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改造放置の墓場
サモハ〜ン キンポ

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師弟への指定席

現在、ガールズ競輪のプロフィール等を眺めていると、
その師匠に懐かしい名前が多く登場する。

おお、懐かしい選手だな、と思うと同時に、
あの野郎、オレが買った時は、あんなレースをしやがって〜
などと懐かしい思い出が無理によみがえってきたりするので注意したい。

今現在の世の中においても「師弟」は現存するが、
クソみたいな世の中で、
クソ下らないような世に中において、
クソつまんないような世に中においても、
人間関係などでクソみたいにクソ悩むようなクソ世の中においても、
そのような人間関係が成立している事が頼もしく思える。

私が現在「釣りの師匠」とするのは、
シーバス、青物、ルアー、オンリーの人で、
師匠とする割には、実際には「先行」してもらっており、
私は「番手」を回っているようなもの、
しかし、そこは師弟、
私は何時迄経っても「差す」事は出来ずにいる訳だ。
(ケイリン的な素晴らしい表現だ)

かつて競輪に狂っていた時にも師匠があり、
ま、勝手に師匠としていた訳だが、
それは2人おり、
1人は南の師匠、つまりは県南方面を拠点とする方で、
もう1人は県北県央がベース、
まあ、競輪以外にも競馬競艇その他にも手を染めていたようではあるが。

私はこれら師匠を相手取り、
競輪うんちく当方の予想を昏昏得々と語っていたものだが、
ほとんどの場合は最終的に、
オマエの予想は霊感商法だ、と言われるような有様で。
それはソレで懐かしいものがあるにはある。

もっと素直に予想しろ、
オマエは無理矢理、都合のいいように予想を曲げているだけだ、
どれどれ手相を診てやろう、

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「師弟」
弟子はいつの日か師を超えようとするものであり、
師は弟子を育成しながら「超えられる日」を楽しみにしつつも、
決して超えられぬように歩んでいくものである。
目の前にある壁や目標は高ければ高い程に「超えがい」があるもの。

この世に「ハードルを下げる」なる言葉があるが、
途中で「下げる」くらいであれば、
最初からハードルなど設置しなければいい。

それが「目的なのか」「手段なのか」
それすら理解出来ぬ者にハードルなど無駄な荷物でしかないであろう。

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