スピードスターの気楽な一日

お蔭様で7/20付で通算1,000更新達成致しました、御礼申し上げますm(__)m

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

広島・森笠、横浜へ金銭トレード=プロ野球

 広島の森笠繁外野手(32)が金銭トレードで横浜へ移籍することが決まり、17日に両球団が発表した。 
 森笠は1999年、ドラフト4位で関東学院大から広島入り。10年目の今季は若手外野手の台頭などで40試合の出場にとどまった。今季、フリーエージェント(FA)権を取得したが、トレードでの移籍を模索。左打者の補強を目指す横浜と、出場機会を求める本人の思惑が一致した。 
 森笠は広島球団を通じ、「10年間お世話になり、育ててもらった広島に感謝している。横浜では新たな挑戦の気持ちで、広島と優勝を争えるよう頑張りたい」とコメントした。  
〜スポーツナビ〜

 これはもうカープの(琢朗さんの移籍による?)温情に感謝ですねm(__)m

 「センター金城」、「ライト吉村」で来季も行ければ良いですが、金城も今年のような状態だと非常に心配ですし、吉村もムラがありますからね…。

 レフトは初めから固定できないと思いますし、巧打の森笠の加入は大きなプラス要因だと思います。
伝説の走塁!サヨナラ!ナベQアジアNO1!…アジアシリーズ
2008年11月17日(月) 8時0分 スポーツ報知  

 ◆アジアシリーズ決勝 西武1x−0統一(16日、東京ドーム) ナベQ西武が統一(台湾)にサヨナラ勝ちし、初のアジア王者に輝いた。0−0で迎えた9回2死一塁、佐藤が中堅左へヒットを放つと、守備陣の一瞬のスキを突いて一塁走者・石井義が一気に生還。1987年、巨人との日本シリーズの“伝説の走塁”をほうふつとさせるビッグプレーで、ロッテ、日本ハム、中日に続き日本勢大会4連覇を決めた。西武は優勝賞金5000万円を獲得。MVPには、サヨナラ二塁打を打った佐藤が選ばれた。

 激走の向こうに栄光のホームが待っていた。0−0の9回2死一塁。6番・佐藤の放った打球が左中間で弾んだ瞬間、一塁走者・石井義は全速力で二塁を蹴って三塁へ向かった。センターからの返球を受けた遊撃・荘景賀が送球にもたついている。これを見た清家・三塁ベースコーチは迷わず腕をぐるぐると回した。「清家さんがいつ止めるのかなと思ってたけど。とにかく全力疾走しました」と石井義。グラウンドにナインが飛び出してきた。常勝レオの記憶を呼び覚ます鮮やかな走塁でサヨナラ勝ち。「ファイナルという最高の舞台で最高のゲームができた」渡辺監督がアジアの頂点をつかんだ。

 87年、巨人との日本シリーズ第6戦で見せた「伝説の走塁」の再現はアジアシリーズが始まる前から狙っていた。指揮官はシリーズ開幕前のミーティングで「送球に甘さがあるからそこを突こう」と伝えていた。当時選手だった清家コーチは「スピード感があったし、ふわっとした返球。100%行けると思った」と振り返った。石井義はクライマックス・シリーズの前に87年の日本シリーズのDVDを購入し、辻の走塁シーンを記憶の片隅に残していた。「西武の伝統だからね」と指揮官。延長突入か、という土壇場でスキのない獅子のDNAがよみがえった。

 日本勢としてアジアシリーズ4連覇を成し遂げただけではない。台湾のチームを下して優勝したことに意味があった。99年から3年間、選手兼コーチとして台湾で第2の野球人生をスタートさせた渡辺監督は「台湾のチームと最高の舞台で最高の試合ができたことがとてもうれしい」と感慨に浸った。自ら現地語を学んでチームに溶け込み、教え子たちからは「トゥーペン(渡辺の現地語読み)」と慕われた。「それまでは感性で野球をしていたのが、レベルの落ちる選手に一から教えることで自分にとってもいい経験ができた」リーグ優勝から数えて4度目の胴上げ。実際に指導した統一の教え子たちの前で12度、指揮官は宙を舞った。

 昨秋、25年ぶりのBクラスに転落したチームを預かった指揮官は「3年後に強いチームに、と思っていた。西武の遺伝子を残していくのがオレの仕事」と話していた。しかし、若獅子たちの成長は想像をはるかに超えた。谷底から頂点へ猛スピードで上り詰めた「渡辺西武」の1年は鮮やかに幕を閉じた。

 ◆急造ショート荘・本塁突入無警戒 ○…西武に緩慢な中継プレーを突かれ、サヨナラ負けを喫した。一塁走者の本塁突入に無警戒だった遊撃の荘景賀は、シーズン中は投手兼一塁手。本来の遊撃手2人の離脱が最後に響いた。連投の先発・アルバラード、4連投の曽翊誠らで執念の継投を見せたが、打線にあと1本が出ず。台湾勢初の優勝を逃した呂文生監督(45)は「今大会の反省点をまとめ、今後に生かしたい」と悔しそうに振り返った。

 ◆1987年日本シリーズでの西武の好走塁 西武3勝2敗で迎えた第6戦。2−1の8回2死一塁、秋山が中前安打。中堅手・クロマティの緩慢な守備と、遊撃手・川相への中継プレーのスキを突いて、一塁走者・辻が一気に生還。これが貴重な追加点となって3−1で勝利し、日本一に輝いた。

【関連特集】
  中田翔特集 
  田中将大特集 
  斎藤佑樹特集 
  星野JAPAN特集  
 
[ 11月17日 8時0分 更新 ] 
〜スポーツ報知〜

 昨日の「アジアシリーズ決勝」も劇的な展開だったようですね!

 なんで地上波中継しないんだよ…、西武の主力が出ないから?

 9回2死から「伝説の走塁」が再び!

 統一の外野からの返球が時に緩慢になること、ショートが急造であること、すべて研究済みだったようです!!

 あの当時はサードコーチャーが伊原コーチで、引き継いだ清家コーチは「試合に出ていた」側。

 そういう相手の隙を見逃さない緻密な野球が伝承されているということですね!


 西武ライオンズ初のアジアチャンピオン、日本勢4連覇おめでとうございます☆

イメージ 1

プロ野球 16歳吉田えり 関西独立リーグ入団へ
2008年11月17日(月) 13時21分 毎日新聞  


拡大写真  
 プロ野球・関西独立リーグの神戸9クルーズが16日のドラフト会議で吉田えり(16)=神奈川県立川崎北高2年=を指名し、男子選手と一緒にプレーする国内初の女子プロ野球選手の誕生が確実になった。プロ野球は興業であり、話題先行との見方もあるが、吉田は何よりも実力で夢への切符を勝ち取った。関係者は他の女子選手への波及効果も期待する。

 今月2〜4日、神戸市であったリーグのトライアウトで、吉田は延べ8人の打者と対戦。右下手からの80キロ台のナックルボールで幻惑し、無安打に封じた。元阪神投手で神戸の中田監督は「下からナックルを投げるのは難しい。本当に揺れながら落ちるし、おもしろい戦力になる」と評価。「女子にとって野球が見るものではなく、やりたいと思うものになるかもしれない。吉田にはそんな選手の目標になってほしい」

 1950年に始まった国内の女子プロ野球は、一時は20チーム以上もあったが、資金難や興業トラブルなどを理由に、わずか2年でアマチュア化された。男女の雇用機会均等が叫ばれる中、91年に野球協約が改正され、プロ野球への女子選手の参加がOKになり、プロ球団の入団テストを受ける選手も現れた。

 女子選手について、体力面の不安や危険性を指摘する声はある。ただ、今回のトライアウトにソフトボールの実業団トップクラスの選手が参加するなど、女性にとって潜在的な関心は高い。吉田の活躍いかんでは、運営面で独自性を追求する独立リーグが、女子選手の思いを実現する場として定着する可能性はある。【井沢真】

 ■関西独立リーグ 四国・九州アイランドリーグ、BCリーグに次ぐ国内3番目の独立リーグとして09年4月の開幕を目指す。大阪、神戸、紀州(和歌山)、明石(兵庫)の4チームがあり、今後、滋賀、京都などを加え8チームにする構想がある。1球団が20人のプロ選手と契約し、年間72試合を行う。コミッショナーは石毛宏典氏。

【関連ニュース】
プロ野球:ドラフトで女子高生指名 関西独立リーグ 
関西独立リーグ:女子高生投手が最終選考に残る 
野球:四国・九州IL、新球団が集客に苦戦 
ひと:吉田えりさん プロ野球で女性初のドラフト指名 
野球:関西独立リーグ 16歳女子高生、プロ野球へ 「神戸球団」が指名  
 
[ 11月17日 13時21分 更新 ]
〜毎日新聞〜

 いつかは出現すると思っていた「女子プロ野球選手」。

 普及し出してこんなにも早く早く誕生するとは思いませんでした。

 しかも投手ですよ!

 吉田えり投手は中学までは軟式野球部に所属、高校では諸事情でクラブチームで続けていたとのことですが(川崎北は公立では県内屈指のレベルだし難しいかもしれませんね…)、右のサイドハンドからナックルを操るそうです。

 自分も草野球では投手経験ありますが、持ち球は「抜けるカーブ」に「落ちないフォーク」、「打者の頭へ一直線の棒球直球」(2者連続への頭部死球で非常に怒られましたm(__)m)とナックルなんて投げられる訳がありません…。

 それにしても高野連は未だに女子選手の「公式戦出場」認めてないんですね…。

 「危ないから」とか「体格差」とか色々言われていますが、そろそろ認めても良いのではないでしょうか??

イメージ 1

横浜 三浦がFA宣言「後悔するより手挙げて考えたい」
毎日新聞 - 2008/11/17 17:45
 
写真を拡大  横浜の三浦大輔投手(34)が17日、フリーエージェント(FA)権を行使するための書類を球団に提出した。三浦は「FA宣言イコール移籍ではない」と話し、球団もFA宣言後の残留を認めているが、他球団が獲得に乗り出す可能性が高く、入団交渉が解禁となる20日以降の動向が注目される。

 三浦は書類提出後に横浜市内の球団事務所で会見し、FA宣言した理由について「年齢的にも、他球団の話を聞ける最後のチャンス。(宣言)しないで後悔するよりも手を挙げて、話があれば聞いてしっかり考えたい」と語った。一方で、17年間在籍しているチームへの愛着や感謝も口にし、「移籍もあれば、残留の道もある。気持ちは五分五分」と明かした。今後は米大リーグ球団も含め、「話は全部聞きたい」という。

 球団の村上忠則・チーム運営部門統括は「レギュラーとして体を張って頑張ってきた選手の権利」と理解を示した。すでに残留に向けての交渉は行っており「球団として精いっぱいの誠意は見せた。再度話し合いたいと言ってくれたら、球団側は応じたい」と話した。

 三浦は92年に奈良・高田商高からドラフト6位で大洋(現横浜)に入団。98年は12勝(7敗)を挙げ、チーム38年ぶりの日本一に貢献した。05年には最優秀防御率、最多奪三振のタイトルを獲得。今季は7勝10敗で、17年間の通算成績は124勝122敗、防御率3.51。【山本亮子】
〜毎日新聞〜

 やっぱりFA宣言しちゃいましたネ…。

 こればっかりは選手の権利なので致し方ありませんが……。

 阪神への移籍が濃厚のようですが、「残留の道もある」と言って頂けたのはファンにとっては非常に心強かったです!


 クルーンが去ってからハマスタで最もファンサービスしていましたからね。

 登板がない日は練習後にフェンス越しに1人1人丁寧にサインや記念撮影に応じていた番長。

 貰ったサインを売ったりする「馬鹿者」がいるので最近はサインや記念撮影してくれる選手が少なくなってしまいましたが、もう少し他の選手もファンサービスお願いしますよm(__)m

 ウチは甥っ子が地方に住んでいるので頂いた色紙はいつも送っているのですが、今年はついに番長以外でサインしているのを見たのは金城、内川、山口、小林、野中だけでした。

 自分はハマスタは自宅から近いので年に何回も行けますが、遠方から来られる人もいる訳ですから。


 話がやや脱線してしまいましたが、番長の残留を一ファンとして心から願っております!!

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

オグシオ物語、涙のハッピーエンド 
〜ペア解消の本当の経緯〜 
2008年11月17日(月) 
■熱気に包まれた会場 

2人で戦った9年間が終わった【坂本清】 第62回全日本総合バドミントン選手権、女子ダブルス決勝。コート上には、末綱聡子/前田美順(NEC SKY)と、小椋久美子/潮田玲子(三洋電機)がいた。北京五輪で、日本バドミントン史上初めての4位入賞を果たしたスエマエと、2007年の世界選手権で銅メダルを獲得したオグシオという黄金カードの実現だ。
 館内は、異様な熱気だった。立ち見まで出る2800人の超満員で、コート上の気温が29度まで上がったほどだ。大会前の記者会見でオグシオが、今年限りでのペア解消を宣言。12年のロンドン五輪を目指したい小椋と、今はその気になれないという潮田の温度差が理由だ。つまり、団体戦の日本リーグは残っていても、個人戦としてはこの大会がオグシオのフィナーレ。バドミントンをメジャーにしたヒロインたちの姿を見届けようと、多くのファンが詰めかけたわけだ。

■オグシオvs.スエマエ、熱く冷静な決戦 

気迫を見せる小椋【坂本清】 どちらも、勝ちたい。スエマエには初優勝、オグシオにはこの種目2組目となる5連覇が懸かっている。過去2年、両者はやはり決勝で対戦し、制したのはいずれもオグシオだ。ただ、7月の全日本実業団では、スエマエが完勝。スエマエは、そのままの上り調子で五輪でも結果を残していたから「正直、厳しいかな」(潮田)というのがホンネだった。現にこの大会、スエマエが4試合をストレートで万全に勝ち上がったのに対し、オグシオは準々決勝で日野由希江/小池温子(広島ガス)にあわやの場面があったのだ。小椋の腰痛などもあり、決して万全ではないが「これが最後、1分1秒でも長くコートにいたい」(潮田)という思いをシャトルに込めてきた。


最後の決勝にも、冷静なプレーを見せた潮田【坂本清】 一進一退。「オリンピックの4位が自信になり、コートで相手がよく見える」という前田が強打を連発すれば、潮田が絶妙の前衛力で切り返す。第1ゲームは、ジュースの末25−23でオグシオ。第2ゲーム、末綱が芸術的なネットプレーを見せ、スエマエが19−15とリードする。空気が変わったのは「これはファイナルゲームまでもつれるか……」と、会場がじっくり腰を据えてからだ。コート後方のコーチ席で指示を飛ばした三洋電機・喜多努監督がいう。「4点リードされていても、あの2人はなぜか負ける気がしないんです。勝っていても“これは危ないぞ”と不安なペアもあるんですが、絶体絶命だった準々決勝でも、僕はあたふたしなかった」
 潮田にとっても「不思議な感覚」だった。「リードされても、すごく冷静に相手が見えたんです。急に、スペースが見えるようになった。あとはそこを攻めていくだけでした」と、前田を集中的に攻め5連続得点で逆転。スエマエにとっては「あと2点が早く欲しくてラリーが小さくなり、ミスが出てしまう」(末綱)状態から立て直しがきかず、最後は前田のスマッシュを潮田がクロスのネット前に落として決めた。長いラリー、51本目。劣勢からでも、自らのゾーンに入り込めたのは「これまでやってきたことへの、神様のごほうび」(小椋)か。「ありがとう」と声を掛け合い、抱き合った2人の目から、涙が止まらなかった。

■オグシオから“オグ”と“シオ”へ 

大会史上2組目の5連覇で、最後にその実力をあらためて証明してみせた【坂本清】 それには、こんな訳がある。

「オグッチ(小椋)が、“新しいパートナーと、ロンドンにチャレンジしたい”と言ってくれたんです。4年という長い期間、オリンピックを目指すのはとても苦しく、同じ気持ちを持った2人で戦うことが必要なんですね。ただ私にとっては、現役は続けても今はそういう気持ちになれない。それを知っていたからこそ、オグッチからペア解消を言いだしてくれたんだと思います」(潮田)
 五輪を目指すには、獲得ポイントの高いスーパーシリーズに出場することが早道だ。それには、一定の世界ランキングを維持しなければならず、潮田が“その気になる”まで待っていては、すぐにランキングが下がるわけだ。だから小椋は「それを理解してくれた玲ちゃん(潮田)の気持ちを大事にしたい」と新しいパートナーを求めたのだ。苦しい決断だっただろう。それでも「玲ちゃんがいたから」「オグッチがいたから」ここまでやってこられた。高校時代に初めてペアを組んでから9年、小椋が熱心に潮田を誘い、三洋電機に入社してから7年。もう「復活することはない」(潮田)。だからこその、涙。

「これからは、小椋久美子と潮田玲子という個人として、また一緒に頑張りたいと思います」
 ようやく笑顔になった小椋は言った。最後の個人戦で、ライバルに勝ち有終を飾る5連覇。敗れた末綱の言葉が印象的だ。「オグシオが、バドミントン界を盛り上げてくれた。私たちが強くなれたのも、2人のおかげ」。こんなハッピーエンドがあってもいい。

<了>

■関連リンク
・【写真特集】オグシオ、涙のラストマッチを振り返る (2008/11/16)
・オグシオが大会5連覇を達成! 有終の美を飾る (2008/11/16)
・オグシオがペア解消「目標が変わってしまった」=会見要旨 (2008/11/11)

楊順行
1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして各種スポーツの原稿を執筆。野球、サッカー、バレーボール、バドミントン、卓球など、多数の書籍をプロデュースしている。
〜スポーツナビ〜

 まさに有終の美でしたね。

 優勝という形で終われて凄く良かったと思います。

 お二人の新しい道での御活躍に期待しています!

全1ページ

[1]


.
スピードスター
スピードスター
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30

過去の記事一覧

検索 検索

標準グループ

標準グループ2

ブログバナー

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事