焼き物雑記

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雑記の猫言(ネゴト)

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貧乏陶芸のススメ

啓蟄を過ぎるとメッキリ温かくなってきて、怠け者も動く気になってきます。

ところが、三月は確定申告の月なので、15日を過ぎないと動けません。

それならば、早めに確定申告を済ませればいいだけの話なのですが、それが出来ない

のが怠け者たる所以です。

ブログにも永い間作品をアップしていませんので、そろそろとは思うのですが、今は

土、釉薬、焼成の総入れ替え中ですので、まだ時間がかかるのです。

冬の間に思いついた事項が沢山あり、やるべき事がめじろ押しです。以前の実験で失

敗した点も、時間を置いて考えている内に判ってきました。

そうした意味からも日本に四季があって良かったと思います。

東洋陶磁の技術的本質は親自然性にあると思うのですが、土や木や炎の声を聞き分け

る耳や心を持つのは大変な事です。

若い頃は自分の内面の声に耳を傾けがちですが、歳を経ると外的自然の声が聞こえて

くるもののようです。

昔の陶工達の感受性に近付くためには、極力、自分の体で自然を感じとる必要がある

ように思います。自然環境は千年経っても、さほどには変化しません。陶工が製品に

込めた心と技術は自然の中に生きた陶工の存在そのものです。

過去の製品からは多くの情報が得られますが、その情報を活かすためには自然の理解

が不可欠でしょう。

私は、いつも貧乏陶芸を心がけていますが、それは貧乏だからでもありますが、自然

の中から原料を捜し出し、あるがままの自然を上手に利用する知恵を身に付ける事が

出来るからです。それが昔の陶工の知恵に近ずく道だと信じるからです。

何も無い状況でも、一から生産体系を構築して、陶磁器製品を生み出す事の出来る存

在が陶工です。過去の文献に記載された文意を読み解くにも、陶工の心を持つ必要が

あります。

貧乏陶芸にも多くのメリットがあるのです。

焼槎窯

イメージ 1

このところの天気で薪も大分乾燥してきました。

我家の庭木の薪なので雑木の薪です。赤松の薪の方が高カロリーですが、雑木の薪

でも焼成は可能です。

中国では赤松を燃料とする窯を焼柴窯と呼び、雑木を燃料とする窯を焼槎窯と呼ん

で区別していました。

中華料理でもあらゆる食材が使用されるように、窯の燃料にもあらゆるものが使わ

れてきたと思います。

以前テレビでベトナムの石炭窯の光景が放送されていましたが、使用される石炭は

粉炭でした。焼き物の燃料に使用するには高級な石炭でなく、クズ炭でかまわない

という事なのでしょう。籾殻で焼成する焼き物もありますし、焼成する対象に合わ

せて最も安価な燃料を使用する方が合理的なわけです。コストパフォーマンスの側

面から言えば当然な事ですが、障害もあります。

日本では、<赤松の薪で焼成しました>と言う方が買う側に高級感を感じさせられ

るので売るのには有利になるからです。<庭の雑木で焼成しました>と聞いたらガ

ッカリされてしまうでしょう。赤松の薪も少し使用して、<赤松の薪も使用しました>

と答える手もありますが、不当表示になるから出来ません。もっとも、古材を燃料に

して売れ筋作品を作っている方も居ますから、作品次第なのですが。。。

考えてみれば、骨董品となって高価な値のついているものでも、使用燃料が書いて

あるわけではありません。その昔に皇帝に献上されたような焼き物にしても石炭窯

で焼成されたものもあります。恐らくは現代のベトナム同様、クズ炭を使用してい

たと思います。

中華料理にしても、ダシを取る際に玉子の殻等にニワトリの糞が付いていても、か

えって味が良くなる事があるように、高級な素材を組み合わせれば最上のものが出

来るわけでもありません。

なんだか弁解めいた話になってきましたが、雑木の薪を使用するのはタダで燃料が

確保出来るというだけでなく、理由があります。それは酸化焼成の実験のためです。

今でこそ酸化、還元という名前で焼成方法を区別していますが、昔の陶工はどうだ

ったのでしょう。

現在でも電気窯、ガス窯、灯油窯、薪窯、石炭窯と燃料の種類で区別していますが、

薪窯も燃料によって別の名称があった事は前述の通りです。雑木の薪を使用すると

赤松の薪の場合よりも酸化焼成になりやすいはずです。この<はず>を検証してみ

たい、というのが理由です。ですから、赤松の薪でも実験してみる予定です。

もちろん、赤松の薪でも酸化気味の焼成は可能ですが、ふと、以下のような連想を

したのでやってみる事にしたのです。

それは昔の陶工が窯業学校の教師として登壇したならば、燃料の講義はどうなるか?

という連想です。

『燃料には陽の燃料と陰の燃料とがある。各々、陽の土と陰の土とを焼くに用いる。

陽の土には陽の炎を必要とし、陰の土には陰の炎を必要とするからなり。土も釉も

炎も陰陽の調和を旨とすべきである。』

こんな調子になるかどうか解りませんが、近代窯業の言葉が通じないのだけは確か

でしょう。

常識には時として落とし穴があり、穴にはまらないためには一から自分で検証して

みる以外にない、というのが私の信念だからです。

あばたもエクボ

韓流ドラマの中では、おおむね美男美女達が様々な恋愛模様を繰り広げているので

すが、現実には好きになると自分にとって相手が美男であり、美女であったりします。

つまり、俗に言う(あばたもエクボ)です。

焼き物好きも同じようなもので、好き嫌いによって評価が変わるのが常です。

喜左ェ門井戸などは、あばた面ですが大いに好まれています。この点からも、焼き物

の美とは、醜と切っても切れない関係にある事が判ります。韓国ドラマでも醜男や醜

女も登場していますが、美男、美女達よりも存在感があります。

日本でも存在感のある女と言えば、お岩さんが横綱級でしょう。つまり、美は醜に存

在感の点で負けるのです。

人間も歳を経ると、いかなる美男、美女も美の中に醜が芽生えてきます。しかし、そ

の事で存在感も増してくるものです。

あばたがエクボに見える心理状態にも、エクボがあばたに見える心理状態にも簡単に

なれるのが人間の常ですが、そうした錯覚を繰り返す内に真実の姿が浮かび上がって

きます。

(禍福はあざなえる縄の如し)と言いますが、美醜も又、あざなえる縄の如くです。

つまりは美を追求するとは、同時に醜を追求する事でもある所以ですが、個性的であ

り存在感がある事は美の中に醜が内包されている必要があるようです。但し、醜はあ

くまで香辛料なので、過ぎたるは及ばざるが如しになりがちですが。。。

美も醜も人間の意識の働きの結果である以上、揺れ動きますから、焼き物の評価も余

り神経質に近視眼的に考えない方が良いようです。

韓国ドラマは恋愛ばかりですが、一方で昼メロ的不倫も人間心理の一端であるように

、複雑な人間心理を捉える魅力のある焼き物には心があるが如くです。

心とは目に見えないものですから、裏(ウラ)と同じ意味もあります。

表と裏を備えないと心の無い単なる物体になってしまうようです。といっても、裏の

ある人間が良く思われないように、見えそうで見えない心(ウラ)でなければならな

いのでしょう。

様々な焼き物を見ていると、あたかも人間模様を見ているように感じられますが、

自分はどんな焼き物と似ているのだろう?と想像してみると思い付きません。

こんな焼き物であって欲しい、という想いはありますが、いつも○○に心を見透かさ

れているようでは、大した焼き物ではなさそうです。

道を造る

現在NHKで放送されている『チェオクの剣』の最後の場面で、チェオクの兄が語る

『道は始めから有るのでは無い。何人もの人が通って初めて道が出来るのだ。』と

いう言葉は、当たり前なのですが、印象に残りました。

現代では道造りもブルドーザーやダンプカーで山を削り、橋を架けて造っていますが、

古代では獣道の延長線上に人の通る道も存在していた事でしょう。

山あり谷あり川ありの地形では、長い間に自然と最も通行しやすい場所に道が形成

されて来るものです。

眼を陶芸の釉薬に転じてみると、道造りにおけるブルドーザーやダンプカーに当たる

ものが化学薬品の着色剤や着色補助剤や還元剤等だと思います。これらを使用すれば

最短距離で目的地に到達出来るので便利には違いありません。

しかし、過去の人々が長い間に形成してきた道を辿るにはかえって障害となります。

歴史研究とは、いうなれば過去の人々の何人も何人もが通る事によって形成された道

を航空写真で撮影したり、踏査したりして全体像を把握し、地図を作るようなもので

しょう。

歴史には例外もあり、分流や澱みもありますが、過去の個別事実の総体が歴史なので

はなく、個別事実の積み重ねによって出来た道こそが歴史なのだと思います。

いにしえの陶工の辿った道を探るには徒手空拳で最も歩き易い道を歩いていけば、

おのずと道は見えて来るはずです。

着想から16年を経た研究も、いまだ未完ですが、ようやく終着点が見えてきたよう

な気がします。

『チェオクの剣』は韓流ドラマランキングの書庫で当初は二つ星にしていたのですが、

この言葉を思い起こしたので三つ星にランクアップさせました。まあ、どうせいいか

げんなランキングですから。。。

『私が作っています』

最近はスーパーに行くと野菜売り場に『私が作っています』といった顔写真入りの

札が立っています。

最近の流行なのでしょうが、焼き物の分野にも波及してきたようです。

以前からやっていて私が知らなかっただけかも知れませんが、この間、近くのスーパー

での焼き物市で実際に見ました。

生産者がはっきりするように、という趣旨は解るのですが、自分に引き寄せて考えて

みると、躊躇があります。

個展などでは、顔を見られるわけですから、同じようにも思えますが、違うのは写真

である事と札が幾つも立っている事です。

品物を比較するのは当然ですが、これからは顔写真の良し悪しも売れ行きに影響する

時代になるのかしらん、と考えてしまいます。

『ああ、この人って、いかにも陶芸家らしい顔付きだよね。これがいいかも。。』とか、

『若くてカッコイイジャン、これにしよっと。。』なんて買い方をする人がいないとも

限りません。

そうすると、顔写真もサバをよんで若い頃の写真を使用する人が出て来るかも知れま

せん。私も気分的にはそうしたいです。

でも、そうすると不当表示になるかも知れないですよね。う〜ん。。。

ともかくも、手配写真のような免許証の写真が頭から離れないので、私はたとえ売れ

なくても絶〜対に顔写真は出しません。(キッパリ!)

そのかわり、『本製品には化学薬品等は一切使用しておりません。』という札を立てる

事にします。

『うん??無農薬野菜や自然農法ならわかるけど、無化学薬品陶芸ってあるの??』と

いう向きもあろうかと思いますが、『自然陶芸』こそ東洋陶磁の本質なのです。

製品そのものを云々するだけでなく、消費者には自然環境に優しい生産方法をとっている

生産者かどうかも吟味してもらいたい心境です。

釉薬に化学薬品を使用すると、多少ではあっても環境汚染を引き起こしかねないのです。

もちろん、焼成した製品自体には問題ないのですが、釉掛けの過程で自然界に飛散する

可能性があるのです。

私としては、化学薬品の使用は顔料に止めて、釉薬への使用は最小限にすべき、と考え

ています。

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