カルデロンさん一家、長女・のり子さんだけ日本残留 3月13日15時45分配信 読売新聞 不法入国で強制退去処分が確定した埼玉県蕨市のフィリピン人、カルデロン・アラン・クルズさん(36)一家3人が日本にとどまることを求めていた問題で、法務省東京入国管理局は13日、中学1年の長女のり子さん(13)にだけ在留特別許可を出す方針を伝えた。 アランさんと妻サラさん(38)については認めず、のり子さんが1人で暮らす環境を整えるまで拘束を猶予する「仮放免」を1か月間とした。夫妻は来月13日、自費で強制送還となる。 サラさんとのり子さんはこの日午前、東京入管に出頭し、9日から収容されていたアランさんとともに入管側と協議。当初は「3人で残りたい」と訴えたが、日本で勉強を続けたいというのり子さんの意思を尊重するため、のり子さん1人が残ることを了承した。 支援している弁護士によると、サラさんの妹家族が蕨市に転居して養育に協力するという。 東京入管は、妹家族らにも話を聞いたうえ、今月中にも、のり子さんに在留特別許可を出す予定で、収容中のアランさんについても、この日、仮放免にした。 ◆いつか再び日本で一緒に◆ 「家族3人で日本にいたかった」。この日、東京入管と協議した後、東京・霞が関の司法記者クラブで記者会見したカルデロンさん一家は目に涙を浮かべ、「いつか再び日本で一緒に暮らしたい」と語った。 のり子さんは制服姿で、目を真っ赤にしながら「3人でいられるわけではないので、うれしい気持ちはありません」と消え入りそうな声。アランさんは娘を1人で残すことについて、「のり子は日本語しかしゃべれない。これまで(学んできたこと)をつぶしたくなかった」と、のり子さんの希望を最優先した苦渋の決断だったことを強調した。 アランさん夫妻は帰国後、マニラの実家に戻る。「自分の国は日本のようには仕事がない。職探しから始めるが、本当に大変になる」。のり子さんとの連絡手段になる国際電話についても「カネの余裕もないんで、そんなに長くはできない」と語った。 一家が3人そろって在留を求めていたことに批判的な声もあったが、のり子さんは「それでも日本はわたしにとって母国で、日本が大好きです」と話した。 一家はサラさんが1992年、アランさんが93年に偽造旅券で来日。日本で生まれたのり子さんは日本語しか話せず、3人そろっての在留を求めていた。しかし、法務省は3人で帰国するか、のり子さんだけ残すか決めるよう求め、この日を回答期限としていた。 同省は今後、夫妻に1年前後で上陸特別許可を与え、短期間、のり子さんと会える方向で検討している。 最終更新:3月13日22時13分 〜読売新聞〜 一家には申し訳ないですが、個人的には入管の判断を支持しますね。 そもそも夫妻は他人名義の旅券を使って不法に入国した「不法滞在者」な訳であって…。 「15年間、まじめに生活してきた実績をみるべきだ。子供時代に送還すると双方の言葉も十分に身に着かず、心に壁ができる。親子を引き離すのは子どもの権利条約に違反する」(NPO在日外国人教育生活相談センター(横浜市)の竹川真理子センター長) などの声もありますが、だったら何故に入国後に正当な手続きをしなかったのか。 日本に親類もいたんでしょ? これは「知らなかった」では済まされないはずです。 クルド人やミャンマー部族のように「祖国から迫害されている難民」ではないですし、脱北した北朝鮮人のように「送還されたら命の危機にさらされる」ような危険もない以上、今回の措置はやむを得ないと思います。 これが日本国として精一杯の配慮だったのではないでしょうか。 確かに日本で生まれ育った娘さんは可哀想だとは思いますが、似たような事例は他にもある訳で。。。 それら全てに「特別在留許可」を与えていてはきりがありません。 「日本に不法入国しても、日本で子供を産めばOK」という文化がまかり通ってしまいますよ…。 日本は島国というお国柄、外国人を受け入れがたい「文化」があるのは否めません。 「日本は難民を受け入れない」と国連からも公然と非難されていますし、部分的にはその「文化」も変えていかなければいけないと思いますが…。
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