討頬にしたばかりでなく、人類の文化に偉大なる贈り物を遺すまでに高揚された例を、私達は、英國の大詩人ロバート・ブラウニングと女流詩人のエリザベス・ブラウニング夫妻や、ラヂュームの發見者マリー・キュリーとピエール・キュリー夫妻の家庭に見ることが出來ますが、ドイツ浪漫派音樂の巨匠ロバート・シューマンと優れたピアニストであつたクララ・シューマンの家庭も、かうした祝討気譴寝板蹐琉譴弔如音樂史の中に稀に見る美しい頁を占めてをります。そしてこのやうな純粹な愛情と音樂に結ばれた淨らかな夫婦が、嘗つて此の世でつつましい營みを持つたといふことは、人類に對する私共の信頼と夢を温く育くんでくれます。

クララ・シューマン程に、天才少女として全歐に謳はれた少女時代、病身な夫ロバートとの結婚生活、苦難な未亡人時代を通じて、身も心も音樂に捧げ、音樂に生き、音樂に影響を與へた女性は比類がないと存じます。リスト、タールベルグ、フォン・ビュロー、ルビンシュタイン等、ピアノ界の超弩級の巨人が輩出した時代に生を享けながら、クララは最初の世界的女流ピアニストとして、七十年に近い長い演奏生活の間、獨自の音楽境地を守りつづけたばかりでなく、ピアノ演奏家としても實に革命的な先覺者の道を歩いたのでございました。

世をあげて華麗な伊太利歌劇の影響下にあつた當時のドイツ樂壇に、顧る者もなく埋れてゐたセバスチアン・バッハの遁走曲や協奏曲を、クララは敢然として演奏曲目に加へ、メンデルスゾーンと協カして古典復古運動の先驅をなし、又、時流におもねる演奏家が未だ敬遠してゐたべートーヴェンの作品、例へば熱情奏鳴曲や作品一〇六のハムマークラヴィア奏鳴曲を始め、後期の奏鳴曲の最初の公開演奏をする勇氣と確信を持つてをりました。ショパンの新鮮な作品を最初にドイツ樂壇に紹介したのも彼女であり、ドイツ浪漫主義音樂の成長のいぶきの中に育つた彼女は、幼い頃からメンデルスゾーン、シューマン、ブラームス等の作品を演奏して、之等翼ある若者達の音樂と聽衆の心をつなぐ役割をつとめたのでございます。

藝術家としてのクララが、常に眞實で勇敢でそして忍耐を持つてゐたやうに、女性としてのクララも常に信ずるところに眞實で勇敢で、夫を愛し、子を愛し、生活を愛して恰も親鳥が翼を擴げて雛をかばふやうに、身をもつてささやかな家庭の幸討鮗蕕蠅泙靴拭誠にクララ・シューマンこそは藝術と家庭生活を兩立さすべく、才豊かに恵まれた女性に課せられた、困難な然し光榮ある道を、ひたむきに實践した最初の女性でございました。そして彼女の愛情と眞實は、あらゆる苦難試煉に耐へて、立派に此の使命を成就したばかりでなく、さらに驚くべきことは、最愛の夫を李檀賊,冒り、やがてその死と共に遺された七人の幼兒を女手一つて育てあげ、そのうち四人の子女に次々と先きだたれて、七十歳の老齡になつて尚ほ一家の生計を雙肩に擔はなくてはならなかつた烈しい一生を迭りながらも、常に感謝と希望を失ふことなく、人生に對して絶えず積極的な愛情と信頼を持つて、たゆまぬ与覆鬚弔鼎韻討陲燭海箸砲△襪搬犬犬泙后

クララ・シューマンの興味深い生涯の記録は「我が日記は一八二七年五月七日、父の筆で始められ、クララ・ヨセフィネ・ヴィークによつて繼續せらる」と、父ヴィークの手跡て扉にしるされた第一巻から始まつて、一八九六年の春に終る全四十七巻の日記に、その喜びも悲しみもこめて、クララ自らの手で詳しく眞實に書き殘されてをります。又シューマンとの長い戀愛時代にとり交された、若々しい愛情に溢れた手紙や、ヨハネス・ブラームスとの四十年に渡る美しい友情の記念ともなるべき八百通に近い書簡、ヨアヒムを始め、多くの友人や子供等に宛てて書かれたものを繙く時、何よりも讀者の心を強く捉へるものは、彼女の淨らかなそして眞實な女心と厭くことなき与覆煉李辰討瓦兇い泙后それ故にこそクララがピアノを彈く時に、彼女の心に脈搏つてゐる愛情と氣魄が、李嘆修気譴寝擦慮斥佞鯆未犬董∽綵阿凌瓦鵬垢迫つたのでございませう。

これ等の日記や書簡としたしむうちに、私はクララの献身的な心遣ひと信頼がなかつたならば、あの不思議な香氣と美しさに満ちたロバート・シューマンの音樂は無論のこと、眞摯で内省的なヨハネス・ブラームスの作品も、現在あるやうな姿では殘されなかつたのではないかと思ふやうになりました。そして拙い筆ではございますが、此の音樂の娘であり、戀人であり、妻であり、そして偉大なる母であつた女性の眞實に生きる姿と、苦難に満ちた然し比類ない生涯の物語りを、まとめてみたいと考へるやうになりました。

我國は只今建國以來のロマンチックな時代に邁遇して、大いなる使命の許に世界に飛躍せんとしてをります。音樂の分野に於きましても、今日のやうに偉大なる作曲家が渇望されてゐる時代はございません。若い日本人は我々の魂の壯んなる旋律を歌つてくれる作曲家の出現を待つてをります。シューマンやブラームスの音樂が自己に眞實であり、同時に最もドイツ的で又世界的であり得たやうに、日本的民族的であることが世界の共感をよび得るやうな作曲家を日本に生む爲には、先づクララ・シューマンのやうな愛情と夢を持つた、逞しい女性が現れなくてはなりません。クララ・シューマンが前世紀にひたむきに歩んだ道は、彼女が女性であり、母であつた限り現代の日本の女性にとつて、決して遠いものではないのでございます。

このやうなひそやかな夢と、クララ・シューマンに對する憧れから生れたのが、此のささやかな物語りでございます。その名(クララは光りの意)の如く多くの人の「光り」となり得た、クララ・シューマンの豊さを描くには、あまりに貧しい私の言葉をお詫びすると共に、意のあるところを汲みとつていただける方がございますれば、幸でございます。

 

    昭和十六年八月

                            野尻湖畔にて

原 田  光 子

その他の最新記事

すべて表示

ここに収録されている文章は、本年(2012年)の3月から4月上旬にかけて、昭和17年に発行された、原田光子著「眞實なる女性 クララシューマン」の初版第2刷をスキャニングし、日本語OCRソフトで解析・電子テキスト化したものを、画面上の目視で修正したものを掲載したものである。 しかしその後、完全な修正を目指して、少しづつプリントアウトしながら目視、修正 ...すべて表示すべて表示

原田光子 編著 「大ピアニストは語る」 昭和44年 東京創元新社 発行 解  説 野 村 光 一  もう十数年も前のことになると思う。わたしの親しい友人の野辺地勝久(旧名瓜丸)さんが、あるときぜひあなたに紹介したい婦人がある。その人は大変ピアノが好きで、この楽器をよく弾くけれども、音楽の著述家になりたいのだそうである。なにし ...すべて表示すべて表示

音樂藝術 第四巻 七八合併號 第七號 昭和21年7月發行 日本音樂雑誌株式會社 原田光子さんのこと     野村光一 昨年の初めだつたか一昨年の終り頃だつたか、誰かから原田光子 さんが病篤く平塚の杏雲堂に入院されてゐると云ふ話を突然聞いて 私は全く寝耳に水の如く驚いたものであつた。あんな元氣の良い、 丈夫さうな人が、まさか ...すべて表示すべて表示



.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事