|
政権が変わり、沖縄基地問題が改めてクローズアップされていますね。 アメリカ駐留軍の普天間基地移設はまさに迷走してるといえます。 憲法の縛りもあって、日本は国連憲章が容認する「防衛力(自衛権)」以上の軍隊をもつことはできません。 ところが、日本に駐留する米軍は明らかに攻撃力を保持します。憲法の規定外の日米安保は個人的には問題があると思っております。しかしながら、今すぐ日米安保を破棄して日本国内から駐留米軍を撤退させることができるでしょうか。できるわけがありません。だって日本政府には自前の「防衛政策」がありませんから。 日米安保云々その前に日本政府は防衛(自衛)政策を自前で纏めるべきではないでしょうか。防衛政策=戦争政策、という観念論が先走りして論争の入ることさえできてません。たとえば、右派なら米軍との連携を考慮した防衛政策、左派なら米軍抜きの防衛政策をしっかり語るべきでだと僕は思います。 防衛政策抜きの安保云々は無責任です。 アメリカに対等を求めるのならそれなりの政策を示すべきです。 沖縄の基地が、米国にとって先制攻撃の最前線基地なのか、それとも防衛ラインの最前線基地なのか。日本政府はアメリカの意思をもっと確認するべきです。 感情論で防衛政策を語ることは戦前と何ら変わりありません。立ち位置をかえただけで、左派の防衛論(論といえないかもしれません)はまさに感情論です。戦争をしないこと、戦争をさせないこと、もしものことを考えることは別問題なのにもかかわらず、ごちゃ混ぜになっています。 次の総選挙まで3年あります。カネ(税金)の問題にかすみがちな防衛政策を各党は政権公約に織り込むべきだち思います。
|
外交・国防・国際情勢
[ リスト ]



防衛政策とは、兵站の維持・日本海側の原子力発電所を考慮した上で物事を言うべきものです。
それすらないのですから、防衛政策等と言った所でそれは、単なる対処療法でしかありません。
仮想敵国をロシア・中国とするのなら(右翼はそういっていますが)それ以上の武力を持つか、同等の武力を持った用心棒を持つかでしょう。
しかし、それは、仮想敵国と言う枠組みで考えた場合です。
日本が貿易国家として生きるしかないのであれば、【戦争・紛争】そのものが不利益ですから、仮想敵国自体を味方、あるいは相互安全保障体制を構築する方が利益と言う他ありません。
【もしも】の時の事を考える前にする事があると考えますね。
さらに言えば、【もしも】の時を考えるのなら、自衛隊だけでなく、一般人も殺す殺されるという関係甘受する事を前提にする必要があるという事です。
それを感情論だというのであれば、【もしも】と考える事自体成り立たないと思いますが・・・。
2009/12/28(月) 午前 11:49 [ ここに地果て海始まる ]
saguresさんご無沙汰です。コメントありがとう!
防衛論議を尽くさずに防衛政策を実行してきた結果、政権が変わった途端あたふたしてると僕は思います。
仮想敵国を想定することは専守防衛であるのならある程度必要だと思います。
防衛論≠戦争論。だと思ってますので、防衛論である限り対処療法であるのは致し方ないとも思います。究極の理想は、戦争をすることのない平和の地球国家になることですが、今現在そのような世界ではありませんので。
日本が貿易国家として、というのも変化し得るのでそのたびにやはり防衛政策は必要だと思います。
戦争をしないこと(憲法9条で実現中)、戦争をさせないこと(外交問題、外交努力)、もしものこと(防衛政策)、だと考えますがどうですかね。もしものことを考えることが感情論というのではなく、この3つをごちゃ混ぜにしてしまうことに問題があると僕は思うのですが。
2009/12/28(月) 午後 0:24
>ブログ主様
こちらこそ、ご無沙汰しています。
まず、仮想敵国を想定するというのは、大きな枠組みで対立構造を考えるという事になろうかと思いますが、その仮想敵国自体、どこにするのか?と言う議論はとんと聞きません。同盟関係が長いから?政治システムが似ているから?という理由だけで、違うから仮想敵国だ!!というのは短絡的すぎると思います。
さらに、前コメントで申した通り、専守防衛すら出来ない要素があるという事です。専守防衛とは、侵略に対してのものですよね?だとするなら、侵略側から物事を考えれば、日本を侵略するのは容易と言う他ありません。
テロに見せかけてやれば良いだけの話です。
現状がそのような世界ではないというのは丸山のいう“現実追随主義”でしかありません。
2009/12/28(月) 午後 2:44 [ ここに地果て海始まる ]
3つの事をごちゃ混ぜにするという事の弊害はあるでしょう。しかし、最後の“もしも”という事の中身と誰が責任を持ち、誰が実行し、誰が被害に遭うのか?という事を避けては通れないでしょう。自衛隊がやるから大丈夫等と言えますか?という事です。
さらに、【もしも】の時には、戦争をしない事・戦争をさせない事が破断しているという事ですよね?そんな【もしも】の時の為に約5兆円も出しているのは妥当なのでしょうか???
国連憲章には、個別的・集団的自衛権の行使は、侵略行為が行われてから国連決議がなされる間だけに有効であって、それ以外に関しては自衛権=侵略行為とされる危険性があるという事も含まれています。
つまり、これらを考えれば、防衛政策というものを考える事自体への予算と労力は見合っているのか?有効性はあるのか?という事です。
なまじ、自衛隊という暴力組織があり、アメリカの攻撃力が展開している為に軍拡的要素をぬぐい去れないとも言えます。
私からすれば、【攻められる】事におびえている子どもにしか思えないんですよ、防衛政策自体が。
2009/12/28(月) 午後 2:45 [ ここに地果て海始まる ]
sagures1さんコメントありがとう。
現在の日本の仮想敵国は、北朝鮮がまず浮かびますね。
専守防衛の国家がすべて侵略し易いわけでもないでしょう。防衛を怠っている国家でなくても、大国や無法国の侵略をうけることはよくあることです。
3つのことを整理整頓していないことはやはり問題があると思いますよ。もしもの時に5兆円をも予算を捻出していることの妥当性は、政治的立場によってことなるでしょう。もちろん僕も妥当だと思いません。でもすべて無駄だとも思いません。
また自衛隊が暴力組織というのも僕の認識とは異なります。自衛隊は、合法的な国家組織の一部であります。
攻められることに怯えているのではなく、最悪の事態を避ける方策を事前に考えることが防衛政策であります。
2009/12/28(月) 午後 9:34