SPARTIのブログ

日本人としてできること

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敷島の




あるかたが 教えてくださいました。

ある国の民の 心もちを 詠った歌だそうです。


  しきしまの大和心のををしさは 

ことある時ぞあらわれにける    






明治天皇は、大和心の勇ましさは、この国に一大事が起こった時に現れる 

と詠われたそうです。



私は この歌を知って とてもうれしかった。





武士道」という書がある。
著述されたのは 1899年 (明治32年)。
この時、著者の新渡戸稲造博士は 三十八歳、病気療養のため、アメリカ滞在中であった。
日清戦争と日清戦争のはざ間にあった この年、博士が、日本道徳の価値を
広く世界に向けて書き記したのがこの書である。
この本は、発刊後、世界の世論を刺激し、多くの国の言語に翻訳され、二十刷近くを重ねている。
日本人とは何かを知る1つの糧として、本書を少しずつ紐解く。


武士道
日本の魂  −日本思想の解明−


数十年前、私はベルギーの法学大家故ド・ラヴレー氏の歓待を受け その許(もと)で
数日を過ごしたが、或る日の散歩の際、私どもの話題が宗教の問題に向いた。
「あなたのお国の学校には宗教教育はない、とおっしゃるのですか」
と、この尊敬すべき教授が質問した。
「ありません」と私が答えるや否や、彼は打ち驚いて突然歩を停め、
「宗教なし! どうして道徳教育を授けるのですか」と、繰り返し言った その声を
私は容易に忘れえない。
当時この質問は私をまごつかせた。私はこれに即答できなかった。
というのは、私が少年時代に学んだ道徳の教えは 学校で教えられたのではなかったから。
私は、私の正邪善悪の観念を形成している各種の要素の分析を始めてから、
これらの観念を私の鼻腔(びこう)に吹き込んだものは武士道であることをようやく見いだしたのである。

この小著の直接の端緒は、私の妻が、かくかくの思想もしくは風習が
日本にあまねく行われているのはいかなる理由であるかと、しばしば質問したことによるのである。

私はド・ラヴレー氏ならびに私の妻に満足なる答えを与えようと試みた。
しかして封建制度および武士道を解することなくんば、現代日本の道徳観念は
結局封印せられし巻物であることを知った。
長病いのため止むをえず無為の日を送っているのを幸い、家庭の談話で私の妻に与えた答えを
整理して、いま公衆に提供する。
その内容は主として、私が少年時代、封建制度のなお盛んであった時に教えられ語られたことである。

一方にはラフカディオ・ハーンとヒュー・フレザー夫人、他方にはサー・アーネスト・サトウと
チェンバレン教授の控えている間にはさまって、日本に関する事を英語で書くのは全く
気のひける仕事である。
(中略)

この著述の全体を通じて、私は自分の論証する諸点をばヨーロッパの歴史および文学からの類例
を引いて説明することを試みた。
それはこの問題をば外国の読者の理解に近づけるに役立つと信じたからである。
(中略)

この序文を終るにあたり、私は友人アンナ・シー・ハーツホーンに対し、多くの有益な注意を
与えられしことについて謝意を表したい。

一八九九年十二月
                   ペンシルヴァニア州マルヴェルンにて   新渡戸稲造 


画像:  新渡戸稲造博士と萬里子(まりこ)夫人


出典
『武士道』 新渡戸稲造 著   矢内原忠雄 訳



陰影礼賛



むかしの日本には、昼間でも しんとした静けさと、そして 家の中に なにかしらの
闇があったような気がする。

闇といっては大げさなのだが、何かしらの陰というか、暗い部分、
そういうところが 必ず存在していたように覚えている。

記憶のすみにあるのは、日が当たる部分の健全な光である、その部分を包む暗部であり、
全体としての 落ち着いた明るさである。

家の中でも闇を感じ、外に出ては、日の光で明るさ を感じた。


http://bright69.way-nifty.com/photos/landscape/p5030137a.JPG


不思議なことに、空間の広さは、明るさで決まるのではない。
日のかげりによる暗さのグラデーションで、その幅が演出され、それが奥行きとなって 視覚的に測られる。
残念なことに、明るいだけだと ペタンと平面的にしかならない。


http://www.a-yarn.com/photos/uncategorized/2007/10/17/akari.jpg


このように、少しの隙間からでも、平等に光は入ってこようとする。
入るすべが限られる光は、このように拡散しながら 闇の中に入ってくる。

日常で得ることができる、光の美である。
こうした情景は、かつては どこにでもあった珠玉の風景である。


http://kenjiro.blog.ocn.ne.jp/photos/uncategorized/2007/12/25/200.jpg


闇は、常に自然の中にもある。
夜の闇は特に 暗い。

夜に真っ暗闇の山に入ることになった。
そのときに、言われたのは、こういうことだった。
「暗いからと、騒ぐと見えなくなる。じっとしていなさい。
目がなれてくる。目がなれると、光のない暗闇のほうが 人間はよく見えるのだ」

10分ほどで、暗闇に目が慣れると、
暗さの色が落ちていき、暗さの中にある物体の明るさが浮き上がってきた。

谷崎潤一郎が 「陰影礼賛」と たたえるのも、うそではないのだなと思った瞬間である。


闇がある。
暗闇が、その空間の中に存在するものを 覆い尽くす。
光が存在する。
闇の中に、光がともされる。
闇から、物体が少しずつ姿をあらわす。

ゆっくりゆっくり。
闇の存在と、内在する物体の存在の 対比。
混ざり合いながら、目でしだいに認知できるようになり
物体が姿をあらわす。

2010/06/16

Re-Cool 出航 SASURAI

人間のからだには、「免疫」という働きがある。
からだの中で、異物とされるもの ― 病原体やがん細胞など ― を見つけ出し、殺滅することで
生物体を、病気から保護する機構のことである。
今、ゲノム解析 (遺伝子の読み解き) が進み、この免疫機構についても、解明が進んできている。

日本の免疫学者に、多田富雄氏という人がいる。
ユング派の心理学者として名高い 河合隼雄氏と対談したことが、以前あった。
その対談で、「自己」 の受取りについての、免疫学と心理学での違いについて、
こんなふうに示されていた。


河合: 
心理学のほうでも 自己ということが問題になるわけですが、そのときに普通一般に考えられている
よりは、自己というものを相当広くかんがえざるを得ない。
文科系の人だったら だいたい みんな自己というか 自分のことを考えているわけですね。
われわれが一番衝撃的に感じるのは、自己というのは脳で判定しているのではないというところです。
それでまずギョッとするんじゃないかと思いますね。

多田:
身体的な自己というものがあって、それは免疫のほうではもう、ここ数十年来、問題になっているわけです。
もともと、免疫というのは自己を守るシステムであるという、そういう規定ですから、非常に堅固で、遺伝的
に決定されている自己というものがあると考えていたのですね。
ところが免疫の気功がだんだん解明されてきますと、どこまでが自己でどこまでが非自己なのかわからなく
なってしまう。
だから 非自己は自己の延長線上にあって、自己もまた非自己と取り替えが可能という、そういうことになって
きますね。

多田:
(人間の体の構成成分などを考えますと) 人間というのは 99.99%以上同じ物質で出来ているわけですね。
0.01%以下のものが違うだけなんですけど、そればっかりの違いに対して あれほど不寛容であるという。

多田:
その0.01%以下の違いというのが、非常に少ない数の分子に集まっているわけですね。
それがHLA抗原と呼ばれているもので、HLA抗原の微細な違いで、自己と非自己を識別しているというのが
従来の考え方なんですね。今はそれだけじゃすまなくなってきたんですけど。

河合:
(0.01%の違いは視覚的に見分けられないが、免疫はその識別力をもっている。にもかかわらず)
そのシステムが堅固なシステムでないというのは、本当に不思議なことですね。

多田:
ええ。通常は、少々の違いぐらいは受け入れながら、共存関係をつくるというのが、どうも
もともとの免疫の目的だったらしいんですね。
ですけど ある特別な条件下、たとえば臓器移植みたいな状態ですけれども、その場合には
非常に鋭敏に、しかも不寛容に排除してしまう、そういうことになるんです。

河合:
たとえば思想的に異質なものが入ってくる場合、自分の考えと全然違う考えを聞いた時に、
われわれはそれを受け入れて変わる時と、排除する時がありますよね。
私の持っている思想体系が非常に堅固に反応を示して、ものすごく いやがる時と、けっこう
ほいほい入れる時がとあるわけでしょう。 そんなとこの感じもよく似ていますね。

多田:
だからまるっきり違うものに関しては むしろ寛容になって、ここだけは受け入れられない というところ
に対しては とでも不寛容になるのですね。

河合:
その、ここだけは というとこが面白いですね。





これに続いて、話題は、「自己」と「非自己」を識別するのが 『胸腺』であり、免疫機構が胸腺を中心に
関連づけられることへと進む。 とてもおもしろい対談である。

これは、本になっている。

●河合隼雄 「河合隼雄対談集  こころの声を聴く」 7 ×多田富雄   新潮社
●多田富雄 「免疫の意味論」 青土社


2010/06/16

静から生まれるもの



完成された美というと、西洋のビーナスみたいなものを思い浮かべるが
自分の心の中に、「美」というと、自然と思い浮かんでくる姿がある。

それが

http://livedoor.blogimg.jp/umisakamoto/imgs/6/c/6c595d3a.jpg
弥勒菩薩半跏思惟  http://umilog.livedoor.biz/archives/51571713.html


こちらの像である。


なにか、こういうものに縁があるのか
仏像はとても身近に感じる。

これは、国宝第1号の 広隆寺の 「弥勒菩薩」様。
正確には、「弥勒菩薩半跏思惟」像。 「はんかしい」像と読む。

台座に腰掛け、左足を垂らし、右足は左の脚に乗せて、右手を軽く頬にあてた姿の仏像の
こと。

言葉の説明や、仏像の説明は、単語でいくらでもできるだろう。

このすばらしさは、見た瞬間、言葉の範疇をすべて飛び越え、深い感慨へ 引っ張り込まれて
しまうことだ。
言葉を超える、つまり 説明ができない範疇に入ってしまう。
圧倒的な美しさに、言葉を失う。


最初に見たのは、教科書でだった。
あの、小さな版の教科書の写真ですら、この仏像は、自身の姿により、その美しさを
説明していた。

子どもはまだ神様に近いので、美しいとか、穢れがないとか、愛情に満ちているとか、
そんな 神に近い領域は、すぐにわかってしまう。
そんな時分に見て、いつまでも頭に焼きついているのが、この像である。

顔の表情と、体の輪郭のやわらかさ。
「慈悲」というものが形になっているなら、こういうものなのではないかと感ずる姿である。

日本の宝といってしまえば、その言葉がたちどころに陳腐になる、そんな尊厳に満ちた
忘れることのできない像なのである、



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