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日本ハムOB大沢啓二さんの訃報(ふほう)に、日本ハム球団も悲しみに包まれた。
この日、宮崎で行われたフェニックスリーグ韓国・ハンファ戦では、センターポールの球団旗を半旗にし、試合開始前には全員で黙とう。選手は喪章をつけてプレーした。 フェニックスリーグで日本ハムは3本塁打を含む11安打を放ち、8−2で大勝。 日本ハムの攻撃陣は初回に尾崎の3ランで先制。 三回には大野の2ラン、七回には佐藤の2ランで加点しました。 投げては先発の中村が6回5安打2失点と好投。 七回以降は運天、植村、須永、吉川が無失点リレーしました。 登板した植村、須永はインターコンチ杯代表に選ばれました。 台湾代表の陽との対戦もあるかもしれませんね。 この参加する3選手が一皮むけて帰ってくることを期待です。 ◇須永投手 「初の国際試合。自分のスタイルを変えずに直球中心で楽しくやりたい」 ◇植村投手 「(選出は)すごくうれしい。今こだわっている直球で打ち取りたい」 大沢親分が無くなった日のはなむけの勝利となりました。 また、亡くなられた大沢親分はいろいろなエピソードがあります。
これって何か漫画の世界でみたことがある気がします。 たしか、『光の小次郎』で似たパターンがあつたと思います。
まっすぐな性格、面倒見のいい場面が伺えますね。
たしかに面白い人でもありました。 ◎各コメント ◇ソフトバンク・王貞治会長 「日本シリーズで対戦したとき、守備位置を頻繁に変える魔術師のような選手といった第一印象でした。常に野球界の先頭に立ち続けた、現在のプロ野球界の礎をつくったうちのお一人でした。心よりお悔やみ申し上げます」 ◇江夏豊氏(日本ハムが1981年にリーグ優勝した時のメンバー) 「父親代わり、父親以上の存在だった。思い出は星の数ほどある。走馬灯のように頭の中を駆け巡っている。昨年末から体調が気掛かりだった。心からご冥福をお祈りします」 ◇巨人・原辰徳監督 「非常に驚いている。野球が好きで球界のことをいろいろ考えておられた。年齢は違うがいろいろアドバイスをいただいた。影響を受けた先輩の一人。ご冥福をお祈りします」 ◇岡本伊三美氏(元近鉄監督。南海時代の同僚) 「朝のテレビ番組を休んでいたので、電話をした。風邪で入院したということだった。大したことはないと思っていたのだが…。南海時代、巨人との日本シリーズで、いい守りを見せた。ヒット性の打球を思い切った守備位置で捕ったのは、彼の勘の良さだろう。酒をよく飲んだし、豪快な性格だった。思い出はたくさんある」 ◇ソフトバンク・秋山幸二監督 「交流戦の(ヤクルトとの試合の)時に神宮に来られていた。元気だったのに、本当に残念。ご意見番だったのにね。「喝」って言うのを聞けなくなってしまうのはさみしい」 ◇日本ハム・田中賢介選手会長 「かけがえのない大きな存在だった。最近はテレビでご活躍を拝見することが多かったが、チーム状態が良いときも悪いときも、ファイターズを愛してくださっているのが画面を通して伝わってきた」 ◇阪神・片岡篤史打撃コーチ 「プロ(日本ハム)に入るときに取っていただいた方。プロ入り前に自宅に来ていただいて、両親と一緒に話したことが一番の思い出。怖い中にも愛情があった。大沢さんの気持ちを受け継いでいきたい」 ◇漫画家・水島新司さん 「突然の訃報に驚くばかりです。(パ・リーグを舞台にした)『あぶさん』を連載した38年前からパ・リーグを盛り上げるために、本当に今も変わらぬ協力をしていただいてきた闘将大沢親分、信じられません。ご冥福をお祈りいたします」 昨年10月に胆のうがんが見つかったそうですが 抗がん剤などで治療を行う一方、周囲には事実を明かさずに、 野球評論などの仕事を続けていたそうですね。 それでも「最後まで親分を通すぞ」と言い、仕事を優先しました。 先月TVを見た時、ちょっとボケたかな?と思う場面がありましたが 今となってはそういうことだったのですね。 沖縄キャンプのさきがけなど球会に残した大沢氏の貢献は素晴らしいものでした。 あとは残ったものが大沢さんの気持ちを受け継いでいってほしいものです。
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ファイターズ2010
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