テレビ(南アフリカ)

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「南アフリカ 絶景を弾く」でケープタウンのタウンシップについて書きました。

昨年末に録画したテレビ放送番組で、ケープタウンのタウンシップが紹介されていました。
(お詫び:テレビ放送の画面を撮影させて頂きました)

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1994年の民主化から20年が経ちました。
与党ANCとつながりの深い黒人は裕福になったみたいですが、貧しい黒人たちの生活環境は今だ改善されていないみたいです。

2002年にヨハネスブルクのサントンで第2回地球サミットが開催されました。
空港からサントンまでの道路から見えるところにあった黒人の住宅は取り壊されました。
しかし、サントンの五つ星ホテルから遠くに見える街並みの中には、共同水道で下水道もない街もありました。
サントンからそのアレキサンドラというタウンシップまでのデモ行進も行われました。


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南アフリカ 絶景を弾く

先日、NHKのBSで再放送された「南アフリカ 絶景を弾く」を見ました。
南アフリカの世界的に有名なジャズピアニストのアブドゥーラ・イブラヒム氏が、生まれ故郷のケープタウンの自然の中でピアノを弾く番組です。

アブドゥーラ・イブラヒム氏はアパルトヘイト時代に亡命し、1991年のアパルトヘイト撤廃で帰国しました。
カラード(混血)の町で育ち、母方の祖母はブッシュマンの血を引いているそうです。

1996年、私は初めてケープタウンを訪れました。
ツアーのミニバスで、アブドゥーラ・イブラヒム氏がピアノを弾いている場所と思われる、テーブルマウンテンの見える海岸へ行ったことがあります。
白い小さな貝殻のある海岸で、星形の砂(貝殻)があると言うのでお土産に拾ってきました。

この海岸までは、市街を離れるとアブドゥーラ・イブラヒム氏が住んでいたカーラードの町があり、その先には家とは言えないような小屋が立ち並ぶ黒人の町がありました。
白人のツアー・ガイド(運転手)が、「南アフリカのビッグ・プロブレム」と言った言葉が、今でも頭から離れません。

今でも、白人のツアー・ガイドが言った「ビッグ・プロブレムとはどんな意味だったのだろうか?」と思っています。
ツアー・ガイドの口調では、「風光明媚な観光名所のケープタウンにこのような場所があるのは問題だ!」と言っているように聞こえました。
現在もあの黒人の町が、あの当時のまま残っているのか知りません。

新聞によれば、ケープタウン近くでは黒人の住む街(タウンシップ)が、何度か火災にあって多くの家が燃えたみたいです。
その場所は国有地で住宅地域ではないため再建が許されず、上下水道もない人目につかない地域へ移動させられたというニュースもありました。

(お詫び:テレビ放送を撮影させて頂きました)

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5月2日にNHKで放送された「マリカナ鉱山の虐殺」を見ました。
この事件の真相について、わかりやすく紹介されていました。
2012年8月16日に起きたこの事件についてはこのブログで紹介したことがあります。

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 BS世界のドキュメンタリー
 アパルトヘイト廃絶20年 南アフリカの今

   検証 マリカナ鉱山の虐殺
   〜南アフリカ 新たな格差〜

2012年8月16日、南アフリカの北西部のノースウエスト州のマリカナ白金鉱山で、デモで集まった鉱山労働者へ警察が発砲して34人が射殺されました。
白人政権時代の黒人弾圧のためのシャープビル事件、ソウェト蜂起以来の事件と言われました。

事件後、ズマ大統領はこのように述べました。
「今は互いに責任を押しつけ合うのではなく、国民全員で犠牲者の死をいたむべきです。そして再生に向けて歩き出す日でもあります」

警視庁のリア・ピエガ長官(黒人女性)はこのように述べました。
「このような事態を回避するため我々は全力を尽くしました。警察官たちは身を守るためにやむをえず武力行使したのです」
 

【事件発生の発端は、鉱山労働者の賃上げ要求でした】

鉱山労働者の賃金は4000ランド(約3万7000円)で、安すぎると訴え7000ランドを要求していた。

鉱山労働者たちは、経営者との交渉権を持っているNUM(全国鉱山労働者組合)を、経営よりだとして信用していなかった。
そのため、労働者たちは直接交渉しようとした。

白金鉱山のロンミン社は英国の会社で、大規模な事業拡大で経営が悪化していて、ストライキは避けたかった。
 

【事件のカギとなるシリル・ラマポサ氏でした】

ラマポサ氏はNUMの創設者で、アパルトヘイト時代、数々のストライキを行い、鉱山労働者から絶大なる支持を得ていた。
1994年にANCが政権を握るとANCの重要ポストにつき、黒人富裕層入りをした。
(現在、ラマポサ氏はANC副議長。議長はズマ大統領)

事件発生時、ラマポサ氏は労働組合とは全く逆の立場の、ロンミン社の取締役であった。
 

【事件の6日前にNUM事務所前で2人の労働者が射殺された】

ロンミン社は「賃金交渉はNUMを通じて交渉に応じる」と言っていた。
しかし、NUMはマリカナ鉱山の過半数の労働者からなる労働組合であったが、賃金交渉に取り組もうとしていなかった。
そのため、労働者はNUMの事務所へ向かった。
(労働者たちはオノやナタの武器を所持していた)

NUM事務所から職員が出て来て発砲し、2人の労働者が死亡した。
NUMは「組合員を攻撃するつもりはなく、発砲は正当防衛だ」と主張した。

 
【事件3日前にノースウエスト警察の副長官が登場】

労働者は近くの岩山に集まっていた。
ここはローミン社の土地や公の道路などではなく、デモを規制される場所ではないと言われている。
鉱山労働者たちは、働いている労働者がいる白金鉱山へ向かったが警察に止められ、武器の放棄を求められた。
 
 
【事件当日に34人の労働者が死亡】

労働者たちは近くの岩山に集まっていた。
警察が包囲して発砲し、34人の労働者が死亡した。
死亡者の中には、発砲現場から遠くはなれた場所や、岩の影に隠れているところを頭上から撃たれている者もいた。
救急車が現場に入るのが許されたのは発砲から1時間後だったという。
 

【事件後】
 
270人の鉱山労働者が暴動の罪で逮捕され、後に容疑は殺人罪に変更された。
これまで、警察官は1人も逮捕されていない。
事件のあともストライキは4週間続き、結局、ロンミン社は最大22%の賃上げに応じた。
事件の4か月後、ラマポサ氏はANCの副議長に選出された。(ラマポサの推定資産は7億ドル=約700億円)

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テレビ放送では、「なぜ黒人富裕層が生まれたのか」についてはふれていません。

南アフリカでは、2000年代になってからBEE(ブラック・エコノミック・エンパワーメント条項)とい制度が作られました。
詳しいことは知りませんが、2004年の南アフリカの新聞記事によりますと、「南アフリカの白人企業の保有する資産の15%を黒人企業に無償提供しなければならない。将来は25〜50%になるとも言われている」と書かれていました。

このBEEの恩恵に預かった方たちの多くは、かつてのアパルトヘイトと闘ったてきた人たちや、与党ANC幹部との繋がりの深い親族や友人の方たちだそうです。
かつてのテレビ放送によれば政府との強い繋がりでマンガン鉱山の採掘権を手に入れたアパルトヘイト時代の活動家の女性は、その友人の方たちに株を分配し、日本のお金で2,000万円の配当したという内容も紹介されていました。
BEEの恩恵に預かったのは8%の黒人の方たちで、貧困層の方たちの生活はいまだ改善されず、政府への不信が高まっていて、ヨハネスブルクでのデモ行進の内容が紹介されていました。

 

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2012年8月、マリカナ白金鉱山で事件はおきました。
 
南アフリカのノース・ウエスト州のルステンブルグ近くのマリカナ白金鉱山で、トライキ中の鉱山労働者に警官隊が発砲し、死者34人、負傷者78人した事件(?)は、人種隔離(アパルトヘイト)政策が撤廃されて以来、警官の発砲による犠牲者の数は最悪規模となった。
"NHK BS1"の世界のドキュメンタリーで放送予定です。
 2014.5.2 0:00〜
 
 

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インビクタス

今日の昼間、テレビで"インビクタス"が放送されます。
 
このブログの過去の記事はここからです。
 
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