<魁皇引退>地元・福岡「寂しい」「ここまでよくやった」 毎日新聞 7月19日(火)22時13分配信 「やはり寂しい」「ここまでよくやった」−−。大関・魁皇(38)=本名・古賀博之=が19日、引退することになり、地元・福岡県直方市のファンが待ち望んだ九州場所(11月)での“凱旋(がいせん)”はかなわなくなった。通算最多勝記録達成からわずか5日。地元では依然興奮冷めやらないが、自ら下した決断に、惜しむ声やねぎらいの言葉が多く送られた。 魁皇の父、古賀誠二さん(69)は同日午後7時ごろ、本人から「引退を決めた」と電話があり、「分かった。こちらに帰ってきたら、ゆっくり話を聞こう」と応じたという。「通算最多勝ち星になったことで少し糸が切れた部分はあるかもしれないが、ここまでよくやった」と話した。 魁皇後援会の内藤博俊会長(72)は「引退は、いずれは来ると覚悟していたが、やはり寂しい。39歳の誕生日を迎える千秋楽まで、そして九州場所までと思っていたが、残念でしょうがない」と肩を落とした。 初日から3連敗など苦戦が続いた名古屋場所。内藤会長は、史上最多タイの1045勝、新記録の1046勝を、地元商業施設の特設会場で、ファンらとともに見届けた。「相撲界に貢献してくれて、地元としてものすごく感謝している」と話した。 直方第二中学の柔道相撲部で魁皇を指導した吉田幸広さん(60)=福岡市早良区=は「段々と力も衰え、不安や焦燥感、悩みを抱えての土俵が続いていたはずだ。角界の同期生や後輩が次々と引退する中、本当によくやった。魁皇も『オレは最後まで頑張った。もういいだろう』と満足しているのではないか」と語った。 直方第二中2、3年生時の担任だった加藤健一さん(49)は「当時は無口で、こんな大きなことをやってのける子には見えなかった。本当にお疲れさま」。中学の後輩で、元十両皇牙の森安篤さん(33)は「体はボロボロで燃え尽きたのでしょう。やめるのも勇気がいる」と述べた。中学時代の同級生で直方市の会社員、石田公二さん(38)は「『あいつが頑張っている』と励みになっていた。これからは得たものを後進に残すよう指導してほしい」と話した。【笠井光俊、仙石恭、銭場裕司】 .最終更新:7月19日(火)22時13分 〜毎日新聞〜 夜のNHKニュース7内で「ニュース速報」として流れて知りました。 魁皇関は私が小学生の頃から幕内で活躍していましたから、なんだか寂しさを感じてしまいますね…。 大関在位65場所は歴代最多タイという“稀代の名大関”。 5日目(14日)に歴代最多記録となる通算1046勝目を記録、それでも今場所は満足に相撲を取れる体調では無かったのでしょう。 今日も敗れて3勝7敗という星取りでした。 個人的に「今場所は途中休場で来場所に進退か?」とも考えましたが、もうケガで肩が上がらない状態だったみたいですね…。 38歳まで現役力士を続けるだけでも非常に大変なことかと思いますが、魁皇関の凄さは「大関」という地位を維持し続けたこと。 大関は必然的に幕内上位〜横綱までの“強い力士”と対戦し続けることになります。 それだけ体も消耗しますから、最近の横綱や大関の力士は引退時期も早いですし。 今後は年寄・浅香山を襲名して後進の指導にあたるとの事。 しばらくゆっくりと休んで体を労って欲しいと思います。 魁皇関、今まで本当にお疲れ様でした。
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