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有名な陶磁研究者だった小山富士夫と陶芸家の石黒宗麿との深い交友はよく知られています。二人の共通点は焼き物への強い情熱と旺盛な好奇心だったように感じられます。
研究と作陶という異なる方向からの情熱が交じることで相互に影響を与えあう関係だったのでしょう。
小山富士夫先生は有名な永仁の壷事件で官職を辞し、作陶の道に進みましたが、心中はいかばかりだったかと想います。陶磁器の研究と真贋の鑑定とはイコールではありません。陶磁器も人間が生み出したモノである以上、その背景には生きた陶工の生活があり、その時代の社会的システムや生産システムがあり、その地域の自然があり、技術や流通網などがあります。ともすれば陶磁器の研究が真贋の鑑定に矮小化される風潮は今でも同じですが、真贋の領域で足をすくわれた事には忸怩たる想いだったでしょう。東洋陶磁の本質に迫るにはモノ自体を知る事も必要ですが、モノを生み出した母胎である文明の本質を知る必要もあります。
焼き物が好きな理由は人それぞれですが、小山富士夫と石黒宗麿が求めたものは東洋陶磁に現れた東洋の心だったのだと思います。西洋的なもの全般が力を得ていく時代風潮の中で自らの内なる原風景を見つめ直したかったのかも知れません。
私にしても焼き物に惹かれる理由を考えてみると、『何故、これほどのものを生み出し得たのだろう?』という文化的背景への好奇心が中心になっています。焼き物として具現化された文化や美的精神は氷山の一角に過ぎないのですから、全貌を見たいという欲求が出てきます。とはいっても、あまりに大き過ぎるために焼き物というごく一部分のさらに一部分を通して全貌を感じとるのがせいぜいの所です。
芸術となると、自己対象化が中心となり、人間の匂いがフンプンとしてきます。東洋の焼き物の良さは人間の匂いを極小化して、見えざる精神を彷佛とさせる曖昧さにあるような気がしています。
小山富士夫も石黒宗麿も、あまり金銭的豊かさには縁が無かったようです。真贋論争には往々として金銭が絡んできますから、世俗の匂いが焼き物にまとわりつきます。その匂いを追い払うためにクリスチャンだった小山富士夫も酒にのめりこんだのかは知る由もありませんが、研究者の悲哀を感じます。石黒宗麿の作品には優しさが感じられて好きですが、その生涯は幸福なものでも無かったようです。無類の酒好きだった石黒宗麿も、晩年の小山富士夫の酒と同じ味を飲み干していたのかも知れません。二人には東洋陶磁の見えざる精神の求道者としての姿を感じるためにシンパシーが湧くのでしょう。
酒を呑むと、ふと、こんなイメージを思い浮かべるのですが、夢想の味はまだしもの味ではあります。
(注)この記事は『焼き物雑記の昼寝部屋』でアップしたものです。
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