おおさかのそ〜しゃるでもくらっと

不公平、不公正な社会はアカン!弱くて小さな声を聞き漏らすまいと耳を傾けることが、社民主義だと僕は思う。

旧蹟名所巡り

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橘寺とは、奈良県高市郡明日香村橘にある天台宗「仏頭山上宮皇院橘寺(菩提寺)」の通称であります。新西国三十三ヶ所第十番霊場。この場所は、聖徳太子誕生の地と伝えられており、推古14年(西暦606)聖徳太子が推古天皇のために『勝鬘経(しょうまんぎょう)』を講ずることを命ぜられた際に、天が蓮華を降らせた奇瑞にちなんで創建されたと伝えられています。天武10年(西暦681)に被災した後は、長きにわたって衰微していたようですが、元治元年(西暦1864)以降に再興され現在に至っています。承暦期(西暦1077〜1081)には、宣旨によって寺宝の玉虫の厨子・金銅四十八体仏などを本寺である法隆寺に移しました。
ちなみ“橘(たちばな)”という地名の由来は『日本書紀』によると、11代垂仁天皇の御世に、天皇の命を受けて、常世の国へ不老長寿の薬を求めに向かった「田道間守(たじまもり)」が、艱難辛苦の末に秘薬を探し出してヤマトの国に持ち帰った時、すでに天皇は崩御されていました。このとき「田道間守」が持ち帰ったものを、〔非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)〕といい、この実を現在の橘周辺に蒔いたところ、やがて芽を出したのがミカンの原種である“橘”であったので、その場所を“橘”と呼ぶようになったと伝えられています。
「田道間守」は、黒砂糖を持ち帰り橘とともに薬として用いたので、後に蜜柑・薬・菓子の祖神として崇め祭られるようになりました。菓子屋に橘屋の屋号が多く用いられるのは、この縁によるものである。(橘寺案内より)

決して大きな境内ではありませんが、静かな佇まいの優しげなお寺であります。

近くには史跡「川原寺跡」もあります。

ちなみに“橘”は、明日香村の「村花」でもあります。

ちなみに、明日香村村議会(定員10名)には2人も日本共産党の議員がいます(^^)

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閉じる コメント(2)

そしあるさん!今晩は〜^^♪私は神社が好きです〜!
お寺さんって感覚が違うでしょ!でもココは一瞬神社かと思いましたぁ♪奈良は詳しくないので、案内してほしいですぅ!なおちゃんはどっちが好き〜?

2007/11/30(金) 午前 0:41 sayumin

さゆみさんコメントありがとう!歴史のある神社仏閣はいいモンです(^^)。奈良は、華やかさは京都に譲るものの、厳かな雰囲気では京都を上回るのではないかと個人的には思ってます。古代ロマンと絡めながら、奈良旧所名跡の紹介もやっていきたたいと思います!

2007/11/30(金) 午後 11:32 そしあるぼうい


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