はな寛太さん死去(漫才師)
はな 寛太さん(はな・かんた、本名西村一文=にしむら・かずふみ=漫才師)15日午前10時55分、食道がんのため大阪市の病院で死去、61歳。兵庫県加西市出身。葬儀・告別式は18日午前11時30分から大阪市北区長柄西1の6の14の大阪北玉泉院で。喪主は弟康二(こうじ)氏。
1968年に松竹新喜劇の同僚と「はな寛太・いま寛大」を結成、しゃべくり漫才で活躍した。
5月15日20時1分配信 時事通信
子どもの頃よく新聞屋さんにタダ券もらって、角座に漫才よう見に行きました。
そのころの角座は、吉本の花月にかなり押され気味で、花月が満席なのに対して客席はまばらだった。
そんな中でオモロイおっさん二人が漫才をしてた。「ちょっと待ってネ〜」のギャグはそんときもやってたね。
TVも含めて吉本の天下だが、劇場でしっかり15分の漫才が出来る芸人のクオリティーの高さは松竹やと思う。コントやなくてね。本当の笑いの実力はTVやのうて劇場やねやっぱり。
賞レースなんかでは不遇だったみたいやけど、メチャ面白い漫才師だった。酒井くにお・とおると並んで僕的には松竹のベスト漫才師だった。
関西から旅行にこられる皆さん。ナンバグランド花月もええけど、B1角座もお奨めです。松竹こそが大阪芸人の真髄がみれます。
最後に、61歳という若さでなくなられた、はな寛太さんのご冥福をお祈りいたします。
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えっ…(絶句)。知らなかった。そんな(涙)。
2007/5/19(土) 午前 0:36 [ - ]
盟友コメントありがとう。やはり関東にこの訃報は届きませんでしたか。。。お笑い好きの僕としては、何やら腹が立つんですと盟友!TVに出る実力のない芸能人よりも、舞台に立つ実力派芸人の扱いがあまりにも粗末なことに。。。それにしても残念です。。。
2007/5/20(日) 午前 0:33
はな寛太さんは、死ぬまで筋肉トレーニングに励むほど体力保持をしていました。相方の寛大さんは、ふぐの調理師の免許を取得しているそうです。このコンビは、爆笑問題よりもレベルが高かったです。
2007/5/27(日) 午前 6:25
budou102000さんコメントありがとう!さすが大阪人(^^)!ホンマモンの芸を見せる大阪芸人がまた一人減ったことは、大変残念ですね。
2007/6/6(水) 午後 11:19
私は、関西以外の人にも広げるように私のブログに転載しました。関東の(方には、松竹新喜劇の時代のことを知っているかもしれません。
2007/6/9(土) 午後 5:20
ぶどうさんコメント&転載ありがとう!なかなか関東の方には理解してもらえないでしょうね〜。TVに出ているだけが芸人ではないですよね。
2007/6/14(木) 午後 10:49