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完成された美というと、西洋のビーナスみたいなものを思い浮かべるが 自分の心の中に、「美」というと、自然と思い浮かんでくる姿がある。 それが http://livedoor.blogimg.jp/umisakamoto/imgs/6/c/6c595d3a.jpg
弥勒菩薩半跏思惟 http://umilog.livedoor.biz/archives/51571713.html こちらの像である。 なにか、こういうものに縁があるのか 仏像はとても身近に感じる。 これは、国宝第1号の 広隆寺の 「弥勒菩薩」様。 正確には、「弥勒菩薩半跏思惟」像。 「はんかしい」像と読む。 台座に腰掛け、左足を垂らし、右足は左の脚に乗せて、右手を軽く頬にあてた姿の仏像の こと。 言葉の説明や、仏像の説明は、単語でいくらでもできるだろう。 このすばらしさは、見た瞬間、言葉の範疇をすべて飛び越え、深い感慨へ 引っ張り込まれて しまうことだ。 言葉を超える、つまり 説明ができない範疇に入ってしまう。 圧倒的な美しさに、言葉を失う。 最初に見たのは、教科書でだった。 あの、小さな版の教科書の写真ですら、この仏像は、自身の姿により、その美しさを 説明していた。 子どもはまだ神様に近いので、美しいとか、穢れがないとか、愛情に満ちているとか、 そんな 神に近い領域は、すぐにわかってしまう。 そんな時分に見て、いつまでも頭に焼きついているのが、この像である。 顔の表情と、体の輪郭のやわらかさ。 「慈悲」というものが形になっているなら、こういうものなのではないかと感ずる姿である。 日本の宝といってしまえば、その言葉がたちどころに陳腐になる、そんな尊厳に満ちた 忘れることのできない像なのである、 |
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すばらしい、写真画像と文章ですね。
傑作です。
2010/6/15(火) 午後 10:03
庭山行政書士事務所 様
ご訪問、ありがとう。
美しい像でしょう? 一度見てから、忘れられません。
2010/6/16(水) 午前 8:15 [ SPARTI ]