おおさかのそ〜しゃるでもくらっと

不公平、不公正な社会はアカン!弱くて小さな声を聞き漏らすまいと耳を傾けることが、社民主義だと僕は思う。

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公明党は創価学会と表裏一体の政党である。

ただ政教分離原則に違反しているのかとゆうとそれはぎりぎりセーフだと個人的には思う。

綱領を読んで感じたことは、政党の綱領とゆうより宗教団体の綱領ってな感じだ。仏法民主主義を掲げていた創立当初に比べれば隔世の感があるが、やはり名残はあるようだ。

政党として、支持者の要求に応えるため政権の一角を担うことは重要だが、どうも公明党は政権を担うことにこだわりすぎている。

「庶民の政党」を標榜するなら、庶民の立場に立つ政党であるべきだ。庶民を苦しめる小泉改革の片棒を担ぐことを速やかにやめるべきだ!

目を覚ませ公明党!


次は共産党です。

新宣言

私達は、新たな志をもってここに結集し、衆参両院議員と全国3000余人の地方議員、30万人の党員が一体となり、新しい「公明党」の旗のもと、我が国政治の新しい潮流として「中道主義の政治」を実現し、21世紀日本の政治を担う中核政党たるべく新たな出発をすることを宣言する。私達は、公明党30余年の歴史を真摯に見つめ、細川・羽田政権での政権担当経験や新進党時代の教訓を生かし、「不断の挑戦」と「大胆な改革」を推進し、国民に開かれ、国民と共に歩む国民政党としてたゆみない前進をしていくことを誓う。
最近は国民とともに歩むのではなく、自民党とともに歩んでいる。
 21世紀を目前に世界も日本も歴史的大転換の渦中にあり、混迷と危機の様相を深めている。
そうです。
冷戦の終結により全面核戦争の危機は遠のいた反面 、核拡散と地域紛争の危険はますます増大している。飢餓、貧困、難民、テロ、地球環境の悪化、世界経済の不安定化等、地球的諸問題は、深刻化の一途をたどりつつある。
確かに。
日本もまた危機的状況にあり、バブル崩壊後の長引く構造不況は、さらに深刻化し、「日本発世界大恐慌 」のおそれすら言われはじめている。急激な少子高齢化の進行も加わり、暗い未来予想図に国民は強い不安を抱いている。
そうかもしれない。
政治の無力と絶望感、希望と夢と信頼の喪失により、国民は不信と不安と不満の深い霧が漂う世紀末的閉塞状況の中に置かれている。
仏教徒なのに世紀末とはこれいかに。
このような状況は、人間が原点であることを忘れ、 人間や人格を手段としてしか位置づけられなかった政治がもたらしたものである。理念なき政治、哲学なき政治の時代は一刻も早く終焉させねばならない。国民は新たな時代への期待をこめて、輝く曙光さす日を心から待ち望んでおり、現状を打破し、力強く改革を推進していく政治の出現を希求している。
国民負担の改革より先ず、政治改革・行政改革をしてもらいたいね。
21世紀の新しい時代には、新しい政治が必要である。私達はそれを「中道主義の政治」と呼びたい。それは、生命・生活・生存を最大に尊重する人間主義 を基調とする政治である。
新しい政治でなくてもかまわない。中道主義は悪く言えば中途半端主義である。人間主義の政治ではなく国民主義の政治であるべきだ。
私達が志向するのは、生活者の政治であり自己実現 と共生の理念であり、ひとりひとりが輝き、人権が最大に尊重される男女共同参画社会である。私達は真に豊かで成熟した信頼性の高い社会の構築をめざす。
それは大切。
私達は、できるだけ小さく効率的な政府を志向し、自助・公助・共助の調和をはかり、市場原理の長所を最大限に生かすと共に、短所を最小限にとどめ補う。 それはまた、従来の日本が追求した追いつき型の発展 、中央集権、官僚依存型のシステムから創造革新型、大胆な地方主権、民間主導型システムヘの転換をめざす。私達はさらに地球市民意識の自覚のもと、国益を 超えて地球益、人類益を追求し、核廃絶と戦争のない世界、真の恒久平和の実現をめざす。
公明党がめざす社会を実現するなら、小さな効率的な政府では無理だ。
それにしても規模が大きすぎるよ。政治は先ずは身近であるべき。
この理念こそ、ぬくもりのある人間的社会を実現し 、世界と日本を蘇生させ、新しい人類文明の夜明けをもたらす光源となることを確信する。 私達は、新しい中道主義の潮流の波頭に立ち、新時代を切り開く使命と責任を自覚し、「人間の中へ、暮らしの中へ」を合言葉に前進する。私達は、是々非々でキャスチィングボートを行使するだけの役割にとどまるものではない。私達は、日本の政治を根底から作り変え、信頼と希望に満ちた新しい日本を創造しゆく中道政治の「新しい結集軸」となることをめざす。
なんか言い訳してうような感じが。。。
また、価値観の多様化が進行しつつある現代にあっ ては、多数決原理を民主主義の基本としつつも、アカウンタビリティ(「説明責任」)を重視し充分な情報公開、情報提供と対話をすすめ、基本問題については国民的合意を形成してゆく「多様性の中の統一」のアプローチが重要である。私達は、このような視点に立って国民的合意の形成とそれにもとづく改革の推進のために、能動的、創造的、中核的役割を果たすことを誓う。
イラクへの自衛隊派遣、改正教育基本法に対する賛成、共謀罪への同意、公明党は支持者への説明をも果たしていないのでは?自衛隊の海外派遣に慎重で、現教育基本法にも敬意を払い、共謀罪は戦前の弾圧の経験から反対のはずなに、なぜに賛成にまわったのか。
21世紀の日本の命運と国民生活の将来が、いまや日本の政治の質そのものにかかっていると言えよう。政治の質を高めないかぎり日本に未来はない。
その通り。
古い政治を打破し、新しい政治を確立するためには 、まず、なによりも政治家自身の改革から出発しなければならない。新しい時代の政治家に求められるものは、先見性、政策立案能力、実行力、コミュニケーション能力、高い倫理観が特に重要である。
その通り。
私達はまず自らの政治姿勢を厳しく律し、研鑚と努力を重ね、国民の信託に応えられる政治家をめざすことを誓う。
そうあって欲しいですね。
私達はノーブレス・オブリージュ(「高貴な義務」)を深く自覚し、旧弊を排し、清潔で公正な政治を果断に実行する。さらにまた私達は、党の政策活動、広報活動、日常活動を抜本的に強化し、どこまでも地域密着型、国民生活密着型の政党として、広く、深く、国民の中に根を張ることをめざす。

闇が深ければ深いほど暁は近い。混迷と危機はまた 、改革と創造の絶好の機会でもある。今、私達はここにひとつの新しい政党の出発ではなく、日本と世界の 信頼と希望の誕生を見る。

高く帆をかかげ、風をはらんで新世界をめざした大航海時代の先駆者達のごとく、夢と理想を国民ひとりひとりのものにするために私達は政治の海原を波濤を越えて進みゆく。

私達はどこまでも「大衆とともに語り、大衆とともに戦い、大衆の中に死んでいく」との永遠の指針を原点とし、庶民の心を心として、国民とともに、世界の市民とともに、堅いスクラムを組んで新しい未来を創造するため全力を尽くして戦い抜くことを、ここに厳粛に宣言する。
「大衆とともに語り、大衆とともに戦い、大衆の中に死んでいく」この部分をより肝に銘じてもらいたものです。それにしても、政党の綱領宣言としては規模が大きすぎる。

公明党綱領考察−7−

七、民衆への献身とオピニオン・リーダー

政治は、可能性追求の技術です。従って、われわれは、高き理想の追求と冷徹なリアリズムに徹する姿勢とを共に持ち、「現実」と「理想」の両立を図る架橋作業に努めます。また、これを可能ならしめるための、積極的な行動と提案・提言活動を行っていく創造的なオピニオン・リーダーとして、絶えざる自己革新を求めていくものです。
政治=技術なんて考えてるのはどうかな。理念と現実の調整は難しいですが、最近の公明党は現実主義にはしりすぎているような気がする。
われわれは、いかなる時代、いかなる社会にあっても、「大衆とともに語り、大衆とともに戦い、大衆の中に死んでいく」との誓いを貫き、常に民衆の側に立つことを信条とします。われわれが内に求め、行動の規範とするのは、高い志と社会的正義感、モラル性、強い公的責任感、そして民衆への献身です。これこそ公明党議員が身上とすベき特質です。また公明党が政党としての人格的信頼を勝ち得ていく道です。この政党としての人格的信頼を国民・社会の中に勝ち得ていくことこそが党発展の要諦です。
だから竹入元委員長、矢野元書記長を聖教新聞であれほどこき下ろすんかな。
公明党」は、庶民の中から誕生した「庶民の党」であり、何よりも庶民の喜びや悲しみを共にする中にこそわが党の存在性があります。われわれは、この「庶民の党」としての名実を何よりの誇りとし、草の根の庶民大衆とともに日本と世界の希望あふれる新たな地平を切り拓くベく力強く前進するものです。
近頃の公明党は必ずしも“庶民の党”ではない。
沿革 (平成六年十二月五日決定)
(平成十年十月二十四日一部改正)

公明党綱領考察−6−

六、草の根民主主義の開花と地方主権の確立

われわれの前身である旧公明党は、地方議会から出発し、草の根民主主義の確立と住民福祉の向上を追求してきましたが、この伝統を受け継ぐわれわれは、中央集権体制の変革、すなわち自立と参加による「地方主権の確立」をめざしていくものです。
公明党は国でも地方でも与党になることに固執しすぎてる。
地方自治は、民主主義の学校であり原点です。住民の暮らしにかかわる事柄は住民自らが決定する――これが地方自治の本旨であり、この自治の精神がなおざりにされるならば、民主主義の発展はあり得ません。しかし、わが国においては、明治以来の中央集権体制のもとで、地方は画一化を要求され、自治体の自主性は阻害されてきました。戦後、日本国憲法と地方自治法の制定によって地方分権が制度としては保障されたにもかかわらず、それを具体化するための中央政府からの権限移譲や事務の再配分、地方財政の抜本的強化が一向に進まず、今なお中央集権構造が続いているのが現実です。
確かにそうです。
地方主権の確立とは、地方分権を徹底することにより、地域の多様性、自主性を尊重し、地域と住民の暮らしにかかわる問題を地域自らが決定できる仕組みにすることです。そのためには権限や財源を、国から都道府県へ、さらに市区町村へと、より身近な自治体に移していくことが不可欠です。地方主権のもとで、多様な住民ニーズと地域の特性を踏まえた個性的な自治体行政の展開が必要です。
確かに。
住民にとって最も身近な政府である自治体に十分な権限と財源が存在し、政治と住民との間の距離が小さくなれば、民主主義の理念は生きいきとし、地域文化は活性化し、住民は豊かな暮らしを実感できるようになります。この姿こそ、われわれの目指す地方主権の政治・社会像です。
地方分権は大切です。

公明党綱領考察−5−

五、世界に貢献する日本

今日、わが国は「経済大国」となり、また世界一の「債権大国」ともなっています。従来におけるような日本のみの平和や繁栄を求める自国本位主義はもはや許されるところではなく、その経済力や国際的地位にふさわしい「世界の中の日本」の役割を果たすことが求められています。
一国平和主義には限界があるような条文ですが。。。
無資源国であり、また第二次大戦で壊滅的な打撃を受けたわが国が、今日の繁栄を築くことができたのは、国民の努力に負うものですが、同時に、平和と自由貿易をもってわが国を支援してくれた国際社会の恩恵に負うところ大であります。この意味で、わが国は「世界あっての日本」との意識を深く持つべきであり、従って、自国の経済的利益追求のみを考えるのではなく、利他の精神に立って、自覚的に全人類の利益、全世界への貢献を求めていくベきです。すなわち、「日本の繁栄と世界の繁栄の一致」を目標とすべきです。
何度も言いますが規模が大きすぎるよ。
わが国は文化的に、東洋と西洋の接点、南の発展途上国と北の先進国との接点に位置し、「東西」「南北」の橋渡しをすべき「世界の十字路の国」の立場にあります。この点からも、わが国は、世界の繁栄と平和で公正な国際社会をめざし、国連中心主義の立場に立って国連を改革し、国連の役割強化を図るとともに、国連とわが国との連携強化を軸にした平和の確保や軍縮、緑の回復など地球環境保全、南北問題の解決などに積極的な役割を果たすべきです。
わが国は文化的に、東洋と西洋の接点、南の発展途上国と北の先進国との接点に位置してないと思うんやけどね。

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